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その紫陽花は何色?  作者: 風間 義介
二章:虚門(こと)開きて魍魎跋扈す
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二、語られるは悲しき事実

 明守の術により、記憶の封印を解かれたまさこは、自分の過去を語り始めた。

 「私にはかよこという双子の妹が居たようです……そして、私の母とかよこは北条家の先代当主から、常に忌み嫌われていました。その理由ですが、双子であったかよこと私の内、かよこだけが霊力を宿していたものの、その力は特殊な物だったです」

 「特殊なもの?」

 明守の声に、はい、とうなずき、まさこは続けた。

 「当時、霊力を持たなかった私に、先代当主の父が話してくれたことを思い出しました。かよこには、"妖幽界(ようゆうかい)"と呼ばれる虚戸の向こう側へ自由に行ける力があり、またその虚戸を自由に開くことも出来ると。小さかった頃のかよこは、そんな自分の能力を知らず、良く古道で遊んでいたようです」

 「虚戸……つまり、気脈の通り道へつながるとびら、という解釈でいいのですか?」

 虚戸、という聞きなれない単語に明守は聞き返してしまった。

 が、ウィザードではなく、まして霊力も持っていないまさこは、そういう解釈で間違いないかと、とあいまいに答え、話をつづけた。

 「先程、心中現場の紫陽花寺についてのご質問があったと思いますが、あの場所には……」

 そう告げると、涙を堪えながら話を進めようとするまさこの姿があった。

 明守は特に何も言うこともなく、何もすることもなく、ただまさこが語り始めるのを待った。

 「この紫陽花寺、特に古道で良くかよこと遊んでいたことを思い出しました。ただ、彼女が良くどこかへと消え、またふと戻ってくることを不思議に思っていました……しかし、彼女が現れた後に必ず妖怪と呼ばれる類のもの、或いは鬼と呼ばれるもの、はたまた死者そのものを連れてきていたのです」

 異界へ行き来する能力を持っているのだから、当然、向こう側にあるものを連れてくることもできるだろう。

 いや、正確には、おそらくかよこが行き来した時にできた穴を、異界の存在が潜り抜けてきた、というだけで、かよこ自身は特に意識していたわけではないのだろう。

 しかし、それを許すことのできないのがウィザードの世界であった。

 「その対処に苦しんだのが父であり、この鎌倉を守護する一族の汚点として……そこから先は、私自身の記憶がまだはっきりとしていませんが、きっと想像に耐えかねる行為が母とかよこになされたのでしょう。その場所が、あの古道なのだと思います」

 「生前から何や力はあった、いうかこの様子やとほんまに心中で死んだんかも謎やねぇ」

 まさこが持ってきた饅頭を口にくわえながら、千霧はぽろりと自分の心情を漏らした。

 早い話、謀殺されたのではないか、ということなのだろう。

 奇妙な能力を持っているが、ウィザードとしての訓練を行うことができなかった、まさこの父としては、おそらく断腸の思いでしたことなのだろうが。

 饅頭を一つ食べ終えた千霧は、そういえばやなぁ、とまさこに問いかけた。

 「ここらあたりの龍脈、調べみてわかったことなんやけど、紫陽花が咲いとるとこの龍脈が全部、ここの寺にある祠とつながっとったんよ。あれ、なんや関係あるんとちゃうんか?」

 その言葉に、まさこはこくりとうなずき、話をつづけた。

 「かよこも私も、小さな頃から紫陽花が好きでした。特に、あの祠周辺の紫陽花は本当に綺麗でした。私は良くその紫陽花を分けに、知人宅や神社がある江ノ島や茅ヶ崎へと赴いていました」

 江ノ島、茅ヶ崎。それらは千霧が調査に行った場所であり、事件が起きた場所であると同時にかよこと思われる霊が出現する場所でもあった。

 それを知ったまさこは悲しげな表情を浮かべ。

 「しかし、もしかすると、死んだかよこの思念か魂の一部が、その紫陽花に宿っていたのかもしれません」

 と、沈痛な面持ちで話した。

 「紫陽花の咲いている場所と祠が龍脈でつながっている、ということについてですが……鎌倉を基点として、それが無数に広がっている可能性があります。この地は、そういう意味では太古より神秘の土地とされてきました。私が持っていった紫陽花は、偶然にもその龍脈上に植えられてしまい、そのまま経路として祠へと繋がっていったのかもしれません……ここの紫陽花はどれも青く透き通っていた色でしたが、皆さんのお話を聞くと赤く染まっていたようなので、何らかの形で人を襲ってはエネルギーを吸い取っていたのかもしれません。まるで血を吸うかのごとく……」

 人を襲う、血を吸うかのごとく。

 その言葉を聞いて、明守の心中は、はっきりいって穏やかなものではなかった。

 しかし、どうにかその感情を抑え、明守は最後に残った鍵、祠について何か知らないか、と問いかけた。

 まさこは遠い過去を思い出すかのように、視線を明後日の方向へ向け、淡々と語り始めた。

 「私は小さい頃、母は病気で亡くなったと聞かされました。そして、お墓もこの寺の裏山にあります。しかし、もしかすると、それは偽りの記憶を先代の父に植え付けられたものだったのかもしれません」

 「……祠は、母君の墓、ということでしょうか?」

 「はい、明守さんの推測が、正しいかもしれません。あの祠は忌み子である”かよこ”と母の墓であると同時に、良からぬ事が起きぬよう封印を施したものでしょう」

 封印。その言葉から、まさこの、いや、まさことかよこの父はかよこを忌み嫌っていたという事実に他ならなかった。

 通常、墓というものは死んでいったものの記憶とそのものへの想いを向ける、道標のようなものだ。しかし、封印となると話は別だ。

 想いを向けるものではなく、そのものが災厄を招かぬよう、時間をかけて昇華する呪術としての墓。それだけで、かよこの父がどのような感情をそのときに抱いていたとしても、あまりほめられたものではない。

 「……しかし、当主による封印の力が徐々に弱まり、霊力を持たぬ当主となった私だったからこそ、封印が自然に解けてしまい、かよこが何かしらの形で実体化したのかもしれません。元々、それなりの力を持つかよこでしたので……」

 「……忌み子、か……ただ霊力を、プラーナを使う術を知っているというだけで、忌み嫌われる、か……」

 そう呟く明守の脳裏に思い浮かんでくるのは、土御門神社の子供というだけで与えられた疎外感だった。

 それは、父親も感じていたものだ、と語っていたが、ウィザードという世界の理に触れる存在は、普通の人間(イノセント)に忌み嫌われる存在となってしまうことが多い。

 当たり前と言えば、当たり前だ。

 ウィザードであれイノセントであれ、人間は五感を完全に共有することはできない。見ている景色、聞いている音、食したものの味、触れたものの感触、香ってくる臭い、それらすべてが共通していたとしても、感じる心が違うのだから。

 まして、霊的な存在を認知することのでき、声なき者の声が聞こえ、先を読むことのできるウィザードが忌み嫌われるのはなおのことだ。

 「生来でこういう力もっとる家系は辛いわなー」

 「ボクたちウィザードにも大なり小なり経験のあることっちゃそうかもねー」

 「……それだけで、鬼の子扱い、だもんな。もっとも、土御門家は狐の子だけどな……」

 はっきり言って、迷惑な話だ、と言わんばかりに明守は千霧とアヤの感想にため息をついた。

 勝手に目を閉じ、耳をふさいで。挙句の果てには勝手に忘れて。

 そのくせ、自分たちではどうにもできない事象をウィザードのせいにしたり、霊的な存在のせいにしたりする。

 そんな身勝手が嫌いだから、土御門の現当主は、事件に巻き込まれたイノセントのことを気の毒だと思うことはない、と豪語するくらい、身内以外の人間はどうでもいいと考えているのだが。

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