復興省
四、復興省
先回の会議で話し合ったこと、それは素人相手の説明に終わっちまった。結局は、二次会での話し合いが実のある話し合いだからなさけないのだがな。だけど、妙なことから役人がからんできやがった。絡むったって、別に喧嘩腰じゃなくて、どうも一口かませろということなんだな、これが。えっ? なんで役人がだって? ようし、教えてやらぁ。
事の起こりは児島という学者さんだ。推進装置を研究しているツテで図面入手を打診したことが発端らしい。当然のように使用目的を訊ねられた際に、うっかり口をすべらしたのだそうだ。それをとやかく言うつもりはないが、役人ってのは誰とどんなつながりがあるかわからないからいらん。今回は研究畑の役人だったようで、業者に接点がないことがせめてもの救いだ。が、業者のつながりはなくても、役人同士のつながりはある。そんなわけで児島っていう学者に連絡をとってきた役人がいるわけだ。
まだ県のレベルで考え始めたばかりで、野とも山ともつかないことなんだが、せめて俺たちの話を聞きたいということらしい。
それで、自分たちの考えを話すことになったのだが、心配なのは欲にかられた業者だ。それに決定権は国にある以上、話したら最後、税金を食い物にされるかもしれん。そんなことは願い下げだ。
どうにか誰にも立ち聞きされない場所ならということになったのだが、そんな都合のいい場所なんかあるもんか。途方にくれていたら安藤さんが知恵を出したよ。
あの学者、釣り船をもってるそうだ。そこなら誰にも聞かれないということで海上会議となったのよ。魚も釣れればいい休日ってことだな。
で、午前三時から駆り出されたのだが、そんなことはどうでもいい。大きくもない船の上で、御前会議ってやつが始まった。
役人は二人いた。一人は児島さんの顔見知り、文部科学省の城山って名前で、学者顔してやがる。もう一人は復興省の山岡と名乗った。こっちは事務屋だな。
けど、こうして雁首揃ったのを見回すと、どうも専門家ばかりのようだ。つまり、現場監督ができる奴がいないようだ。
六人が押し合いへしあいして糸を垂らし、声高に話が始まった。
これまでの掻い摘んだことを安藤さんが説明したら、早速質問タイムだ。まあ、そのほうが話が早いんだがな。ただし、議員みたいに頓珍漢なことを言わなけりゃだけど。
「要するに、放射線に汚染されたものを太陽に撃ちこもうと考えているのですね? 率直なところ、実現性はありますか?」
山岡ってやつが口を切ったよ。
「それは大丈夫、宇宙へ放り出すことは可能です」
棚取りをした安藤さんが、二度ほど竿先をしゃくって自身満々に言った。
「汚染水なんかもですか? 膨大な量がありますよ」
安藤さんの返事があまりに明快だから、眉唾になったのかな? まあ、簡単に納得できることではないわな。
「そこですよ、問題は。どうにかして汚染物質だけに分離すれば、驚くほど僅かな量に減るでしょうから、その方法を考えています」
「どうやって減らすつもりですか?」
「まず、徹底的な除染で住民の不安をとりのぞきます」
「待ってください。除染すると汚染水がまた増える」
山岡は、日々増加する汚染水対策で頭が痛いようだ。そうだわな、勝手に増えちまうんだから保管場所だってなくなるだろうし……。
「ですからね、汚染水を濃縮するなりして体積を減らすのですよ。極限まで水分をとばせば、残るのは汚染物質だけになるでしょう?」
「水気を取るって……、蒸発させるとでも?」
「先回の会合で近野さんが興味深いことを提案しました。フリーズドライです。つまり、インスタントコーヒーのようにできるのではないかと」
「フリーズドライですか……。たしかに水分を蒸発させれば汚染物質だけになります。でも……、そんなものは危険ではないですか?」
「そこなんですよ。実はまだ考えが及んでいません。ですが、知恵を出し合えばきっと最善策がみつかると思います」
「わかりました、その点は検討課題ということですね。そして、最大の課題ですが、ロケットの製作費です。普通で考えたら天文学的数字になりますが、その点は?」
「それについては近野さんが目の前で見せてくれました。現物を見てもらいましょう」
キャビンにひっこんだ安藤さんが、アルミで作った例のパイプを持ってきたよ。座る前に城山って役人に渡した。こういうことならロケットの研究者のほうがよくわかるだろう。
「これが? これがロケットですか?」
さすがにデコデコした溶接痕だから、それで想像しづらいだろうな。
「そうです。そうすれば制作費はばかみたいに安くなります。それ、いくらでできたか想像できますか?」
「いや、私にはさっぱり……。でも、案外高価なのではないですか?」
研究者なら値段の想像が……、いや、それを望むのは無理だな。実物とでは大きさが段違いだからな。
「それがなんと! 材料と加工費、全部込みで六千円でした」
「……それが安いのか高いのかわかりませんが、そう強調されるところをみると安いのでしょうね?」
いくら安藤さんが自慢したところで、城山って役人は銭勘定とは縁のない仕事のようだな。研究ってのは本来そうしてもんだろうな。
「ロケットなんて言いますがね、ほとんどが燃料タンクなんです。そのタンクが安く作れそうなんです」
安藤さんががっかりしたような素振りを見せた。
「推進装置はどうですか?」
本体が安く作れたにしても、モータが作れないでな意味がないから、城山って役人の疑問は当然だな。それに、増産できるかという意味も込められているのかもしれん。
「ですからね、近野さんが言うには、ほとんどの部品は町工場でも作れると……。だから図面を見たかったのです」
「なるほど……。町工場を動員してロケットを量産する、……量産効果でよけいに安くなる。そういう図式ですか。大変興味深い案ですね。とりあえず、順に検討するとして、それでもロケットの数がねぇ。いくら値段が半分になったとしても予算が……」
山岡は、おおまかに全体像を把握したようだ。が、総コストを想像したら気が遠くなるのだろう。
「安藤さん、こんなのはどうだろう。ロケット本体のモータを大型にしないで、補助ロケットをつけるってのは」
少しでもコストを下げるための方法を提案してみた。
「近野さん、そんなの珍しくもないし、第一、そんなことしたらモータが最低三つ必要になるじゃないですか」
あらら、安藤さんは俺の言った意味を理解できていないや。
「回収したらどうです?」
「回収? 海に落ちた時点で使用不能ですよ。スクラップとしての価値は認めますが……」
「何を言ってるのですか、滑走路に降ろすんだよ。無線操縦の技術が進んだのでしょう?」
呆れたねぇ、使い捨てしか考えていないのか?
「そんなこと……。簡単ではないですよ」
「あんたもそうか……。案外話がわかると人かと期待したけど、所詮は公務員かよ」
ろくに考えもしないで言いやがった。腹が立つより、情けなくってなぁ。
「そんなこと言われても、補助ロケットを回収だなんて、そりゃあ無茶でしょう」
「ふぅん、学者ってのは呑気でいいねぇ。銭捨てることを当たり前みたいに考えてるんだからよ」
「そんな……。だけど、そりゃあ無茶だ」
「昔、秋水ってロケット機があってな、ズドーンと上がって、あとは滑空で降りてきたそうじゃないか。要は、翼を付ければいいわけだろ? 飛行機の専門家はいないのか?」
「だけど無茶でしょう。そのための費用をブースター製作に回したほうがいいでしょう」
「だけどだよ、小型モータを二つ並べてな、ブースターを同じモータにしたらどうなるよ。モータを統一できることになるじゃないか。ブースターが何回使えるかはわからないよ。けど、仮に四回使えたとすると、百機打ち上げるのに全部で何台のモータが必要だ?」
「そりゃあ、百機なら四百台。四回使えるとなると、二十五回。つまり五十台。これがブースター用だ。本体は二百台。合計して二百五十台」
「だろ? モータが一千万するなら、十五億だぞ。ブースター本体だって百五十機分助かるじゃないかよ。どうして努力しようとしない?」
たしかに無傷じゃないのだから費用はかかるさ。だけど、うかせた費用で何機か打ち上げられるじゃないか。こいつら、原点が違うのかねぇ。
「でも、無線操縦では……」
「じゃあさ、有人にしよう。小型ジェットをつけておけば少々の無理はできるでしょう」
しかたがないから有人を提案してみた。さて、どういう返事が返るかだな。
「わかりました。それは重大な検討課題としましょう」
山岡は、いったんその問題に終止符を打った。
「まあ、そういうことで図面を入手しようとしたのです」
「わかりました。ですが、もし今の案を実現に移すとすると、他に心配なことは何ですか?」
「発射場をどこにするか、難しすぎる問題です」
「あぁ、発射場所こそ難しい問題ですね。被災地には気の毒ですし、だからといって別の地域が受け入れるわけないですよね……。皆さんはどうお考えになりますか?」
「私は、北海道の原野を勧めるね。多少の音は問題にならないし、住民の反対は少ないでしょう」
安藤さんが間髪を入れずに言い切ったよ。
「私は、福島原発意外にすべきではないと思います。周辺の住民には気の毒だけど、どうせ立ち入り禁止なんだし、無関係な地域にゴミを持ち込んで、ただですむわけがないよ」
俺もすぐさま言ってやった。
「なにも持ち込むなんて考えていないけど」
「運搬しなきゃいかんだろ? 海上輸送だけで大丈夫な場所か? 安全を考えたら内陸、そうすると輸送路がまた問題になる。 立ち入り禁止区域なら処理設備も作れるだろうし」
「なるほど。ただそうなると、必ず市民団体が騒ぎますよ」
山岡の心配事は痛いほどわかる。だが、別の土地に受け入れてもらえるか、考えるまでないだろう。それが証拠に、瓦礫の受け入れでさえ拒まれている。ということは、打つ手なしで放ったらかすのか?
「どうでしょう、他の意見はありませんか?」
そういえば、話しているのは俺と安藤さんばかり。どうなってるんだ?
「児島さん、どうかしましたか?」
見れば、児島さんがヘリから頭をつきだし、高橋さんも青い顔で目をつむっていた。
「安藤さん、こりゃあダメだ。アンカー揚げるから港へ帰ろうや」
「ああっ、そりゃあいかん。気がつかなくてすまんな。すぐに帰るからな」
難しい話をするどころではない、ウィンチが捲くのを待ちきれずに力一杯引き揚げてやった。
船を留めた頃よりウネリが出て、足先ほどの幅しかない踏み板の下で泡立つ波が飛沫をとばしていた。