転生、お一ついかがですか?
気分に任せて新連載開始。かなーり更新はゆっくりになりますがたまに見てください。
「ここは・・・?」
ショウゴは閉じていた目を開き、視界に飛び込んできた真っ白な空間に思わず、といった風につぶやいた。よくよく見るとどこまでも真っ白な地平が続いているように見えていた空間が、実は立方体の部屋であったことに気がついた。窓もなければ、ドアもない。家具のたぐいも見つからない。こうも殺風景にもなると本当に壁すら認識できなくなるらしい。
しかし、なぜ自分はこんなところにいるのだろうか。
「確か俺は・・・・・・ウッ!?あ、頭が・・・」
何かを思い出しそうになった途端、急に激しい頭痛が彼を襲った。痛みに負けて彼は思い出すことをやめてしまった。あまりの痛みに床にへたり込む。
と、背後からかりかりと何かものを書くような音が聞こえてきた。
「?他に誰かいるのかな?」
ショウゴは音のした方を振り返った。そして、そこにあったものを見て、息をのんだ。
「・・・・・・!」
そこには、小さな木の椅子に腰掛けて、理知的な表情でなにか、手帳のようなものの上にかりかりとペンを走らせる、美しい女性がいた。すらりと長い足を組み、さらさらとした金髪は絹のようになめらかだ。纏う衣装は、まさに羽衣のようで、女性らしい妖艶さとそれとは逆の触れがたい神々しさを感じさせる。これは、まさに人々の語る女神のようであり、それであってこんな殺風景な部屋の、たった1つしかない小さな木の椅子に腰掛けていてもその神聖さは失われることはない。
ショウゴは、この女性に話しかけることにした。彼女ならなぜ自分がここにいるのか、その理由を知っているに違いない。
「あの・・・・・・」
「『ここは・・・?』は今年度で通算1000回達成、と。・・・・・・ん?何か言った?」
「え」
あ、あれ?いや、聞き間違いだ。彼女の声があまりに綺麗だから話の内容が頭に入ってこなかったに違いない。そうに違いない。
不思議そうに首を傾げてその女性はまた質問してきた。あぁ、美しいだけでなくその所作はかわいらしいときた。
「ねぇ何か言った・・・じゃなくて。何かおっしゃりましたか?」
「えあ、そ、その、俺はなぜこんなところにいるのか、と思いまして。あなたなら何か知っているのではないかと思ったんです」
「(それは私の台詞だっつーの)なぜ、と言いますと?」
いま、心の声が聞こえた気がする。いや、気がするだけだ、気のせいだ。こんなに神々しい女性がそんなことを思うはずが無いじゃないか。
「今、俺ってどんな状態なんでしょうか?何か思い出せそうで、でも思い出そうとすると頭が・・・ウゥッ・・・!」
また何か思い出そうとしたら頭痛がやってきてショウゴはその場でうずくまった。これでは埒が明かない。
「あなたは死んだのです」
え、今なんて?死んだ?俺が?いや、待て。
「あ・・・」
今の一言で頭の痛みが引いていく。脳内がすーっと透き通る。
「思い出した・・・。思い出しました!俺は、俺は、女子高校生が電車に轢かれそうになっていたところを助けたんだ・・・!」
思い出した。人混みに押されて線路に落ちてしまった女子高生を助けて、そのまま電車に轢かれてしまったのだ。
「そう、あなたは人を助け、そして死にました。しかし安心してください。あなたの救った少女は、きちんと無事ですし、あなたには深く感謝しています」
「そう、ですか。良かった。・・・・・・1つ、いいですか?」
「なんでしょう?」
「あなたは女神様なんですか?」
ショウゴは最後の質問をする。最後というのは、彼には、今すぐにでも成仏できる、そんな感じの確信があったからである。
「ええ、そうです。私の名前はペルセポネ。あなたをここに導いたのも私です」
先ほどから妙にペルセポネと名乗る女神はソワソワしているのだが、ショウゴは気にすることはなかった。いまの彼には彼女への感謝の方が強いから。
「やっぱり、そうだったんですね。本当にありがとうございますペルセポネ様。これで悔いなく逝けそうです」
ショウゴの体がスウッと透き通り始める。あぁ、なんという心地よさなのだろう。瞬間瞬間、1つずつ「彼」を構成していた余計なものが剥がれ落ちていくようだ。このままやがては純粋な魂だけとなって軽く、ふわりとあの世に飛んでゆけるのだろう。そう考えた瞬間、体がいっそう軽くなり・・・
「あーーー!待って待って!成仏しないで!まだ話は終わってないのです!」
ペルセポネにがっしりと浮き上がる体をホールドされた。さすが神様、思ったより力が強い強い。っていうか。
「いだいイダイいだいイダイ!!?死ぬ!いやもう死んでるけど!」
背骨がミシミシいっている。腰のあたりで体が2つに分かれちゃいそうだ。ショウゴは必死にペルセポネの腕をタップする。
「はっ!?こ、コホン。す、すみません、つい」
「なんで成仏できそうなところを止めるんですか?さすがに女神様でもどうかと思うんですが」
2人とも冷や汗だらだらである。怒りのこもった声でショウゴが理由を尋ねると、
「そこ聞きますか?聞いちゃうんですか?」
質問しているのはこっちだ。なんか突然目の前の女神に対する敬意なんてものが消えていくのを感じた。
「聞かずに済ませると思いますか?早く教えてください」
「そ、そんな顔しないでくださいよー。言いますから」
一拍おいて彼女は真剣な顔で切り出した。
「・・・・・・私の給料がかかってるんです・・・!!」
・・・給料?
「は?いや、なにを言ってるのかさっぱりなんですけど」
神様に給料なんてあるのか?普通に考えろ。曲がりなりにも神様なのだろう?給料なんて、そんなものが必要なのか?
「あなたにお願いがあるのです。異世界に転生していただけませんか?もちろん手ぶらでとは言いません。あなたの望むものを何か一つ持って行かせてあげましょう」
「おい、給料の件はどうした」
「あなたを転生させないと今月ピンチなの!ね?神様に恩を売るチャンスなのよ!?次死んだとき待遇が良くなるわ!多分!」
見苦しく人間にすがりつく女神を見てショウゴは生まれて初めて心の底からガッカリした。生きているうちに感じたガッカリ感なんてこれと比べたら月とスッポンみたいなものだ。というかこの女神、いまなら靴舐めたら転生してやるって言ったら本当にやりそうだ。それほどまでに鬼気迫るものがある。しかし、ショウゴもそんな鬼畜ではないのでそこまではしようと思わない。
「は、話は分かりましたから、放して!でも異世界って?戦いに身を投じて魔王を倒してくださいとか言われても嫌ですからね!?」
ペルセポネの肩が目に見えて上下した。どうやら図星だったようだ。大方そういう人手の足りない世界に転生させればスコアも高いとか、まぁそんなところなのだろう。
「確かに転生して新しい世界を謳歌するのも面白そうだ」
「・・・!じゃあ!」
「だが断る。俺は成仏する」
そう言ってショウゴは目を閉じ、自分の救った少女のことを思い浮かべる。すると、
「(キタキタキタぁ!)」
体が再びふわふわし始め、ついに、白い部屋の天井をすり抜けるように点へと舞上ったのだった。なんという快感、これこそが究極の至福と言われれば納得する。
安らかな顔をして消えていった本日5人目の客を涙目で見送り、ペルセポネは膝から床に崩れ落ちた。
「あ、あぁぁ・・・私の食費クンがぁ・・・。今日の晩ご飯もまたお味噌汁(具なし)なのね・・・」
ヨヨヨ、と悲劇のヒロインみたいな格好で嘆くが、去って行った客はまず帰ってこない。当たり前だ。成仏したのだから。
観念して、本日の最終業務の内容を手帳に記す。
『今井省吾:死が報われ、満足そうに昇天。 本日の転生者1名』
ペルセポネが部屋の壁に手をかざすとドアが現れる。扉を開けて、転生査問委員会の事務所に戻る。
「あ、お疲れ様です先輩。今の人どうでした??」
後輩女神のイザナミが声をかけてきた。
「また逝かれたわ・・・。どうして私の担当する人はみんな成仏しちゃうのかしら」
「あはは、乙です・・・(先輩のやり口が強引すぎるから逃げられてるんじゃ・・・?)」
とにもかくにも、結果の善し悪しはおいといて仕事の報告をせねばならない。
「閻魔係長、とりあえず今日の成果です・・・。転生者は1人、人間界に転生していきました」
「人間界って、おい。あんなノホホンとしたところに送ったってほとんど利益出ないだろうが!」
「だって、どうしても転生したくないって言うんですもん。カタログ見せたらここなら考えてやるって言われて・・・」
カタログというのは、転生できる世界にどんなのがあるのか示したものである。もちろんあまり儲からない世界は小さく表記しているのだが、あのむさい獣人はめざとく見つけてきやがった。
各世界の維持をしている神様がそれぞれいて、その神様たちは自分の世界の生命のバランスを保ったり発展させるために魂を求めたり、逆に解放したりしているのだが、その魂の仲介とか、死んだ人の魂の斡旋とか、つまり異世界転生させるのをペルセポネたちの会社は仕事としている。のだが・・・
「お前なぁ、今月で何人転生させた?5人。たったの5人だぞ?普通クビだぞこれ。イザナミを見てみろ。アイツ今月だけで30人転生させてるぞ」
「・・・・・・!」
「耳を塞ぐな!バカヤロウ。そんなだから結果も出ないんだぞ!」
上司の説教に耐えかね、ペルセポネはプギャァァァとかいいながら走って逃げた。
一応やることはやったので、荷物をまとめて帰宅しよう。帰ったら具なしの味噌汁とラジオ(テレビなんて買えたもんじゃないのでラジオ)の音楽番組が待っている。あぁ、冷えたビールが飲みたい。
みなさんは成仏と転生、どっちがいいですか?私は死にたくありません。




