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ものの数秒も立たぬ間に桃太郎は近くにあった岩にしこたま全身を打ち付けて、ぐったりとなる。
「……なんじゃ、他愛もない」
少し拍子抜けした様子の巨人鬼。だが、普通の鬼にさえ手こずっていた桃太郎が、屋敷のようなでかさの鬼と互角に戦う計算は到底成り立たないもので、ご覧の結果となっている。
「侮るんじゃない、まだ勝負は……」
そこまで言って桃太郎は立ち上がろうとするのだが、そこで全身に激痛が走る。どうも、岩に体を打ち付けた時に足の骨をやられたようだ。あまりの痛みに気絶しそうになりなんとか持ちこたえるものの体はもちろん指先一本すら動かせない。
「もう一撃で地獄に送ってくれる!覚悟!」
「も、桃太郎―――!!」
「桃様―――!!!」
犬、猿、雉の叫びも虚しく残酷に振り下ろされる鬼の丸太のように太い金棒に、桃太郎が潰されたかと思ったその時であった。
先ほどまで身動き一つ取れなかった桃太郎が突如、横に動いた。いや、金棒を素早く交わしたのだ。
鬼の金棒は空を打ち、桃太郎の後ろにあった岩を砕く。
「ぬうっ!まだ動けたのかぁ……」
巨人鬼は素早く振り返り、自分を睨みつけている血だらけになった桃太郎と対峙した。
「……だ」
「なんだ?」
「遊びは終わりだってんだよ……」
その迫力に思わず巨人鬼は少し怯むが、だがすぐ我に返り「面白い……」と桃太郎に向き直る。
「さっきまでとは明らかに違うようじゃの、いいじゃろう。相手してやるわ!」
再び鬼と桃太郎は向かい合って走り寄る。一丈、五尺と距離が縮まり、今度は勝負が一瞬で付いた。
鬼が巨大な金棒を力いっぱい振り下ろしたのを桃太郎はあっさりと横っ飛びでよけ、思いっきり真上に跳んだのである。
その跳躍が向かう先は、金棒が外れて前のめりの体勢になった鬼の喉元である。
「ぬぁ、貴様いつの間に!?」
「鬼は地獄の方がお似合いだ、そう思うだろ?」
桃太郎は太刀をかざして巨人鬼の喉にめり込ませる。鬼の喉から鮮血が流れ出し、桃太郎は巨人鬼の肩を蹴って鬼の後方へとまた跳躍する。
「と、頭領!」
「お頭が人間にやられるなんて……!」
「この島は終わりだァっ!」
たった今倒された巨人鬼、部下からは相当したわれていたようで、先ほどから頭領を信用して静観していた鬼たちも、この巨人鬼が倒された途端に泡を食ってその辺にあった船に乗り込んですたこらさっさと逃げていった。
「勝ったか……」
勝利した、そう思うと力が抜けそうになるが、気力で持ちこたえる桃太郎。
「それにしても……」
確かにさっき自分は岩に全身を打ち付け、骨も折れて全く動けなかったのだ、それが今はどうだ。
(鬼の頭領に勝利してしまった、犬たちですら敵わなかったあの鬼に……)
どうも腑に落ちないことを考えようとしたとき、横から雉が抱きついてくる。
「すごいですよっ、さっすが桃さんです!私桃様なら絶対勝つって信じてましたから!!」
「あぁ、それがしの読み通り。良き武者であったな」
「はぁ!てめぇさっきこの戦いは厳しそうだなとか言ってたじゃねぇかよ!」
相変わらず仲が悪いのは犬と猿である。
「二人とも!こんな時はやめましょうよ、とにかく人質になった人たちを助けに……」
「それならもう助けたぞい?」
突然島の奥から老人の声が聞こえ、一同そちらに向き直る。
「ふっふふ、お主らご苦労さんだったのぉ。あんなに巨大な鬼を退治してくれて感謝感激じゃよ」
そう言って現れたその老人はあまりに意外な人物であった。
「じ、おじいさん!」