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4 ブラダマンテ、魔女の島に着く

 現実世界。大学教授・下田(しもだ)三郎(さぶろう)は、絶叫していた。


「おいィィィィ!? ロジェロがアルシナにとっ捕まってるゥゥ!

 いやそれは原典通りなんだけどさァ!」


 彼の読む『狂えるオルランド』から……見かねたのか、「本の悪魔」Furioso(フリオーソ)の声が聞こえてきた。


『下田三郎。ショックなのは分かるけども。

 予想外の事態が起こったくらいで、いちいち大声出すのもどうかと思うよ?

 ボクは構わないけど、そのうちきみが……ええと、ケーサツってのにツーホーされちゃうんじゃない?』


「だってお前、何だよこれ! 善の魔女ロジェスティラがいないって!

 この世界線では彼女の助力が得られないのか!? 100%詰んでるじゃねーかソレェ!!」


 下田が泣きわめくのも無理はなかった。

 善徳の魔女ロジェスティラ。アルシナの妹にして、モヤシ騎士アストルフォに数々のチートアイテムを授ける、ある意味欠かせないご都合……もとい、お助けキャラだ。


『でもさァ下田。きみから司藤(しどう)アイを通じて、あの黒崎ってヤツにも物語のタブー、教えるべきだったと思うよ?

 生半可な知識を持って、先読みした行動を取ると……かえって自分の首を絞めるってさ』

「ぐぬぬぬ……!」


 司藤(しどう)アイに情報を与えすぎたため、物語の難易度が上がったのは以前、証明されている。

 本に引きずり込まれた彼女らに、できる限り絶望感を与えたくない一心で、下田はその事を伏せていたが……逆効果だったようだ。


『まあ、善の魔女自体が存在しない訳じゃないと思うよ。だってアルシナが彼女を知っている。

 つまり、アルシナをとっちめて情報を聞き出す必要があるって事だろうけど』

「簡単に言ってくれるな貴様……!」


 下田は歯噛みした。アルシナはただの魔女ではない。街どころか島ひとつを支配できるほどの力を持っており、多数の魔物を従えている。しかも不死身だったハズだ。

 原典のロジェロはメリッサの助けを得ながら、ただひたすら島から逃げ出すだけだった。

 そんな奴相手に戦いを挑んで勝利せねばならないのだ。現時点で難易度がハードモードなのは間違いない。


ииииииииии


 日が没し、地中海は夜闇の色を受けて黒く染まった。

 星々が躊躇(ためら)いがちに輝き、白き半月の放つ明かりが、おぼろげに水平線を浮かび上がらせる。


 夜空に、流星のごとく舞う――翼持つ白馬ペガサスの姿があった。

 その背に跨るは、白いスカーフ、白い羽根飾りの兜、白き盾を持つ女騎士ブラダマンテ。


(すっごい! 気持ちいい! いい眺め!

 ペガサスに乗って海を渡るなんて……ファンタジー世界ならではよね!)


 ブラダマンテの中に宿る魂、司藤(しどう)アイは、素直に喜んでいた。

 身に受ける潮風。眼下に広がる海原や島々を軽々と飛翔し、めぐるましく変わっていく景色。天を彩る宝石の如き、星々をちりばめた夜空。

 「狂えるオルランド」の世界に来てからというもの、ロクな目に遭っていなかった彼女だったが……この時ばかりは幻想的な体験を満喫していた。


『――気は晴れましたか? ブラダマンテ』


 背を預けるペガサスから、変身している尼僧メリッサの声がした。


「ありがとう、メリッサ。空を飛ぶって……素敵ね!」


 平凡な女子高生ならではの、端的な感想を述べるアイ。

 メリッサは少々戸惑ったが、ブラダマンテが楽しげにしている様子に満足したのか、それ以上は何も言わなかった。


「メリッサ。魔女アルシナの島はやっぱり遠いの?」

『ご心配には及びませんわ。

 天馬(ペガサス)となった私にかかれば、今夜のうちには辿り着けます。

 アルシナの住む都は――たとえ夜でも、すぐにそれと分かるでしょう』


 メリッサの言葉は、程なくして真実だと分かった。

 山あり谷ありの地上と異なり、空を行く天馬(ペガサス)は、障害物のない地中海をただひたすら翔けていく。

 そして見えてくる。地中海に浮かぶ、小さな島。その沿岸にあるのは、数多の宝石を集めたように光り輝く、加飾と絢爛(けんらん)に満ちた楽園と見紛うばかりの街。

 あれこそが悪徳の魔女の住まう、誘惑の都なのだろう。


「あんな豪勢な街並み、初めて見たわ。すごい――けど。何か、怖いわね。

 夜になっても眠らない人々。あんまり楽しそうに見えないし……」


 その目映い輝きは、アイのかつていた現代日本の繁華街にも引けを取らないほどであったが。

 何かがおかしい。街の華やかさに比べ、行き交う人々の姿は極端に少ない。

 彼らは笑顔こそ浮かべているが、何かに追い立てられているかのようで――ここが「物語」の世界であるという事を鑑みても、一際胡散臭い、作り物めいた楽園であった。


『ブラダマンテ。貴女の抱く違和感は恐らく正しいでしょう』とメリッサ。

『この街は、魔女アルシナによって作られた偽物の街。彼女に見初められた旅人や騎士を捕らえ、逃がさないための撒き餌なのです。

 道を歩く人たちも――魔女の使い魔たちであり、人間のフリをしているだけなのですから』


 こんな恐ろしげな場所に、ロジェロは――黒崎は、捕われているのか。

 アイは微かな焦燥を覚え、決意を新たにした。


「ロジェロを、救い出さなきゃね。

 メリッサ。目立たない場所に降りましょう」

『分かりました、ブラダマンテ――』


 ブラダマンテを乗せた天馬(ペガサス)は、街の光の届かない島の反対側に降りた。

 メリッサは変身を解き、素早く着替えを済ませ――二人は早速、ロジェロ救出計画を練った。


**********


 魔女アルシナの住む街に向かう際、必ず通らなければならない箇所がある。

 山岳近くの細い道。そしてその先にある吊り橋。ここを根城にしている亜人(ホブゴブリン)の集団がおり、通行する旅人や騎士を襲っては金品を強奪しているのだ。


「……あン? 今度のカモはたった一人?

 わざわざアタシが出向くまでもないだろ」


 ねぐら(・・・)微睡(まどろ)んでいたのは、巨人と見紛うばかりの筋肉質の大女。

 その傍らには、彼女と同じくらい巨大で凶暴そうな黒狼が眠っていた。


 彼女の手下である醜い亜人は、耳障りな声を上げ窮状を訴える。

 全員でかかっているのに、たった一人の徒歩の騎士相手に、苦戦しているというのだ。


「情けない話だねェ、まったく」


 大女――名をエリフィラという――は吐き捨てるように呟くと、寝ぼけ(まなこ)の相棒狼を叩き起こし、武装を整え現場に向かった。

 すると――すでに戦いは終わっていた。五十近くからなる彼女自慢の亜人たちが、ことごとく叩きのめされ、地面に這いつくばるか、逃亡してしまっている。


 亜人たちを追い払ったのは、白を基調とした装備に身を包んだ女騎士――ブラダマンテだ。


「へえ……アンタ、少しはやるじゃないか。

 アタシの手下どもをこうも簡単に退けるとはねェ……だがその力、果たしてこのエリフィラ様に通じるかなァ!?」

* 登場人物 *


エリフィラ

 ホブゴブリンを率いる大女。悪徳の魔女アルシナの手下のひとり。

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