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5 アフリカ大王アグラマンの正体

 完全武装を整えたアグラマン大王。その姿はブラダマンテ達からすれば、常識を越えた異様なものだった。

 馬上二槍流。いかな物語世界といえど、そんな絵空事のような騎士が存在しようとは――いや、よく見れば大王の携える武器は槍だけではない。腰に槌矛(メイス)、馬鎧の鞘に半月刀(シャムシール)、背中には複合弓(コンポジットボウ)が見える。手綱は腕に固定しているようだが、さながら武器の見本市である。馬を操りながらこれらの武器を使いこなす気なのだろうか。ブラダマンテもロジェロも久しく感じた事のない戦慄を覚えた。


 そんな中、インド王女マルフィサが颯爽と馬に乗って突撃を敢行する。

 先刻の戦いでは満足できなかったのだろう。フェロー以上の強敵の予感に矢も楯もたまらず飛び出す格好となった。


「ダメよマルフィサ! 迂闊に近づいたら――」


 ブラダマンテは警告したが、遅かったようだ。次の瞬間マルフィサは、地面にもんどり打って這いつくばっていた。

 彼女の戦槍(ランス)がアグラマンに届いた、と思った矢先。気が付けば女傑は馬から叩き落とされていた。まさに電光石火。アフリカ大王は二本の槍を巧みに操り、彼女の突進をいなしつつ反撃したのである。


「ぐッ……そんな、馬鹿なッ……!」

「マルフィサちゃん。確かにアナタ、腕力は男顔負けで素晴らしいけれど。

 戦いはそれだけで勝てるってモノじゃあないわ。力に頼っている者ほど、無意識に驕りが生じ、技を磨く事を怠る」


 まるで戦闘術を指南する教師の如く、淡々と言葉を紡ぐ大王。

 一通り語った後「まァこの台詞は、ソブリノからの受け売りなんだけど」と付け加える。

 当のマルフィサは今しがた起きた事すら信じられず、ただ呆然としていた。


「……フフ、驚かせちゃったかしらァ?」

 アグラマンは笑みすら浮かべ、数多の武器を抱えながらその動きは軽やかだ。

「アタシこれでも、子供の頃はシリアで暮らしてたのよ。

 そこで軍人奴隷(マムルーク)の皆と過ごし、それなりの馬術と戦闘術を身に着けたってワケ」


(『それなり』? 何謙遜ブッこいてやがるこのオカマ野郎……!)

 黒崎(ロジェロ)は青くなりながらも、大王を迎撃すべく魔馬ラビカンに(またが)った。

(伊達や虚仮脅(こけおど)しの類じゃねえ……こいつ、とんでもねえ使い手だぞ!

 あの馬弓術に優れた、タタール王マンドリカルドも可愛く見えるほどの薄ら寒さだ……解せねえ。

 これだけの実力を持っていながら、今まで何故隠していやがった……?)


 見たところ、アグラマンの乗る白馬は年老いた芦毛(あしげ)のアラブ種。特筆して優れた馬ではない。

 急ごしらえとはいえ、今のブラダマンテが乗る鹿毛の駿馬(しゅんめ)と同程度か、それより劣る並の馬だ。

 にも関わらず、魔物の牝馬(ひんば)アルファナに乗ったマルフィサが、たった一合で敗北してしまった。サラセン帝国軍首魁(しゅかい)の実力、底知れず。


**********


 アフリカ大王アグラマン。彼はサラセン帝国の支配層の血を引きながら、妾腹(しょうふく)である故に中央から遠ざけられた過去を持つ。

 物心ついた時にはダマスカスに送られ、その地を治める獰猛(どうもう)なシリア王ノランドの下、軍人奴隷(マムルーク)の一員として過酷な幼少時代を過ごした。


 元来イスラム教は弱者を思いやる宗教思想であり、奴隷も差別されるべき(いや)しい者たちではなく、あくまで国を構成する一身分として扱われていた。奴隷階級の中から戦いを専門とする者たちも現れ、彼らはマムルークと呼ばれる、中東騎士道(フルシーヤ)を重んじるアラブ騎士として台頭した。馬術に優れ、あらゆる武具を自在に操り、後に王朝をも築き上げ、13世紀では最強のモンゴル帝国を退けるほどの武勇を誇った者たちである。

 アグラマンを遠ざけた当時の帝君(スルタン)にしてみれば、実力主義の奴隷たちの中に放り込まれればたちまち音を上げるか、事故死するものと思っていたのだろう。


 しかし少年(アグラマン)は生き残った。教育係ソブリノと出会い、元々持ち合わせていた類稀なる才覚が彼を助けた。

 アグラマンは用心深かった。生き延びるに必要な最低限の力のみを見せ、女性の如き振る舞いをし、周囲を油断させ、一見して無害な人間を演じた。突出した高い実力があると分かれば、警戒した中央政権より謀殺される恐れがあったためだ。


 アグラマンが密かに軍人奴隷(マムルーク)の間で人望を集めていた頃、フランク王国との戦争が起こった。

 エジプトの帝君(スルタン)も、この戦の行きつく先を見据えていたのだろう。だからこそ(アグラマン)大王(トップ)に据えた。主戦派たちの暴走を抑えられる軍事指導者は、今の帝国には存在しない。ならば貧乏くじは妾の子に引かせればよい――そんな腹積もりだったのだ。


 かくして戦いは大方の予測通りに推移し、終局に至る。いかなアグラマンが卓抜した武芸と才覚を持っていたとて、歪でまとまりがなく、醜く膨れ上がったサラセン軍という「怪物」を御するには至らなかった。仮に大戦果を上げたとて、実力を妬まれればたちまち終わりなき権謀術数の泥沼に嵌まる。そんなのはまっぴら御免だった。

 考えに考え抜いた末、アグラマンの選んだ道とは――


**********


「さァて。ロジェロにブラダマンテ。アナタ達にはちょっとだけ期待してるのよ。

 最強騎士オルランドほどじゃあないでしょうけど。二人がかりならこのアタシに、冷や汗くらいはかかせられるんじゃない?」


 アグラマンは双頭の槍を構えたまま、無造作に馬の歩を進める。

 老臣ソブリノは武装していたが、敢えて前には出ず悠然と佇んでいる。最初からアグラマン一人で戦うつもりだったのだろう。さもなければ、真の実力を発揮した大王の相手は務まらない……


「舐められた、ものね」

 ブラダマンテもまた馬に乗り、槍を構えた。

 フランク騎士として、多対一の戦いは卑怯とされる。形式的には二対二であり、騎士道精神には反しないのかもしれないが――それでも二人は、同時に大王を相手取る事を選んだ。その選択を取らねばならぬほどの強者の意気(オーラ)を感じたからだ。仮にこの場にオルランドがいたとて、今のアグラマン大王に太刀打ちできるかどうか――


「後悔すんなよ、大王サマよッ……!」

 同時に馬を走らせ、両脇から大王に迫る二人の騎士。怒涛(どとう)の進撃を前に、アグラマンは大きく笑みを浮かべ迎え撃つ姿勢を取った。

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