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9 驚愕と絶望

 現実世界。

 環境大学教授・下田(しもだ)三郎(さぶろう)の意識は、携帯の着信音によって目覚めた。


 通話者の表示名は「足立(あだち)」。下田の同級生であり、捜査一課に所属する警察官でもある。


「…………下田だ」

「おーう、サブちゃん! その気怠(けだる)い声は寝起きだな!」


 開口一番、馴れ馴れしい声が響いた。


「ここんとこ本当に、無闇にテンションが高いな。

 嫁さんとは上手くやっているのか?」

「はっはっは! よくぞ聞いてくれました!

 この間の検診で妊娠三ヶ月と発覚した! 俺もついにパパって訳さ!」


 能天気極まりない足立の様子に、目覚めたばかりの下田はげんなりする。


「そいつはおめでとう。

 しっかしアレだな。一年半ほど前、モテない者同士の友情を深め合ったばかりだというのに……

 トントン拍子に手の平返しすぎだろう、足立!」

「ン~何の事かなぁ? フフフ……

 下田三郎! 結婚は大変だが、いいぞ!!」


 某漫画の偽天才のような台詞でお道化る親友に、下田は「裏切り者が……!」と吐き捨てるように言った。

 とはいえそんな憎まれ口も、罵倒というより仲良く悪口を言い合う、男子学生のような雰囲気である。友情を深め合った矢先に彼女を作り、あれよあれよという間に結婚にまでこぎ着けたこの男に対し、思う所が全く無かった訳ではないが。


「……まあそれはさておき。一体何の用だ?

 まさか『おめでた』の惚気(のろけ)話がしたかった、ってだけじゃあるまいな?」

「勿論それもある! が……それだけじゃあない。

 サブちゃん。お前がこの前言っていた話……『思い出した』んだよ。

 んで、『手掛かり』を掴んだ」

「!」


 足立の言葉は、下田にとっても驚くべき話であった。

 司藤(しどう)アイ達が本の中に引きずり込まれた直後のこと。下田は魔本「狂えるオルランド」の奥付に記載されていた、45名の行方不明者について――警察に調査を依頼した事があった。

 その時に取り次いだのが同級生の親友でもある足立だった訳だが……それ以来、今日までマトモに報告らしい報告もなく、なしのつぶてだったのだ。


(本の悪魔Furioso(フリオーソ)は言っていた。

 『魔本と無関係の人間は、真の意味で魔本の存在に干渉できない』と。

 だから相談が無視されてしまったのも、魔本の力による認識阻害のせいと諦めていたのだが……)


 それが何故今頃になって、足立から依頼の話を振ってきたのだろうか?

 ふと気になって、下田は奥付にある行方不明者の一覧と、以前取っていたメモを見比べた。


(!…………ない。名前が『一人』減っている…………!?)


「足立、確認させてくれ。

 それはつまり……行方不明者が見つかったという事か?」

「うん。今まで全く足取りの掴めなかった男だが、それが先日急に発見され、警察に保護されたんだよ」

「もしかして、そいつの名前は――」


 下田が魔本から消えた名前を告げると、足立は「……ああ、間違いない。ドンピシャだぜ」と口笛を吹いた。


「やはりそうか……! 足立。済まんが至急、その男と会わせてくれないか?

 話がしたい。色々と教えてくれ」

「それは構わんが……事情聴取した連中の話じゃ、記憶喪失らしくてなぁ。

 あんまり実のある話をするのは期待できそうにない感じだったぜ?」


 下田は「それでも構わない」と足立に無理矢理頼み込んで、「その男」との面会の許可を得るため食い下がった。


(せっかく見つけた『手掛かり』だ。取り逃してたまるか……!)


 連日の作業や調査で疲弊していた下田だったが、この時ばかりはやる気と使命感に満ちていた。


**********


 物語世界。

 北イタリアの港町トリエステ。契丹(カタイ)の王女アンジェリカの意識が戻ったと聞いて――東ローマ皇太子レオは早速面会に訪れた。


 そこに映る姿は、絶世の美姫の顔ではない。

 レオ皇太子に宿る魂――綺織(きおり)浩介(こうすけ)のよく知っている人物。実の姉たる錦野(にしきの)麗奈(れな)のものだ。


「……よかった。気がついたんだね。姉さん」

「…………良くなんか、ない」


 実の弟に労われたにも関わらず、麗奈の表情は物憂げだった。


「全て、思い出したの――この世界の真実も。

 私は忘れたかった……今更こんな事、思い出したくもなかったんだって。

 なのにまた、思い出してしまった――」

「何を思い出したって言うんだい? 聞かせてくれ。

 ひょっとしたら、僕にできうる事なら力になれるかもしれない――」


 浩介の言葉に、姉は蔑むような笑みを浮かべる。


「できもしない事をいけしゃあしゃあと……いいわ。教えてあげる。

 私が一体何を知って、絶望してしまったのかを」


 姉の口から語られた真実。それを聞き終えた時――さしもの浩介も絶句していた。


「そんな……信じられ、ない……」

「私だって、信じたくなんかないわよ、こんな酷い話。

 でも――事実、なのよ……」


 語り終えた麗奈は顔を背け――静かにすすり泣きを続ける。

 いたたまれなくなったのか、浩介は無言で部屋を出ていってしまう。


 しばらくして浩介は、周囲に誰もいない事を確認すると……一際恐ろしげな声で、虚空に向かって奇妙な呼びかけをした。


「…………今の話は、本当なのか」

『うん、間違いないね~。本当だよ。それがこの世界のルールって奴さ』


 誰もいない筈の空間から、作り物めいた甲高い声が響き渡る。

 それを聞き、浩介の表情はより一段と険しくなった。


(どうすれば……どうすればいい……!?

 この物語の大団円(ハッピーエンド)を無事、迎えられたとしても……

 現実世界に帰還できる人間は『たった一人だけ』だなんてッ……!)

* 登場人物 *


下田しもだ三郎さぶろう

 環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転移を引き起こした張本人。


足立あだち

 下田の同級生にして親友。捜査一課所属の警察官。


錦野にしきの麗奈れな/アンジェリカ

 綺織浩介の実の姉。物語世界に囚われている。

契丹カタイの王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。


綺織きおり浩介こうすけ/レオ

 環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。

/東ローマ帝国の皇太子。後にブラダマンテに結婚を迫る。

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