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その紫陽花は何色?  作者: 風間 義介
一章:雨の鎌倉にて
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三、紫陽花は何色に染まる?

 甘味処の女将からタオルを受け取り、葛湯でぬれた服をふきながら、アヤは涙目になっていた。

 というのも。

 「ううっ、スマホ大丈夫かな……生活防水しかないのに……」

 葛湯の被害を受けたのはアヤだけではなく、彼女の所持品すべてだったのだから。そして何より、これから情報収集をしなければならないというのに、大切な情報端末であるスマホが、その被害を受けてしまったのだから、彼女としてはかなり問題だ。

 だが、奇跡的にスマホは無事だったようで、アヤはほっとため息をつき、幽霊の出現場所について、詳しく検索をかけてみることにした。

 その結果、“幽霊”の噂は、江ノ島、横浜、八景島、茅ケ崎といった、かなり広い範囲に分布しているが、必ずそこには「紫陽花」が咲いているおり、時間帯は深夜、必ず雨が降っている日だったという。

 また、その噂が立つ所には必ず紫陽花柄の浴衣を着た少女が佇み、その際、頭上が一瞬紅く光ったように見えたという話もある。

 そして、つい最近も、女子高校生4人が肝試しと称して、紫陽花寺の古道に向かい、姿を消してしまったらしい。その時も、時間帯は深夜、必ず雨が降っている日だったとされている。という情報をつかむことができた。

 ――赤い光ってことは、やっぱり月匣(げっこう)だよねぇ……

 つかんだ情報のうち、赤い光、という言葉に、アヤは侵魔の気配を感じずにはいられなかった。

 「……ん~、まぁボクが調べられるのはこれくらいかな……あとはアッキーやチギリンに任せよう」

 特にやること、というよりもこれ以上何を調べればいいのか、見当がつかなかったアヤは、ぽつりとつぶやくと、自分が注文した白玉ぜんざいパフェの方へ向き直った。

 が。

 「……うぅ、こっちもべとべと……」

 パフェも葛湯の被害を受けていることに気づき、一人、さめざめと泣くことになった。


 一方、さっさと白玉あんみつを食べ終え、勘定を済ませた明守は出現する幽霊、「かよこ」について知っている人がいないか、再び紫陽花寺に戻ってきた。

 ――……陰陽師の本懐は占いにありって、父さんはよく言ってたな……苦手だけど

 そう思いながら、明守は、まさこに案内された部屋の中で、自分の荷物の中から風水羅盤に似た道具を取り出し、占いを始めた。

 陰陽師、というウィザードは、符術や結界術を行使する人材として有名だが、その本質は陰陽五行に基づいた占いにある。

 明守が取り出した道具は「式盤(ちょくばん)」と呼ばれる占具で、気の流れを読み取ることで、過去・現在・未来を見通す道具だ。もっとも、占いの結果というのは往々にして抽象的であり、漠然としている。そのため、占の結果が何を示しているのかは、術者本人が考えるしかないのだが。

 「……求めしものを知りしは、旧き館の主なり……か」

 出てきた占の結果をつぶやき、明守は目を閉じ、思考をめぐらせた。

 求めしもの、というのは自分たちが調べている幽霊、かよこの情報だろうことは、すぐに推測できた。しかし、それを知っている人物がいる、旧き館、というのが、何を示しているのかわからない。

 ――そういえば、この寺の中にでかくて古い屋敷みたいなのがあったな……そこにあたってみるか

 答えなのかどうかはわからないが、明守は紫陽花寺の敷地内にある屋敷へと足を運んだ。

 「……失礼」

 「……おや、見知らぬ顔じゃな~?どちらさんかな??」

 屋敷に足を踏み入れると、一人の老人が迎え入れてくれた。

 明守は老人に対し、紫陽花の浴衣を着た少女について、問いかけてみた。

 老人は少し考え込み、おぉ、そういえば、と話をしてくれた。

 老人が思い出したのは、幽霊の目撃談から、その容姿は市松人形のようなおかっぱ髪に、紫陽花柄の浴衣を来た少女。無邪気に振る舞う可愛らしい女の子に見えるが、その目はどこか悲しげだったらしい。

 そして、幽霊と似た女の子が、昔、雨降る紫陽花寺の古道で母親と一緒に死んでいたとの事件があった。なぜ母子無理心中を計ったのか、当時の捜査では明らかにすることは出来なかったが、現場には血に染まった紫陽花が無数に散らばっていたという。

 当時の警察は母親と娘の無理心中と結論付けた。母と娘は身元不明として扱われたが、良く紫陽花寺に出入りしていたそうだ。もしかしたら北条家の関係者では?という話もあるが、それらの情報は記録されていない。

 という内容のものだった。

 だが、ほかにも何か思い至るものがあるらしく、老人は腕を組み、うんうんと唸り始めた。

 「……う~む、確かほかにも何かあったような……なんじゃったかのぅ……」

 「ご老人、ちょいと失礼を」

 そういいながら、明守は右手を老人の額にかざし、眼を閉じた。

 「求むる六花の花びら、手繰りてよせや、想いの糸を」

 明守が紡いだのは「呪歌(じゅか)」と呼ばれる、一種の呪文だ。

 真言や祝詞と違い、神に祈りをささげるわけでもなければ、助力を乞うものでもない。術者本人の霊力を用いて、歌に込められた思いを現実のものとする呪法だ。

 その呪が功を奏したのか、老人は目を見開き、おお、そうじゃそうじゃ、と声を上げた。

 「そう言えば、紫陽花寺の現主も小さい時は、よく紫陽花柄の浴衣を着ておったな。髪型もおかっぱだったしの……まぁ、ただの偶然かもしれんがの~」

 「……お話、ありがとうございました。私はこれで失礼を」

 明守は老人に礼を言い、屋敷を立ち去った。

 去り際、明守は胸中に依頼人である北条まさこに対する疑念を抱きながら、屋敷の方へ振り返った。

 どうにも嫌な予感がする。

 それがなんであるか、なぜ、そんな予感を抱いているのか、明守にはわからなかった。


 かたや、明守と同じく甘味処を出た千霧は、事件が起こった各所を巡り、紫陽花の色を調べて回っていた。

 調べて回っていたのだが。

 「ええっと、江ノ島駅おりて――ええっと、どこ行けばええんやろ……」

 方向音痴に「超」がつくほど、方向感覚に自信のない千霧は、江ノ島からふらふらと迷いながら、どうにかこうにかたどり着いた神社で一休みしていた。

 そこは、偶然にもアヤが調べていた情報の中にあった場所だったのだが。

 「はーお手水、気持ちええなぁ……っと、紫陽花……ここ、か?」

 手水を頭から浴び、疲れを癒した千霧は周囲を見渡した。

 千霧の視界には、立派な紫陽花が映り込んだ。

 「んー……なーんもなさそうやねぇ……?」

 とつぶやきはしたが、ふと違和感を覚えた。

 龍脈を感じ取る力を持つ、竜使い、と呼ばれるウィザードである千霧の瞳が、その違和感の正体をつかみ取った。

 どうやら紫陽花寺のものと同じ品種の紫陽花であるようだが、この紫陽花は普通ではないようだ。見た目は紫陽花には似ているが、複雑かつ無数に張り巡らされた根がプラーナの供給経路になっているようだ、と、千霧は感覚でつかみ取った。

 千霧はプラーナの行き着く先を調べるため、自身の瞳に流れている龍脈に意識を集中させ、紫陽花の咲き誇る道をたどった。

 しばらく行くと、紫陽花寺の古道先にある小さな祠にたどり着いた。どうやら、ここがプラーナ供給路の終着点のようだ。

 「んー、地蔵さん、てワケやなさそうやねぇ……これ以上は今調べるんも危なそうやし、戻ろうかー」

 だいぶ歩き回って薄汚れた服をぱんぱんと払い、千霧はもと来た道を戻っていった。

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