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奇談拾遺  作者: 今川義郎
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アダムとイヴとカオス

 朝倉幸太郎は校内でも真面目で優秀な生徒として有名だった。成績は校内では文句なしのトップで、全国模試でもいつも全国で一ケタの順位になっていた。

 ある日朝倉がいつものように友達と団らんしていると、そのうちの一人の生徒が言った。

「なあ、知ってるか。最近ここに転校してきた水野っていう女、ヤバいらしいぜ」

「どういうことだ」

「荒れてんだよ。髪を金色に染めて、スカートの丈は平気で校則を違反してる。いつも武器を持ち歩いてて、気に入らないやつがいるとそれで叩きのめすのさ」

「こっわ」

「男にもだらしなくてさ、なんでも援助交際してるって噂だぜ。今までやってきた男の人数は三桁になるとか」

「異常だなあ。なんでそんなやつがうちみたいなとこに入ってきたんだろうな」

「裏口入学って噂だぜ」

 チャイムが鳴り、各々が席に着いた。禿げ頭の数学教師が入ってきた。朝倉は聞いているふりをしたが、頭の中では漠然と、先の女生徒のことを考えていた。

 翌日、教室が騒がしい。彼は近くにいた友達に詳細を尋ねた。

「水野が他校の生徒と暴力沙汰起こしたらしいぜ。職員室は朝からそれで持ちっきり。俺ら受験生が質問しに行っても上の空って感じだ」

 HRでそれが本当らしいことが判明した。授業はいつも通り進められたが、誰もが落ち着きを失っていた。それは教師でも例外ではなかった。黒板は黒いままだった。生徒たちのノートもまた真っ白だった。朝倉は頬杖をつきながら、またあの女生徒のことを考え、窓の外に広がる三色の風景を眺めた。

 翌朝、教室内では水野の停学処分の決まったことが通達された。期間は一週間だという。硬質な雰囲気と沈鬱な都市風景にいる生徒たちは、この新参者の持ってきた一大事を大切に育んだ。事実に尾ひれがつけられた。ある人は、彼女の男が他校の生徒にカツアゲされたのが原因だと言った。ある人は、彼女の援助交際の闇に付け込んで、金を巻き上げようとしたのが原因だと言った。またある人は、そのひと悶着起こした相手が元彼で、くだらない痴話喧嘩に過ぎないと言った。いずれにせよ肉欲と金銭欲が絡んでいるとにらんだのは、少ない人間ではなかった。

 一週間が経ち、その話も次第に聞かなくなって、彼女がまた登校する時期になった時、朝倉の下駄箱に一通の手紙が入った。読んでみると、放課後に近所の公園に来るようにということだった。彼は手紙をしまい、誰にもこのことを告げずに、友達に先に謝ってから公園へ走った。

 すでに彼女はベンチに腰掛け、待っていた。朝倉の姿を見ると立ち上がり、彼の目の前に立った。朝倉は初めてその姿を見た。金髪にピアスだらけの耳、勝気なつり目と高い鼻、浅黒い肌と胸元の見えるほどに拡げたワイシャツ。彼はこれを見て確信した。向こうも朝倉のことを観察し、得心した様子であった。彼は水野の手をとった。

 彼らは消えた。後には枯れ葉が一枚残され、野良猫が金の眼でそれを見つめていた。

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