【こぼれ話1】肉との遭遇★
某所にて開催された「肉の日マッスルフェスティバル」に投稿したSSの再録です。
盗賊団の首領は、わずか5分で起こった惨劇を前に、理解が追いつかず混乱しきっていた。
護衛もついていない、キリスト教会の坊主を乗せただけの馬車を襲ったハズだった。にも関わらず――彼の手先は皆、地べたに這いつくばっている。
「な、何なんだお前はよォ!?」
馬車の中から出てきた、身長6フィート(180センチ)を軽々と超える巨漢のスキンヘッド。
僧服を纏っており、一応僧籍である事が伺えるものの――その全身は異様とも言える筋肉で波打っており、鎖帷子越しでもハッキリ見えるほど鍛え抜かれていた。
そもそもどうやって、狭い馬車の中にこんな大男が入っていたのだ?
道理で護衛がいなかったはずだ。並大抵の襲撃は、この男一人で簡単に撃退できてしまうだろう。
「神に仕える拙僧を乗せた馬車を襲うとは――嘆かわしい事よ。
拙僧こそレーム大司教・テュルパンであるッ! 悔い改めよ、不信心者どもよ!!」
「ひいッ!? アンタみたいな化け物が乗ってると知ってたら襲わなかったっつーの!
何を食ったらそんな馬鹿でかい身体になるんだよォッ!?」
首領は苦し紛れに喚いたが――テュルパンは大きく息を吐き、先刻とは打って変わってニヤリと笑みを浮かべた。
「ほほう――そなた、神より授かりし我が肉体に興味がおありかな?」
「…………へ?」
と、そこに……巨大な黒馬に乗った、浅黒い肌の女性と思しき騎士がやってきて叫んだ。
「狼藉を働く盗賊がいると聞き、退治しに参った!……って、あれ? 全滅してる」
「ひィ!? 筋肉ダルマが増えたァ!?」
首領は悲鳴を上げたが、テュルパンは新たにやってきた女傑に相好を崩した。
「おおお、そなた――女性の身でありながら、実に麗しく、洗練された肉体を持っておるな?
拙僧はレーム大司教のテュルパンである! そなたの名を聞かせてくれ!」
「? ……あたしはインドの王女・マルフィサだ。そういう貴方も圧倒的な筋肉量だな!」
二人とも筋肉に造詣が深いらしく、腰を抜かした首領そっちのけで互いの肉体談議に花を咲かせている。
「あ、あのう……じゃあ、あっしはこれで」
そそくさと逃げ出そうとした首領だったが――二人にそれぞれ、両肩をがっしと掴まれた。
「待たれよ若人。そなたは金銭的にも肉体的にも貧しい故に、こたびの凶行に走った――そうだな?」
「え、いや、その……」
「案ずる事はない。これからそなたには、神の示された更生の道を歩んでもらう!
我が教会の施設にて、心身ともに鍛え上げたのなら! 神に授かりし肉体を尊び、喜びを分かち合う機会にも恵まれよう!」
「あの、そんな事一言も言ってないんですけどォ!? 頼むから話を勝手に進めないでェ!?」
一方的にまくし立てるテュルパン大司教に、首領は悲鳴を上げてしまったが。
女傑マルフィサの腕で、ぐいっと首根っこを挟まれてしまい、動きを封じられてしまう。
間近で見ると、上腕二頭筋と腕橈骨筋の圧が凄まじく、男の首など簡単にへし折れてしまいそうだ。
「気の毒な話だが……命が惜しければ、ここは彼に従った方が身のためだぞ。
もし貴方が筋肉に興味を示さなかったなら――ここで這いつくばっている盗賊団と同じ運命を辿っていただろう。
筋肉のお陰で命拾いしたな!」
「そ、そんなァ!? アンタ……頼むッ! 助けてくれよ!」
首領はマルフィサに哀願した。無論、この場の危機から救い出してくれ、という意味合いで言ったのだが――
「『助けてくれ』、か――やむを得ん。このマルフィサも一肌脱ごうじゃないか」
「マジか! ありがてえ、言ってみるモンだな!」
「貴方を鍛え上げるため、テュルパン殿の鍛錬にあたしも一緒に付き合おう!
これからビシバシしごいてやるから、今後とも宜しくな!」
「…………え?…………えぇえ…………」
知らなかったのか? 筋肉フェチからは逃げられない……!
こうして盗賊団の首領は、キリスト教会――というか、二人の脳筋ファイターに拉致られ、更生への道を歩む羽目になるのだった。
(おしまい)
* 登場人物 *
テュルパン
レーム(ランス)大司教。鋼剣アルマスを持つ僧兵。しぶとさに定評あり。
マルフィサ
インド王女。ロジェロの生き別れの妹であり、勇猛果敢な女傑。




