6 馬上の攻防
ブラダマンテとロジェロは同時に馬を走らせ、挟み撃ちにする格好でアグラマンとの距離を詰めた。
女騎士ブラダマンテには、いかなる敵も必ず突き崩し、落馬させる「黄金の槍」の感覚がある。常軌を逸した武芸を持つアフリカ大王とて、この洗礼を免れる事は叶わない筈だ。
だがアグラマンは二人の挙動を見据え、即座に行動を起こした。
「あらやだ、怖い」
お道化た声と同時に、ロジェロに向かって踏み込む。
同時に槍を突かれれば、ブラダマンテの必中の一撃に対処できない。それを瞬時に見抜いたのだ。
大王の白馬の、おっとりした動きからの瞬発的な突進に、ロジェロは僅かに対応が遅れた。
双頭の槍を振り回し交差させ、ロジェロの戦槍を撥ね退ける。
力のみではない、技とタイミングを合わせた絶妙の動き。ロジェロは咄嗟に軌道を変え、槍を手放さないよう踏ん張るのが精一杯だった。あのまま突撃していれば武器を落とされ、そのまま串刺しにされかねなかっただろう。
「ロジェロッ!?」
ブラダマンテは窮地のロジェロを救うべく、さらに馬を踏み込ませた。
黄金の感覚に従い、どこでもいい、大王の身体に槍を届かせる事さえ出来れば――!
次の瞬間、大王の取った行動にブラダマンテは度肝を抜かれた。
持っていた二つの槍を惜しげもなく投げ捨てたのである。と同時に素早い動作で半月刀を抜き放ち、背中の複合弓に矢をつがえて女騎士へと狙いを定めたのだ。
(えっ、ちょっと待って。今何が起こったの!?)
常識で考えて、槍を捨てた後に刀と弓を同時に扱うなど不可能だ。
しかしアグラマンは半月刀を左肩に乗せつつ、弓を引き絞りブラダマンテに矢を放った。恐るべき平衡感覚、しかも馬上でだ。この間わずか1秒にも満たず。
矢は滑るような動きで、正確にブラダマンテの右腕を捉える。鎖帷子を裂かれ、鮮血が飛び散った。
「くうッ…………!」
女騎士が痛みを堪える一瞬、すでに大王は次の行動に移っていた。
肩に乗せた半月刀を落とす事なく手に取り、猛然と突き進んできたのだ。
狙いは彼女の持つ戦槍。その切っ先に叩きつけるように刃を振るう。傷の痛みも相俟って、ブラダマンテは耐え切れず槍を取り落とした。
「しまったッ……!」
「アナタの槍、ちょっと危険な匂いがしたから……封じさせてもらった。
お陰で予定が狂っちゃったわァ。もっと遠距離でアナタ達を翻弄してやるつもりだったのに」
「てめェ! ブラダマンテから離れろッ!!」
体勢を立て直したロジェロが背後から駆け寄り、槍をアグラマンに突き立てようとする。
自ら槍を放り捨てた大王に対し、戦槍を使えばリーチで優位に立てる。
そう判断した黒崎であったが……彼はニヤリと笑った。
「槍は捨てたんじゃないわ。『置いといた』のよォ」
アグラマンが手綱を動かすと、白馬は呼応して奇妙な動作に移った。
蹄で地面に落ちた槍を蹴り上げたのだ。回転した槍はアグラマンの眼前まで浮上し――大王は事もなげに左手でそれを掴む!
(馬鹿な……馬が主人の武器を手元に戻すだなんてッ……あり得ねえ!?)
ロジェロの戦槍はアグラマンの槍と交差し、必殺の進撃を防がれてしまった。
アグラマンの手には半月刀と長槍。ロジェロの槍は健在だが、ブラダマンテは槍を失い、やむなく両刃剣を抜く羽目になった。
依然として二対一だが、これではどちらが押しているのか分からない。
薄々分かっていた事だが、突進突破力に重点を置いた西欧の戦槍では、小回りの利く大王の長槍に挑むのは不利だ。加えて彼自身の尋常ならざる腕前もある。
(だがやるしかねえ。少なくとも大王を馬から引きずり降ろさねえ事には……戦いにもなりゃしねえ)
幸いにして、今のアグラマンの右手の獲物は半月刀。二槍流ではない。もう一本の槍は彼の白馬から遠い。
瞬時に判断したロジェロは、果敢に馬を走らせ大王との距離を詰めた。リーチに勝る右手側から攻める為だ。
「おッらァッ!!」
「ガムシャラに見えるけど、いい判断ねェ」
アグラマンは馬を旋回させ、不利な間合いを入れ替えようとするが――ロジェロもまた巧みに馬を操り軌道を変え、反対側に回り込んだ。
「……ちッ」
「てめェの間合いは取らせねェぜッ!」
武器の射程距離で優位に立てないと見るや、大王の切り替えも素早かった。
突進してくるロジェロに、逆に間合いを詰めてきたのだ。そして今手にする得物も刀ではない。いつの間にか槌矛に持ち替えている。
(どんだけ器用なんだよコイツ! 曲芸師かッ!?)
旋回・突進・武器変更。全ての動作が一連の流れに沿って、かつロジェロの槍の間合いまで外された。攻防一体の絶技!
苦し紛れで突かれた戦槍を難なく躱し、続けざま槌矛を振るいロジェロの右手をしたたかに打ち据えた。
「……ッ!?」
強い衝撃を受け、ロジェロの槍は虚しく弾き飛ばされてしまう。
「さァて後は――ブラダマンテちゃんかしらァ?
もっとも両刃剣でアタシの槍に挑むなんて無謀もいいトコだけど……?」
アグラマンは旋回しつつも、彼の死角から飛び込んでくるブラダマンテの存在に気づいていた。
だからこそ左手に長槍を携えたまま。後は迎撃すればいい――筈だったが。
「……流石だぜ大王。奇抜に見えるけどアンタの技、基本に忠実で堅実な動きだ」
右手の痛みを堪えつつ、黒崎は不敵に笑った。
「無意識に最適な行動を取っちまうんだろうな……それだけに『読み易い』」
「!」アグラマンは失策に気づいた。死角にいたブラダマンテが剣を持たず、無手になっていたのを確認するのが僅かに遅れた。
戦槍の一撃を躱させたのも、槌矛で武器を落とさせたのも。
この為だったのか。弾かれるであろう軌道まで計算ずくで、馬同士の間合いまで織り込み済みで。
(ウッソでしょ――何よこの二人。妬けるくらい息ピッタリじゃないのッ)
さしもの大王も、ここまでの連携を見せられるとは予想だにしなかったらしい。
ブラダマンテは弾かれたロジェロの戦槍を――馬を走らせて掴み取った。そしてそのまま、勢いに任せアグラマンに向けて突き立てる!
「はあッ!!」
女騎士の「黄金の槍」の感覚は健在だ。大王も咄嗟に長槍を重ね合わせ、軌道を逸らそうとしたが間に合わない!
激しい金属音と、一拍置いて落馬する鈍い衝突音が戦場に響き渡った。




