一、記憶の封印
明守達はそれぞれ入手した情報を持ちより、紫陽花寺へと戻ってきた。北条まさこは調査で疲れた彼らがゆっくり休めるであろう大広間へと案内し、お茶と菓子の準備のために一旦部屋を後にした。
まさこが部屋を出ていた頃には、残された明守たちはお互いの情報を交換し終えた。
幽霊と目される少女・出現条件・紫陽花と古道先にある祠から、今回の事件の裏に何があるのか、その仮説を導き出そうとしていた。
「……かよこが紫陽花を経由して、祠にプラーナを集めている。この仮説は間違ってないと思う」
「せやな、てか、状況的に考えてもそれ以外に考えようがあらへんわ」
「問題は、かよこちゃんがいまどこにいるかってことと、なんでプラーナを集めようとしているか、だね」
集まった情報を元に、明守たちは敵の正体と目的を推測しようと試みていた。
だが、今まで集めた情報では、いかんせん、仮説の域を出る推察を行うことはできず、どうしたものか、と思案してしまっていた。
だが、その無限ループを脱することができなければ、この先に進むことはできない。
ならば、多少の危険は承知の上で行動すべきだ。
そう判断した明守は、千霧とアヤに一つの提案をした。
「……なぁ、いっそつながりがありそうなまさこさんに直接聞いてみるってのはどうだ?」
「せやなぁ……けど、何を聞くん?あのおばさん、ものによっては教えてくれへんかもしれんで??」
「ま、北条家と紫陽花の関係、それから無理心中した母と娘についてつなげれば、だいたい大丈夫だろ?」
はっきり言って、明守のこの予測は勘でしかない。
だが、紫陽花にかかわる寺を守護する北条家と、その土地で起こった心中事件。そして、その娘と同じ容姿をした地縛霊。これらが何も関係がないとは思えないのだ。
違ったのなら違ったで、まさこから訂正してもらえばいい。
「お茶とお菓子をお持ちしましたよ……あら?どうかしましたか?明守さん」
明守が神妙な面持ちになっていたためだろうか、まさこは明守に声をかけた。
「北条どの。少し、お聞きしたいことがあるのですが」
「はい、何でしょう?私で良ければ、分かる範囲でお答え出来ると思いますが……」
声をかけられた当の本人は、お茶とお菓子を受け取りながら、なおも神妙な面持ちで、改まった態度でまさこに問いかけた。その問いかけに、まさこは少々の疑念を覚えながらも答えてくれた。
その回答に、明守は礼を言い、今まで集めてきた情報から推察したことを話し始めた。
「実は、今まで集めた情報をもとに推測したのですが……」
と、明守はこれまで得た情報から立てた、一つの仮説を語り始めた。
この紫陽花寺を守護する北条家の土地では、かつて母と娘の心中事件があった。その被害者の娘の名は、北条かよこ。そして、彼女が最後にまとっていたのは、紫陽花のがらの浴衣であったこと。
そして。
「そして、今回の事件の被害者たちも、紫陽花の浴衣を着た少女の幽霊に遭遇している。それも、この紫陽花寺と同じく、紫陽花が咲き誇る場所で……これは、単なる偶然とは思えないのですが?」
明守の仮説が正しかったのか、それとも、単純に何か引っかかることがあったのか。まさこの表情は、明らかに動揺していた。
「……かよこ?……どこかで聞いたような……けれど、なぜでしょう。この名前を思い出そうとするたび、頭に霧がかかったかのような、ものすごくもやもやした何かが……」
「……封印か。失礼」
明守はまさこのその様子が、記憶にかけられた封印によるものだということを察し、彼女の額に右手の指先をつけ、そっと目を閉じた。
「記憶の六花に立ち込める霧は、真を求むる風にて散らん。霧の先に封じしものを表したまえ……解っ」
呪歌をつぶやき、さきほどの老人と同じように封印が施している記憶にアクセスし、それを守っている封印を解除するための言霊を織り交ぜ、封印を解いた。
その瞬間、まさこの目には涙が浮かび上がった。
「あぁ……何と……私の奥底に、こんな記憶が眠っていたなんて……」
悲しみからか、後悔からか。まさこの瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
明守たちはまさこが落ち着くのを待って、彼女の口から真実が告げられる時を待った。