#10
「じい様……なんでここに?」
突然現れた自分の育ての親の姿に唖然となる桃太郎をよそに爺様はただ手を組んでニヤニヤと笑っている。その横には頭巾を顔まで隠すかのようにかぶる背の高い女がいる。
「はっはっは、驚いたか桃。実はお前らが表で暴れまわってる間に島の裏手に船を回して上陸させてもらったのよ、先ほどの戦いはまことに見事じゃった。さすがは我が自慢の息子よ」
「ふふふ、本当に……。よく出来すぎた息子じゃよ、我が息子ながら惚れ惚れするわ」
横の女が口を開くが顔が頭巾で隠れて表情がよく見えない、が何故かこの女がしゃべると桃太郎は足が震える。先ほど鬼の頭領が登場する時に感じたあの感覚に近い。
というか、今この女は聞き捨てならないことを言い出した。我が息子、だと?
「んー?ひょっとして桃太郎様のお母上……でしょうか?」
雉が呑気な声で聞いてくるが、桃太郎はその問いに答えることはできない。そうだ、答えられるわけがない。なぜなら桃太郎は自分の母のことなど……。
「我が母はババ様だけだ、お前は一体何者なんだ!」
「おやおや、冗談はよしておくれよ。……まぁいい、それじゃ親子の感動の再会と行きましょうか?」
そう言うとその桃太郎の母を名乗る女は、目深にかぶっていた頭巾をを外す。
それを見たとたん桃太郎に雉、そして犬も猿も思わず息を呑み、驚嘆の声を上げぬようにするのに必死であった。
「……う、嘘でござろう?」
「角生えてんじゃねぇかよ……。ってこた桃太郎の母ってのは……」
「ようやくわかったかい?桃太郎、お前はこの母である鬼が腹を痛めて産んだ子供なのだよ?」
「う、嘘だッ!!」
「嘘ではない桃。でなければなんでお前があれほどに巨大な鬼をいとも容易く倒せたの?なぜ全身の骨を折られながら戦い続けることなんてできたの?全てはあなたがこの鬼の血を引いて……」
「黙れ黙れ黙れぇ!」
桃太郎はそう言って女に斬りかかる、だがその前に鬼女の横に居たじいさんがかっと目をむいたかと思うと、桃太郎の懐に潜り込んで、手のひらの先をすぼめてみぞおちに強烈な一発を食らわせる。
いかに強靭な肉体の桃太郎もみぞおちに強烈な一発を食らってはただ無残に転げる。っていうかじいさんの動きも尋常ではなく、明らかに老人のそれでもない。
「驚いたか?ふふっ、わしも鬼とともにいることでまた若者の時の……いやそれ以上の活力を取り戻したのよ」
「……ぐ、ババ様という人がいながら、あんたは」
「出会ったのはコヤツの方が先でな。侍に追われているところを山小屋に匿ったのが始まりじゃ。以来わしは日中は山に芝刈りに行くと見せかけこやつに会っていたというわけだ」
「毎日大量に拾って来てた芝は……?」
「あれはこやつが集めてきてくれたものよ」
不敵な笑いを浮かべるじいさん。
「俺たちを騙していたとは……」
「そもそも変だとは思わなかったのか?川の上流である山にわしが行った直後に川から桃が流れてきて、桃を割ればお前がいた」
「こんな回りくどいことをして……一体何が狙いなのだ?」
「決まっている!!」
桃太郎のこの質問には鬼女のほうが勢いよく答える。
「我が伴侶酒呑童子様を殺したにっくき源頼光……。その一族を皆殺しにする!それのみが我が願い。その手始めに源氏の血を引く足利家とその一族郎党。奴らを血祭りにあげるのじゃ」
「足利家に攻撃するだと!」
当然この発言に犬吉が黙っているわけがない。むしろ過敏に反応した。
「聞き捨てならぬぞ!この日の本をひっくり返すおつもりか!?」
「滅びればいいんじゃこのような国……」
鬼女はその不気味ながらも妖艶な顔を歪ませて低い声で笑い出す。
「この茨木童子が、滅ぼしてくれるのじゃ!!」
「とんだお母上だ……」
みぞの痛みが治まったのか、桃太郎は血を吐き捨てて、少し困ったような顔をして鬼女に近づいていく。
「古来より身内の不始末は身内の責任……。母のそのような野望を知ってしまったからには相手すべき相手はは古の習わし……」
力なく血まみれになった太刀をしっかりと握り締め、息を吸って呼吸を整える。
「桃太郎……。全力でお相手する!」
桃太郎とその母。
鬼ヶ島での最後の戦いが始まろうとしていた。