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奇談拾遺  作者: 今川義郎
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合わせ鏡と少女

 自分の通っている学校で噂になっている合わせ鏡に関する秘密を、少女は暴こうとした。彼女は迷信を全く信じていなかった。彼女はある日、クラスメイトの話を盗み聞きして、この伝説を知った。

 夜の学校に忍び込み、三階の女子トイレの洗面台の前に来た。彼女はそれに向けて持ってきた鏡を合わせた。噂によると、ここが最も現象の起こりやすいのである。彼女は間に挟まり、壁に掛けられた鏡を見た。噂が真実なら、百枚目に自分の顔が写る―――動機が高まるのを感じる。

 ところが事態はあべこべで、二枚目からすでに彼女の前世が写っていた。

 そこにはみすぼらしい百姓姿の男が、疲れ切った様子でこちらに目を向けている姿が写っていた。彼女は短く悲鳴を上げたが、それよりも好奇心が勝って、三枚目を覗いた。今度は、ミニスカートのセーラー服に脚を包んだ可愛らしい少女が立っていた。彼女はこちらにむかってピースを作り、まぶしいほどの笑顔を浮かべている。

 四枚目には、恐竜の中でもトリケラトプスに似たのがいた。それは草を食み、時折頭をもたげては、彼らの天敵の姿がないかを確認している。その頭上では、巨大な翼竜が恐ろしい鳴き声を上げて、火山の付近を旋回している。

 その時彼女は、この合わせ鏡が、彼女の前世と未来の姿を、時系列を無視して羅列していることに気が付いた。あるときはごく近い世の人間の姿を写し、またある時には、透明な単細胞生物を写した。だんだん恐怖心は和らぎ、今度は百枚目まで覗きたいという欲望に駆られた。

 姿態は流転する―――トカゲ、少女、雄鶏、魔女、豆、時には見たこともない生物が現れた。自分の知識が蓄えられるのを感じる。鏡はなおも続いてゆく。それは迷宮であり、扉の絶えない屋敷であった。彼女は時の急流に身を任せた。

 ふと、いつからだろうか、鏡の中には、多少の差異はあれども、髪のない人間めいた生物が、気を付けの姿勢で立つ姿がずっと続いていた。彼女は妙に思った。これは歴史には書かれていないはずである。ならば幻覚か……しかしあまりにもはっきりしている。そのうちに、それはだんだんと幼くなり、あるいは急激に老いたりし(たように見えた。何しろ同じような容姿の別人が、時代をバラバラに写されているのだから)、だんだんその相貌が恐ろしくなっていくのが分かった。口は耳まで裂け、耳は鋭くとがり、ギラギラと光る歯の間からは、鮮血に染まる舌がちらつく。かぎづめは穢れ、尻尾が嘲るように地を打っている。それはまぎれもなく、悪魔であった。

 彼女は気を失って倒れた。それは悪魔が怖かったのではなく、自分が人間の真実を知ってしまったからである。何しろ、過去と未来の錯綜する中で、一様に同じ顔の人間が現れ、そして悪魔が現れたのであるから……

 神は人類の秘儀を握り給う。それは決して人間には譲渡されず、ただ時々、我々にそのごく一部が明かされるだけだ。それは『旧約聖書』として、『新約聖書』として、『アヴェスター』として、『コーラン』として、『ゾハール』として、あるいは文字でなくとも壁画や絵画などで象徴され、保存される。

 人類はどこから来て、どこへ行くのか―――それは永遠の禁忌であり、神秘である。つまるところ、少女は、犠牲に供されたに過ぎなかったのである。

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