第一話 真剣な瞳
もし本当にパラレルワールドがあるのなら、ありとあらゆる選択肢によって分岐し無限に世界が存在するのなら、きっとここは最悪で最高の世界だろう。
運命という偶然は必然的に起きる、悲しい運命や残酷な運命にアニメや漫画や小説の主人公は立ち向かっていくのがセオリーでありルールだ。
全人類一人一人が自分の物語の主人公だとよく言うけれど、それならきっと、僕は主人公になれなかった。
だからこそ語ろう…主人公と言うにはあまりにも情けない僕と、彼女と、あの枯れた桜の話を…
音片 奏
両親がくれた名前は別に嫌いじゃない、多少男女の区別が付けにくいこと以外に不自由もないし。
四月十四日生まれ、男
身長百五十八センチ、体重四十八キロ
身長が低いのは気にしてない、まったく気にしてない。
高校一年の七月、入学当初の気合いも希望もすでになくもう少しでおとずれる夏休みを今か今かと待ちわびる日々を過ごしていた。
教室の窓側、一番後ろの席は授業中の睡眠にもちょうど良く僕はこの場所が気に入っている。
その隣で、暑さを凌ぐために開けられた窓から吹く風に、彼女の長い黒髪が揺れた。
「詩方さん、この問題を解いてくれますか?」
「はい!」
そう言って彼女は立ち上がった、その表情は真剣そのもので瞳には強い意思が表れている…気がする。
あの時からなんでか彼女が気になって目で追ってしまう、そしていつだって見えるのはあの表情と瞳だ。
一ヶ月前の体育祭…
「体育祭、終わったよ~!かなで~」
「…まだ全然終わってないよ?杜琴」
「なによ~、わたしの出る種目は全部終わったんだからわたしの体育祭は終わりでいいじゃん、少しは頑張ってきた幼馴染みを労ってよ~」
体育祭全十二種目の五種目め、障害物競走が終わって僕ら一年B組のテントに戻ってきた杜琴は何の気なしに僕に寄りかかり、不満を訴えるように頭を振った。緑色のハチマキと一緒に茶色のポニーテールが揺れてなんだか本当にしっぽみたいだ。
「そんなこと言わずに、まだ皆頑張ってるから応援しよう?」
僕は杜琴の頭を撫でながらお願いした、この幼馴染みはこうやってお願いすると機嫌が良くなるのは何年も前から知ってるからね。
「……うん」
僕と杜琴は家が隣で幼稚園からずっと一緒に居る、家同士でも仲が良くて半分家族みたいなものだから、学校の皆には僕らのスキンシップが過度に見えるらしくていつも恋人だと勘違いされるけど、そのうち皆も慣れちゃうんだよね。
杜琴の体つきは中学二年生から変わってなくて、まだ僕より小さいんだけど…もしいつか抜かれちゃったらさすがにショックだなぁ。
「かなで、次の種目ってなんだっけ?」
「ん?確かパン食い競走だったかな」
「ネタ種目ね!おもしろい珍プレーとかあるかしら!?」
「いや出場してる人の中には真面目にやる人もいるんだから、ネタとか言わない方がいいと思うよ…」
まあ半分以上は杜琴と同じようにネタ種目だと思って出場してる人だろうけど。
「がんばれー!B組絶対優勝するんだからねー!」
さっきわたしの体育祭は終わったなんて言ってたのに優勝はしたいんだね…
一回目、二回目が終了して三回目で、一人の女の子が転んだ。
「うわっ!大丈夫かな…」
「どしたの?かなで」
「あのハチマキ、僕たちのクラスだよね、転んじゃったみたい」
そう言って転んだ彼女に視線を戻すと、ちょうど起き上がった彼女の顔が見えた…
そして…目が離せなくなった。
涙を堪えた瞳、引き結んだ唇、必死に成し遂げようとしている彼女の顔に…
僕たちがネタ種目だと思っているパン食い競走、それに参加しているとは思えないほどの真剣な表情と瞳に、今思えば見とれていたんだと思う。
「あー、響ちゃんだね、あの子運動得意そうじゃないしなー、でも頑張ってるね!」
痛めてしまったらしい脚を半分引きずりながら、彼女はしっかりとゴールした。
正直人の顔や名前を覚えるのが苦手で、ほとんどのクラスメイトの顔も名前もまるでわかってなかったけれど…彼女の顔と名前は、忘れることはないだろう…
「響…」
そんな体育祭から一ヶ月過ぎた現在、僕はまだ彼女、詩方響と話したことすらない。
ただひとつわかったのは、詩方さんには友達が…いないんじゃないかということくらい…
顔立ちも整っていてスタイルも悪いわけじゃない、けれどクラスで誰かとおしゃべりしたり、お昼を一緒に食べている所を見たことがないから、たぶんそうなんじゃないかなぁ。
「かなで、ぼーっとしてるよ?ミートボールいただき!」
「いや、詩方さんっていつもお昼一人だなって思って…ってあれ!?ミートボール六個あったよね!?全部たべたの!?」
杜琴はいつも僕とお昼を食べるんだけど、毎回僕の弁当からおかずをもっていくんだよね。ミートボール…楽しみにしてたのに…
「んぐんぐ…ごちそーさま、で響ちゃんだっけ?そう言えば一人だね、声かけてみようか!」
「ええ!?いきなり!?」
杜琴はいつだって思い付くとすぐに行動するタイプだから、それに付き合う僕は苦労が絶えなかったりする。
すぐ近くの席でお弁当を食べている詩方さんに、杜琴が声をかけた。
「響ちゃん、よかったらわたしとかなでと一緒にお昼食べようよ!」
「ごくん…………え?」
箸を口に運んだまま、詩方さんは目をぱちくりさせた。
いまいち何を言われたか理解できてません、といった表情をしていたから、僕も勇気をだして再度詩方さんを誘った。
「詩方さんさえよかったら、一緒にお昼、食べない?」
やっと自分が誘われているとわかったのか、目を見開いて僕らを見つめて、
「あたしが一緒に食べて………いいんですか?」
と呟いた。
「もちろん、詩方さんが嫌じゃなければ」
「大カンゲーだよ!」
僕らが間を開けず答えると詩方さんはこう言った。
「食べます!一緒に食べたいです!」
この時僕は、始めて彼女の笑顔を見た。
詩方さんと一緒にお昼を食べるようになって数日、驚くほどあっという間に僕らは仲良くなった。
「音片くん、おはようございます!」
「おはよう詩方さん、なんだかご機嫌だね」
話すようになってからは、詩方さんの笑顔もよく見るようになったけど、中でも今日は一段と嬉しそうに笑っていたのでちょっと気になった。
「はいっ!さっき杜琴ちゃんが明日遊びに行こうって誘ってくれたんです!」
明日は土曜日だ、学校も休みだしたくさん遊べるだろうな。
「そっか、楽しみなんだね」
「はい!本当にうれしいです!」
満面の笑顔に思わず心臓が跳ねる、今まで見たどんな彼女よりも可愛く見えたせいだ。
「あ!かなで、響ちゃんから聞いた?」
詩方さんの後ろから杜琴が顔を出した、一緒に学校に来たんだけど、どこに行ってたんだろう…
「うん、楽しんで来て「かなでも一緒に行くからね!」…ってええ!?」
「と、杜琴ちゃん!?音片くんも一緒なの!?」
驚愕の顔を向ける僕と詩方さんに、杜琴はさも当然、といった顔で
「二人とも嫌じゃないでしょ?」
と言ったので、僕としては否定のしようもなく…
「は、はい…嫌じゃない、です」
「よし、じゃあ決定!明日十時に二宮の駅前に集合ね!」
僕らの通う奏燐高校は関東の小さな町、二宮町にある。僕と杜琴はこの町に住んでるし詩方さんがどこに住んでいるのかは知らないけど、待ち合わせ場所としては問題ないはずだ。
「わかりました!」
「うん、わかったよ」
授業が始まっても詩方さんはずっとにこにこしてて、とても幸せそうだった。
そして僕はそんな彼女を見て…授業を聞いていなかった…………
「やっぱり海がいいかなー!そうだ、本屋さんとかパン屋とかもあるよ!」
「あたしは本屋さんに行ってみたいです!ああでも、海もいいですね!パン屋さんも気になります…」
昼休みも弁当を食べながら明日の話ばかりしていた、詩方さんは平塚市に住んでいるらしくて二宮町のことはほとんど知らないとのこと、なので明日は町のおすすめスポットを紹介することになった。
「本当に楽しみです、あたしこんな風にお友達と遊びに行くなんて、始めてで!」
「そうなの?響ちゃんすっごい可愛くていい子なのに!?」
「ちょっと事情があって…あたし全然他の人とお話しする勇気が無くて、いつも一人だったんです。でも杜琴ちゃんと音片くんがお友達になってくれたから、もう全然大丈夫です!」
事情、とだけ言ったのはあまり話したいことじゃないからだろう、杜琴もそこにあえて踏み込むほど無神経じゃない。
それに、明日のことを本当に楽しみにしてくれていることはとても伝わってきたから、僕らはそれで充分だ。
「じゃ、明日駅前ね!バイバーイ!」
「さようなら、杜琴ちゃん!音片くん!」
「さようなら、詩方さん!」
学校も終わり、詩方さんは委員会があるからと、僕と杜琴だけ先に帰った。
家も隣だから当たり前だけど、杜琴と一緒に帰るのはいつものことだ。
「響ちゃん、喜んでくれてよかったね!」
「うん、あんなに楽しみにしてくれるとこっちも少しウキウキするよ」
「ふふっ、楽しみすぎて寝不足にならないようにね!」
「小学生じゃなんいんだしそんなことしないよ」
「それじゃ、また明日!」
「うん、また明日」
それぞれの家の前に着いて別れをつげる。
実のところ詩方さんと一緒に遊びに行けることは、僕も凄く楽しみだった。興奮を押さえつけて寝ようとしても中々寝付けず、やっと睡魔に負けて眠りに落ちた。
翌朝…………
目を覚ました僕の目の前にある時計の針は、十時三分を指していた…………………
「寝過ごしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉ!!」
純粋な恋愛物語が書きたくなり、この作品を執筆しました、この作品のテーマは「最悪で最高のバットエンド」ですが、皆さんにとってはハッピーエンドかもしれませんし、ただ残酷なバットエンドかもしれません。けれど自分は精一杯彼らの物語を語ろうと思っています。
応援していただけるとうれしいです。