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1 休戦交渉に至るまでの経緯★

挿絵(By みてみん)

キャラクター勢力図。自前で作ってみました!

 フランク王国とサラセン帝国の戦争は、膠着(こうちゃく)状態にあった。

 パリを守り切り、これまで攻め込んできていたサラセン軍を押し戻す事はできたものの――未だ南フランスから駆逐できていない。

 というのも、サラセン帝国側に次々と強力な同盟軍が到着・参戦してきたからだ。


 かつて15万もの騎兵を率い、スペイン王国を従え、パリをも陥落させシャルルマーニュを捕虜としたセリカンの荒ぶる王・グラダッソ。

 最強の騎士オルランドと数日に渡り死闘を繰り広げた異国の強者・アグリカンの武勇を引き継いだ息子、タタール王マンドリカルド。

 そしてフランク騎士屈指の実力者リナルドやオルランドを相手に、一歩も退かぬ武名を轟かせた女傑・インドの王女マルフィサ。


 彼ら名だたるサラセン勇者たちの活躍もあり、それまでフランク側優勢だった戦線は五分五分の状況となった。


 そんな折。フランク軍はブラダマンテの兄・リナルドと。

 サラセン軍はセリカン王グラダッソが、一騎打ちをする場面があった。


 リナルドは愛馬バヤールにまたがり、名剣フスベルタを抜き放つ。

 が……相対する巨漢の携えし両刃剣(ロングソード)を見て、ギョッとした。


「なッ……馬鹿な。それは聖剣デュランダルではないか!

 本来であれば、オルランドが所有していた筈……

 グラダッソとやら。何故貴様がその剣を手にしているのだッ!?」

「――フン。知りたくば我に勝つ事だな。クレルモン家のリナルドよ!」


 二人の騎士は戦いを開始。一進一退の好勝負を繰り広げるものの――

 突如として、サラセン帝国軍の陣営から血煙と悲鳴が上がった。

 現れたのは素っ裸の野獣のような筋骨隆々の大男。熊のような咆哮を上げ、近くにいた兵隊たちを素手で撲殺していった。


 フランク王国軍から歓声が上がった。変わり果てたとはいえ、その大男の正体を知っていたからだ。


「あれは……オルランド! オルランドじゃないか!」

「フランク王国最強の騎士! よくぞ馳せ参じてくれた!」


 ところが喜びも束の間。フランク王国軍の陣営にもオルランドは突撃し、味方と思い込んでいたフランク兵たちも阿鼻叫喚を味わう事になった。

 オルランドは発狂していた。故にサラセン人・フランク人の区別なく、目につく生き物を次々と惨殺していったのだ。


 結果として一騎打ちは中断。さしもの名馬バヤールも混乱、算を乱してリナルドを放り捨て、逃走してしまうのだった。


「リナルド様! ご無事で……?」

「くそッ……何故だ、オルランド! 貴殿の身に一体、何があった……?」


 野獣と化したオルランドの姿はすでになく、戦場は死屍累々。

 敵も味方も逃げ去ってしまい、もはや戦争の(てい)すら成してはいなかったのである。


**********


 ここは南フランスの港湾都市・ボルドー。フランク王国領だが、現在はサラセン帝国占領下にある。

 街の入り口に豪奢な天幕が設けられ、フランク・サラセン両陣営のトップが会談する事になった。


「単刀直入に言うとさァ。あの野獣みたいな男、オルランドなんでしょう?

 アンタ達の陣営の騎士じゃない。何とかしなさいよォ」


 意地の悪い声を上げたのは、サラセン帝国の軍事指導者・アフリカ大王アグラマンだ。


 オルランドの乱入によって両軍とも甚大な被害を出し、戦争どころではなくなってしまった。

 そこで一時休戦し、今後の方針を決めよう、という点で互いに一致したのである。


「聞けばフランク王国内を気ままに荒らし回っては、家畜を貪り食ってるとか。

 あんなのがうろついてる限り、ぶっちゃけ戦争どころじゃあないわよね。そうは思わない?」


「――オルランド殿は理性を失った状態。我らの声とて届きはせぬ。

 現状、我らも手を焼いておるのだ。手が打てるのならとっくにやっておる」


 これはレーム大司教テュルパンの言。

 フランク王シャルルマーニュの補佐役として、今回の交渉の席に参加している。


「――なるほど。お話を伺う限り、フランク側の諸兄も困り果てているようで」

 口を開いたのは、アグラマン側の補佐を務めるガルボの老王・ソブリノだった。

「では第三の道を取るべきと、このソブリノは提案いたします」


「第三の……道とな?」シャルルマーニュが問う。


「そう、第三の道とは――我らで手を取り合う事。

 正気なきオルランドはもはや人に非ず。凶暴な獣か、はたまた天の災いといった所でしょう。

 フランク王国とサラセン帝国、両軍の力を合わせ――かの災厄オルランドを取り除くべきかと」


 今やフランク領内では「オルランドが来たぞッ!」と流言が飛ぶだけで、民衆は離散し兵たちは怯え逃げ惑うほどだ。

 両国にとってもオルランドの存在は脅威であり、されど単独で排除するには荷が重すぎる。共同戦線を張るという提案は理に適っているように思えた。


 結局この会合は、ソブリノの主張が押し通される形で終結を迎えた。

 オルランドの脅威を取り除くまで両陣営は休戦し、協力体制を構築するに至ったのである。


**********


 現実世界。下田(しもだ)三郎(さぶろう)のマンションにて。


『ふんふんふ~ん。物語で敵が強い展開って燃えると思わない? 下田教授』


 魔本「狂えるオルランド」から、甲高い作り物めいた声が上機嫌で響き渡った。

 もっともこの声を聞き取る事ができるのは、この世界でたった一人。魔本事件の関係者・下田だけである。


『とってもとっても楽しいね! サラセン帝国オールスターズってとこか。

 原典じゃあコイツら、味方同士で仲間割れして殺し合って、戦力をすり減らしちゃってさぁ。

 ブラダマンテに惚れてるロジェロを頼みにするしかなくなって。ロジェロ自身、サラセン騎士でも何でもなくてマトモに戦おうとしないのにね。

 最終的にはオルランドを含めた最強のメンバー相手に、寄せ集めのような戦力で挑んで惨敗するんだよ。盛り上がりに欠けるよね!』


 魔本に宿る意思。本の悪魔Furioso(フリオーソ)である。


「……話の盛り上がりなんぞどうでもいい。

 お前とその件で話を蒸し返す気は私には無い」

 苛立ちを含んだ調子で、下田は静かに言った。


『物語の起伏に関する話、興味ない? 残念だな~。

 まーでもこれから敵味方の垣根を乗り越えて、王国の平和を乱す野獣オルランドの討伐をするシーンだよね。

 普通に考えて胸が熱くなる展開だと思わないかい? 共通の目的の為に、敵同士が手を取り合って立ち向かうんだから。王道展開って感じでさぁ』


 悪魔の言い分はそれほど的外れという訳ではないが。

 下田教授や魔本に閉じ込められているアイ達にとっては、お世辞にも歓迎すべき状況ではない。

 そもそもオルランドは、こんな場面で正気を失ったまま死ぬ運命ではないのだ。両陣営の戦力を合わせた討伐作戦が遂行されれば、物語本来の流れが完全に狂ってしまう事だろう。


「私は私にできる事をするだけさ。

 話がここまで原典無視の急展開を迎えたというなら。もう遠慮は要らんだろう。

 アイ君に遠慮なく、全力で助言をさせてもらう」

『へえ~? いいのかい? 彼女たちに降りかかる試練が、もっとキツくなっても知らないよォ?』


「現状でも十二分にヘビーだよ。なのにこっちが遠慮する道理はない。

 それに原典にない展開になっているなら、ネタバレも何もないだろう」


 下田はハッキリと、そして言葉に怒りを秘めて宣言した。


「――貴様の思い通りには絶対にさせんぞ。Furioso(フリオーソ)

『ははッ。いいねェそのドス黒い感情! せいぜい頑張ってアシストするんだね。楽しみにしてるよ!』


 耳障りな高笑いを残し、本の悪魔の声と気配はそれっきり消え失せたのだった。

* 登場人物 *


《 フランク王国陣営 》

リナルド

 ブラダマンテの兄。名剣フスベルタと名馬バヤールを所持する。


オルランド

 フランク王国最強の騎士。聖剣デュランダルを持つ。


シャルルマーニュ

 フランク国王。後に西ローマ皇帝として戴冠する。


テュルパン

 レーム(ランス)大司教。鋼剣アルマスを持つ僧兵。しぶとさに定評あり。



《 サラセン帝国陣営 》

グラダッソ

 中国セリカン王。聖剣デュランダルと名馬バヤールを欲する。


アグラマン

 アフリカ大王。サラセン帝国の軍事的指導者。


ソブリノ

 サラセン人。ガルボの老王。アグラマンの腹心。



《 現実世界 》

下田しもだ三郎さぶろう

 環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転移を引き起こした張本人。


Furiosoフリオーソ

 魔本「狂えるオルランド」に宿る悪魔的な意思。この事件の黒幕。

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