三、土御門の後継者、罪を犯せし少女を神に封ず
巨大な紫陽花が千霧の一撃が粉砕され、散り散りとなった後、これまで何十体という人々の生体エネルギーであるプラーナが一気に飛び散り、紫陽花の根や蔓に囚われていた人々の体へと戻っていった。
解放されたアヤは千霧のもとへと走って行った。
明守は、その様子を見て、悲鳴と共に大きな声で泣き喚いているかよこの方へと歩を進めた。
「私が集めた……お母さんの魂を蘇らせるために集めたのに……せっかく、その器となる娘の体も手に入れたのに……」
そうつぶやくと、かよこは接近してきた明守に、きっと恨めしそうな目つきで視線を投げた。
「あの時と同じ……そうやって、私を忌み嫌ってまた殺そうというのねっ!」
どうやら、かよこは目の前にいる明守を、かつて自分と母親を殺した父親の姿に重ねているらしい。
かよこはなおも、明守に対して恨みごとを、今までため込んできた呪詛を吐き出した。
「私が何をしたと言うの?どうして死なないといけないの?どうしてお母さんまで殺したの?あなた達は、こうやってお父さんと同じことをするのね!お姉ちゃん……」
吐き出された呪詛、それは忌み嫌われ、最後には非業の死を遂げた彼女だからこそのもの。そして、一歩違えば、明守も抱えていたかもしれないものだった。
だからこそ、わからないでもない。
――けど……
明守はこぶしを握り、おもいっきりかよこの頭にそれをぶつけた。
基本的にお人好しであり、子供のいたずらや悪ふざけはある程度まで許容する程度に心の広い明守だが、さすがに今回はその域を超えていた。
がいん、という響きが聞こえると、かよこは自分が何をされたのか理解し、頭をおさえながらなおも恨めしそうに明守を見た。
が、そんな視線を一向に気にすることなく、明守はかよこに向かって静かな怒りを込めて問いかけた。
「……他人の魂を集めたところで……桔梗の体を使ったところで、君の母君は戻ってはこない。それをしてしまったら、君は人間ではなくなってしまうんだぞ?……君の母君は、君が妖に身を落としてまで蘇らせてほしいと思うか?」
後半の言葉をかけると同時に、明守はかよこの頭をなでた。
頭をなでられながら、かよこはぽろぽろと涙をこぼし、おえつを漏らし始めた。
「だって……私が死んでも、お母さん、は、死ぬことは無かった、んだ、もん……」
泣きながらそう反論するかよこの頭をなおもなでながら、明守は諭すような声色でかよこに語り掛けた。
「……そうかもしれない。けれど、君がやろうとしたことは、人間が……たとえウィザードであってもやってはいけないことなんだ」
他人の命を、存在をもてあそび、死者をよみがえらせる。
それは、この世界の理から外れている行為だ。そして、仮によみがえったとしても、その人はもう、蘇らせたいと願ったその人ではない。
だから。
「だから、ちゃんとお姉さんに謝って、それからお母さんに会いに行こう?俺はいけないけど、手助けはできると思うから」
それが、かよこにできる唯一の罪滅ぼし。
明守はそう思うからこそ、かよこにそう語りかけた。
ようやく、自分のしてきた過ちに気づいたかよこは、泣き止んで明守の目をまっすぐ見つめた。その眼には、もう自分を殺した父親への憎しみは消えていた。
「……お兄ちゃんの言うとおり……お母さんは、こんなの望まないかもしれないね……えっく、えっく……分かってるの……だから、私の代わりに、お姉ちゃんを護ってあげて。そして、私とお母さんを天国へ連れていって……」
それは純粋に双子の姉を気にかけての言葉だった。
明守はやさしいまなざしから一変、冷たい、しかしどこか慈しみに満ちた視線をかよこに向け、懐から数珠を取り出した。
「……その願い、かなえよう」
じゃら、じゃら、と数珠の音が響く。
それと同時に、明守は口を開き、重々しく低い声で言霊を紡いだ。
「伏して願わくば、示したまえ。迷える御魂が向かうべき道、輪廻の輪への導を……」
明守が紡ごうとしているのは、霊魂をあるべき場所へ、冥界へ送るための言霊。しかし、その言霊を紡ぐ脳裏で、かよこの言葉が響いた。
お姉ちゃんを守ってあげて。
それは、明守がまさこを、北条家を護る、ということなのだろうか。
だが、明守は土御門の人間であり、父や母、アヤ、千霧。そして誰よりも桔梗を守りたいと願うし、それ以外の人間を護る義理はないというのが、彼の考えだ。
何より、北条家とはかかわりのない人間が、現当主を守護するというには筋違いの話。
――ならば
明守の脳裏に浮かぶのは、一つの可能性。
かつて、父が自分と同じくらいの時に、ある存在を神として封じたという話を聞いたことがある。
それが可能ならば。
「……この術もて、二つの御魂を神に封ず。其が名は「陽花比女」、また其が名は「咲花比女」。われここに、汝らをこの地の守り神として封ず」
明守が紡いだの言霊は、封神のための言霊。
この地に囚われている、かよこの霊とかよことまさこの母の霊を、この土地の守り神として封ずるための術だ。
言霊を紡ぎ終えると、かよこの体は金色の光をまとった。それは、術が成功した証だった。
明守はそれを見届けると、静かな微笑みをかよこに向けた。
「彼女を……お姉さんを守るのは、俺じゃなく、君と母君だ……そればかりは、荷が重い」
「ありがとう、お兄ちゃん……これで、開放されるのね……」
「あぁ、これからはちゃんと、お姉さんを守ってあげてくれ」
そう告げると、かよこの姿は静かに消えていった。心なしか、消えゆく前に、彼女の肩を抱き、頭を下げる女性の姿が見えたような気がしたが、おそらく、それが彼女たちの母親だったのだろう。
その光景を見て、静かに微笑む明守だったが、その胸中はあまり穏やかとは言えなかった。
――……これ、大丈夫かな……冥府の官吏に何か言われそうだが……
普段、世話になっている、というより、何かといろいろ言いつけてくる冥界の住民がはたしてどのような反応をしてくるか、戦々恐々としてしまっていた。
――ま、覚悟しておくか
あっさりと覚悟を決めあ、明守は周囲を見渡した。
かよこを封神した直後、周囲の光景が変わり、古道の祠周辺に君達は立っていた。雨は止み、うっすらと明かりが照らす中、行方不明者となっていた人々が倒れていた。
その中には、桔梗の姿もあった。かなりプラーナは吸収されていたこともあり、憔悴した表情を見せていた。
「桔梗!」
桔梗の姿を確認した明守は、まっすぐに彼女のもとへ駆け寄り、そっと抱き上げた。
抱き上げられた少女は、うっすらと目を開け、明守を見つめた。
「あ、明守君……?」
「……まったく、心配掛けさせて……」
明守の言葉に、桔梗は安心したかのように微笑み、そのまま気絶した。
ただ気を失っただけということを知り、今まで張りつめていた緊張の糸が一気に緩んだのだろう。
桔梗を腕に抱きながら、明守も倒れこんだ。
その顔は、無防備で、どこまでも安らかな顔をしていた。




