1 司藤アイ、尼僧メリッサと遭遇する★
「中世騎士の物語って、何となく格好良さそうだな~って思っていたんです。
でも実際に『体験してみると』――それまで抱いていた想像、完全に崩れちゃいましたね。
とにかく設定といい展開といい、つっこみ所が多すぎて……!」
表紙イラストはうっしー様よりいただきました! ありがとうございます!
女子高生・司藤アイは、全身の鈍い痛みと共に目を覚ました。
「…………? どこ、ここは…………痛たた…………」
目を開けると、無骨な岩肌が視界に入る。全く見覚えのない景色だ。
空は青い。時刻は昼過ぎだろうか。その割には日差しが少なく、どうやらここが谷底であるらしいと分かった。
意識を失い、こんな場所に横たわっているのも不可解だが――何となく起き上がろうとして、全身に強くのしかかる「負荷」に気づく。
「えっ……ちょっ。何コレ!? 何がどうなってんのよ……!?」
セーラー服ではなかった。
彼女の全身を覆っているのは、無骨な金属の塊だ。もちろん身に覚えなどない。
幸いにして、鎧の下にもモコモコした布製の「何か」を纏っているようで、肌に傷がつく心配はなさそうだが。
(うえええ……!? なんか通気性悪くない、コレ……!? 蒸れたりしないでしょーね……!?
えーと、もしかして『鎧』ってヤツ? 中世の騎士とかが身に着けているような……?
作り物、じゃないわよね……? なんかずっしり重量感あるし)
司藤アイは高校では演劇部に所属している。なので衣装小道具に関しては多少なりとも知識がある。
重さと硬さ。汚れ具合。光沢。いずれを取っても、舞台演劇のコスチュームにしては奇妙なリアリティがあった。
「んんっ……!」
いつまでも寝転がっていても仕方がない。アイは力を振り絞り、起き上がる事にした。
本来なら、こんな重い鎧などすぐにでも脱いでしまいたかったが、鎧兜を装着した記憶がある訳でもない。すなわち脱ぎ方も分からないという事だ。
ところが。重い鎧にさぞ難儀するだろうという予想に反し――アイはすんなりと立ち上がる事ができた。
(あれっ……重さはあるのに、思ったより動きやすい……
意外と凄いわね、この鎧。わたしの身体にジャストフィットしてるカンジ)
歩く度に鳴り響く、金属音にこそ辟易したが……動き回る事自体にさほどの支障はない。
ここがどこなのか? 自分は何故、鎧を身に着けているのか? 分からない事だらけだが……辺りに誰もいない以上、現地の住人なりを探し出し、事情を説明してもらうしかないだろう。
少し歩くと、洞穴のようなものが見つかり――奥からうっすらと光が差し込んできている。最近人が出入りしたと思しき足跡もあった。
(こんな所に、誰か住んでいるのかしら……?)
アイは半信半疑だったが、一縷の希望を胸に洞穴の奥へと足を進める事にした。
やがて広い場所に出る。そこは厳めしい雰囲気の礼拝堂であった。
平らに整えられた地面と天井。左右に並ぶ雪花石膏の列柱。飾り気のない祭壇。
「へえ……地下洞窟の中にしちゃ、綺麗なところね」
アイは宗教に詳しい訳ではなかったが、恐らくキリスト教に纏わる施設なのだろう、と見当をつけた。
何しろ祭壇には、十字架に縛り付けられた聖人――救世主の像が祀られていたのだから。
アイが祭壇の前まで進むと、ふと礼拝堂の奥の扉が開いて……一人の清楚な印象を受ける尼僧が入ってきた。
金髪碧眼で、やや幼いが整った顔立ち。アイも思わず見惚れるほどの「美少女」と呼んでも差し支えない。但し――洞穴内にも関わらず、奇妙な事に裸足だったが。
彼女はアイの姿を認めると、うっとりしたような顔つきで足早に近づいてきた。
そして異様な雰囲気に戸惑うアイの両手をがっしと握ってきて、夢見るような瞳で興奮気味に叫ぶ。
「ずっと、ずっとお待ちしておりましたわ、『ブラダマンテ』!
私はメリッサ。偉大なる予言者マーリンを祖先に持つ者です。
かの魔術師の遺せし、賢明なる言葉の通り!
貴女がこの地に訪れるであろう事を、私はあらかじめ予測しておりましたッ!」
「え? あの?……ブラダ、マンテ……?」
メリッサと名乗る修道女は、アイから視線を片時も離そうとしない。妙に顔の距離が近く、鼻息も荒い。
(ちょっ……何この女。友好的だけど、テンション高すぎっていうか……!
あれ、もしかして今……わたしの手の匂い、嗅いだりした? まさか、ね……?)
しかも呼びかけ方も奇妙だった。「ブラダマンテ」なる名前をアイは知らない。
「ああ! なんて素晴らしく、麗しいお顔なんでしょう!
予言通り……いえ、予言以上ですわ!
貴女のようなお方を助け支える事ができるなんて!
メリッサは幸せですっ! 我が秘儀の全力で以って、貴女の栄光の未来をお約束いたしましょう!」
「ちょ、ちょっと待って。メリッサ……さん、だっけ?
誰か別人と勘違いしているんじゃない? わたし、その……『ブラダマンテ』なんかじゃあ、ないんだけど」
アイは訳も分からず呆れ返り、必死で弁明する。
彼女は何の取り得もない、凡庸な一高校生に過ぎない。16年の人生で「麗しいお顔」と言われた事など皆無だった。
「いいえ、そんなハズはありませんわ!
白き羽飾りの兜。白いスカーフ。そして白き盾!
貴女様のいでたちは、まさしく潔癖と誠実の証であり、美貌の女騎士ブラダマンテのトレードマーク!
貴女は後に、イタリアに繁栄をもたらす名家・エステ一族の祖となるお方!
その輝かしい運命を彩るために、是非とも貴女の未来の夫、ロジェロを救い出しましょう!」
まったく聞き覚えのない情報をまくし立てられ、アイは困惑の色を強めるばかり。
メリッサは彼女の想定外の反応に業を煮やしたのか、懐から小さな手鏡を取り出してみせ、アイに手渡した。「それ」で自分の顔を確認しろ、と言わんばかりに。
アイは恐る恐る、渡された手鏡で自分の顔を覗き込んだ。
「…………えっ。嘘、でしょ…………!?」
そこに映っていた顔は、今まで毎日見てきた平凡な女子高生のものではなかった。
目鼻立ちの整った西洋人女性の容貌。明らかにアイなどより数段上の金髪美女だったのである。
* 登場人物 *
司藤アイ/ブラダマンテ
演劇部所属の女子高生。16歳。
/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。
メリッサ
予言者マーリンを先祖に持つ尼僧。メタ発言と魔術でブラダマンテを全力サポートする。