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三、スパイラル パイプ

 三、スパイラル パイプ


 くだらない会議につきあわされたのは災難だったけど、大学教授ってのと知り合ったのは良かったな。勉強馬鹿だって思ってたけど、案外気楽な奴だし、議員にくらべたらよっぽど話が通じるんだ、これが。で、どっかで一杯ってことになって小奇麗な店へなだれ込んじまったわけだ。

 一杯ったって酒じゃないからな。そこで馬鹿な議員を除けといて座談会になったのよ。ああいう座談会なら真面目になれるんだがな。

 要はだ、一発でどれだけ打ち上げられるか。といっても、何百トンも上げられるようなロケットなんかあるわきゃない。となると、まるで花火のようにポンスカ上げなきゃならん。そんなことを内緒でって、そらあ絶対に無理なこった。まだある。どこで打ち上げるかが問題だ。これこそ繊細な問題だから、迂闊に口を開けない。で、模型を作ろうということになったんだ。


 それにしても悩みの種が打ち上げ場所だ。まあ本筋からいけば、国会から打ち上げるってのが当たり前なんだけどな。何故って? おい、よしてくれよ。そもそも原発推進の先頭に立っていたのは国なんだぞ。原発の安全基準を見直させる力をもっていたのは国会だぞ。あんな手前勝手な安全基準を認めたのは政府なんだぞ。政府って誰だよ。国会議員じゃないか。あんな大事故になって奴らいったい何をした? くだらん会議ばっかりじゃないか。それも、素人が素人の失敗をあげつらうだけで、いったい他に何をした?

 原発を推進したのは歴代の政権だ。それを棚に上げて、悪口ばっかりだ。おまけに政権を取り返したらどうだ、原発稼動に前のめりじゃないか。どこに反省ってのがあるんだ。

 だいたいな、反省ってのはスコップ持って言うもんだ。馬鹿野郎が。

 ってなことが腹ん中を渦巻いてたわけだ。


「近野さん、そうとうたまってますな。気持は十分わかるけど、まずは機体を作りましょうよ。近野さんの言われた製造方法にとても興味がありましてね、ぜひ見学したいのですよ。急なことで申し訳ないけど、早急に見学できませんかね」

 安藤という航空工学を研究している教授が苦笑いしながら言ったよ。今頃工場にいそうな奴ったって、一人しか知らんのだがな。

「ちょっと電話していいですかね? 心当たりにきいてみましょう。もし相手がいいと言ったら今からでもいいですか?」

「ああ、そのほうが都合いいですね。また時間をつくるのも大変ですからね」


 キュルキュルキュルキュル……。

 畳ほどもある薄いアルミ板が、ロールを通り抜けると弓のように湾曲して出てくる。自分たちにとっちゃ珍しくもない光景に学者たちは釘付けだった。


「五百でいいんだな?」

 工場の主がトンマなこと言いやがった。

「五百にするように切っちまっただろうが、もっと締めろよ」

 俺が指示したのは、直径五百ミリのパイプだ。大きさに理由なんかないぞ、適当な大きさってこった。

 曲げ終わったら完全な円になるよう、前もって材料の長さを切っておいたんだ。小さな丸はできても、大きくできるわけないし、小さくしたら端が重なってしまう。必ず冗談言いながらでなければ仕事をしない奴だけど、ここまで阿呆とは思わなかった。完全に材料が抜け落ちる寸前でロールを停めて上ロールを少し締めこんだ。そして逆転させると、さっきより小さな丸になって帰ってきた。


「もうちょいだな。端面がぴったりくるように調整しろよ、ど素人じゃないんだからさ」

 俺の言い方が荒っぽいのか? 学者が三人とも俺のことを見やがった。


「よし、ぴったり五百だぞ。このままスパイラル巻くからさ、コイルたのむわ」

 アルミ板をコイルに巻いたのを転がしていってやる。

「角度を計算してくれないか」


 角度というのは材料を差し込む角度。ロールに対して斜めに交差するように送りこまないと、端が重なったり隙間が開いたりしてしまう。だからその角度を訊ねたのだ。

「関数電卓どこだ?」

 自慢じゃないが、俺は三角関数を暗記するほどおめでたくない。そんなもの、自分の工場ならパソコンであっという間に計算できるのだが、ここは他人の工場。勝手にさわることなんかできないや。

「そんな立派なもんあるもんか」


 まあ無理ないな。俺だって持ってない。だいたい中途半端なんだよな、あんなもので計算したって一つの座標しかわからないんだから時代遅れなんだよな。

「三角関数表は?」

 これっくらいの計算なら三角関数表があれば一発だもんな。

「机の上」

 なんとも雑なやりとりだが、町工場なんてこんなもんだ。


 百ミリ幅の薄板がロールをくぐってバネのようになって出てくる。その様子が素人には面白くうつるのか、三人とも目を皿のようにして見つめてやがった。

 いい加減なところで板を切らないと、あるだけ全部巻いてしまうからな。さっきのと同じくらいの長さで切ってやった。


「アルゴン借りるよ」

 巻いただけの板だと少しの力でベコベコしちまう。手間かけずに固定するには溶接に限る。

 といっても薄板はやっかいだぞ、いとも簡単に穴が明いちまうからな。とにかく、今は造り方を見せて納得させるのが目的だから、点々と溶接するだけでいいだろう。議員に披露するときにはテープで目隠しすればいいだろう。

 スパイラルパイプもいっしょだ。


「なんとねえ、案外簡単にできるものなんですねぇ」

 安藤という学者がしきりと感心したよ。職人をなんだと思ってるのかね。


「でしょう? こうすりゃ安く作れるんです。何十も作れば値段が下がりますよ」

 つい自慢しちまったが、……まあいいか、まだ値段の話をする段階じゃないしな。

「へぇ、本当ですね。こんな細い板で長いパイプをねぇ。……ところで、先端部はどうするのですか?」

 おいおい、学者なんだろ? ちょっと応用するだけで形なんか自由に操られるくらいわからないのか? 頭が良くたって素人は素人だな。

「同じようにすれば簡単なものですよ。大雑把に丸めておいて、型に押し込めばきっちりした丸になるから、その状態で溶接してしまえば」

「いや、おそれいりました。実際に加工するのを見せてもらって、これなら作れる。絵空事ではないですね」

「安藤さん、もしかして疑っていたとか?」


「議員さんの説明が曖昧だったので、正直なところ疑っていました。ですが、こうして実際に見たら納得しました。製作面が解決するのなら、遠慮なく設計できます」

 安藤教授の目つきが変わったぞ。なんか中学生みたいな目つきをしてやがる。

「どうでしょう安藤先生、搭載量を三種類くらいにして設計してみましょうか?」

 こいつは児島という、推進機関を研究している人だそうだ。まだ四十前の元気盛りだそうだが、若禿げでツルツル頭してやがる。

「そうですね、一トン程度をベースにしましょうか。搭載量に対する燃料を算出してもらわねば機体の大きさが決まらないですから。ところで、燃料は何を?」

「液体燃料は注入設備が不可欠ですし、モーターが高価です。そこへゆくと固形は便利です。場所を選ばないし、準備時間が短い。モーターだって比較的安いです。燃料費がかかりますが、総合的に考えれば固形じゃないでしょうか。ただし、放射線を遮断する方法を考えてもらわないと困りますよ」

 児島という学者が高橋という学者に念押しをした。


「なあ、あんた何に首つっこんだ? とてもじゃないけど、俺たちがお付き合いしてもらえる人じゃないみたいだけど」

 休日に呼び出された製缶屋、手持ちの材料まで使われてしまったのはともかく、あまりに上品な人が熱心に仕事を見ているのにとまどっていた。

「細野さん、ごめんね。大学でロケットを試作することになったらしいんだけどな、予算がないそうなんだ。巡りめぐって俺に泣きついてきたそうだ。だからな、こうすれば作れるじゃないかということで説明したわけよ。そうしたら見せてくれってなった」


 まだ言えないことだからな、大学の研究用ってことにしちまったけど、まさかここの息子が学生ってことないよな。最近は油断ならないからな。

「ところでさ、今日の分いくら払えばいいんだ?」

「金か? ……そうだなぁ、材料六千円、工賃六千円。しめて一万二千円でどうだ?」


 こいつ、素人相手だと思ってぼったくりやがって。いかん! 安藤さんが財布出した。

「こら! 相手が素人だと無茶するのか? 安藤さん、財布なんか出さないの! おい、どうして材料が六千円なんだよ。三キロあるか? こんなもの一〇系なんだからキロ七百円くらいだろうが。三十分くらいしかかかっていないのに六千円だ? 税務署に密告してやるぞ。いいとこ二千円じゃないか。材料と併せて四千円。損はないはずだぞ」

 いや、慌てたなぁ。どうしてあんなことするのか、同じカジヤとして恥ずかしい。安藤さんもおかしい。もうちょっと世間相場を勉強しなけりゃいかん。とにかく一刻も早く場所を変えないといかん。

「安藤さん、急いで行かないといけないところがあるから」

 四千円を握らせて早々に退却したんだ。


 そこからずいぶん離れた喫茶店で安藤さんを叱ってやって、地下鉄まで送ったのだけど驚いたよ。あんなドンガラ抱えて地下鉄に乗るんだって。俺なんかがそんなことしたら駅員に呼び停められて、追い出されると思うんだが、学者ってのは自分のことしか考えないのかね。

 ということで、ようやく開放されたってわけだ。



 一週間たち、二週間たった。今日は二回目の会議だ。

 どんな話になるやらさっぱりわからないが、今更降りるなんて言えないし。

 ところがだ、学者たちやけに張り切ってやがんの。安藤さんなんかアルミパイプを持ち込んで皆に見せたよ。


「先回の会合が終わって、さっそく資料を作ってみました。二種類の巻き方で作ったパイプがありますので、順に見てください。近野さんの言われることが本当か、実際に確かめたのですが、まったくその通りに作ることができました」

 端から順に手渡しする間に質問が出たよ。

「このテープはなんですか?」

「それは、継ぎ目を全部溶接するのが面倒だったから目隠しに貼っただけです。実際には全部溶接すれば良い、いや、しなければいけません」

「それも手間なことですね」

「そうでもないですよ。曲げるのと溶接とを同時にすればよいのです」

「だけどねぇ、こんな凸凹になるのでしょう?」

「いえ、それは素人の私がやったからです。溶接も機械化されていますから滑らかに仕上がります」

「ところで、これを作るのにどれくらいかかったのですか?」


「いや、驚きました。二種類の作り方をしたのですが、ものの三十分でできあがったのです。いったん寸法が決まってしまえば、もう速いのなんの」

 安藤さんが得意そうに言った。胸張ってやんの。

「じゃあ、この十倍の長さなら、……五時間でできる?」

「いやぁ、そうなりゃ幅の広い板を使うから、……おそらく一時間以内ですね」

 涼しい顔で言ってやった。

 急にザワザワしたぞ、そりゃそうだ。いままでのロケットがいかに無茶な値段かバレちまうんだからな。


「ちょっと待ってください。資料の制作費はいくらですか?」

 議員の質問に安藤さんがこっちを窺った。軽く頷いたら安藤さんが一段と得意そうに言った。

「初めは材料費が六千円、加工費が六千円と言われまして、支払おうとしたら近野さんが止めてくれました。それで法外なことを言うなと言って、半額で納まりました」


「おい、嘘はいかん。いい格好しようとする気持は理解できるがな、だけど嘘はいかん。正直に話してもらわんと」


 誰だ? 誰だ? 俺たち四人が見聞きしたことを嘘だと言ったのは誰だ?


「嘘とはなんですか! 私たち四人が嘘つきだというのですか? そんな嘘ついて何か得なことがありますか? せっかく協力しているのに、そんなことを言うのなら解消させていただきます! 近野さん、帰りましょう」

 安藤さんが吼えたよ。この人、おとなしい学者だと思ったけど、案外硬派だね。

 俺たち四人、一斉に立ち上がって資料を置いたまま出口へ向かったら、出口近くの職員が慌てて宥めにかかったよ。


「委員に一言申し上げます」

 部会長だって言ってたおっさんが困ったように発言者に声を上げたぞ。

「各委員は、不確実な発言を謹んでいただきたい。特に今の発言は参考人の名誉にかかわることですから、単なる憶測で発言しないようにしてください。参考人にお願いします。みだりに席を立たないよう」

 こんなもんだ。一斉に帰る素振りを見せてこの程度だ。こいつら、本当に勘違いしてるわ。

「では私からあらためてお訊ねしますが、半値というと合計六千円ということですか?」

 部会長のおっさん、あらためて念押ししやがった。


「あなたがたの予算、どういう使い方をしているのか詳しいことは知りませんが、あなたがたの考える一割くらいでできるのですよ。あなたがたの金銭感覚が異常なんですよ」

 ことのついでだ、俺も吼えてやった。

「すると、実際に飛ばす機体を作るとしたら、今の値段より大幅に安くなるということですか?」

 よくこれで部会長だなんて言えるもんだ。一割くらいでできるって言ったはずだぞ、一割引なんて言っていないぞ。出入り業者なら怒鳴り上げてやるんだがな。

「燃料費がどうなるかは予測できません。化学メーカーとの交渉しだいでしょう。しかし、取り引きしたがるメーカーだってあるでしょうし」

 どうやら児島さんには化学メーカーとのつながりがあるようだな、さすがに推進機関研究者だ。


「ロケットはどうですか? メーカーから購入するのですか?」

 木下が出しゃばりやがった。つまらんことで顔を売ろうとしてやがる。さもしい根性だ。

「図面さえあれば町工場で作れるでしょう。中間マージンを飛ばせば半値以下でしょうね」

 あっさり言ってやった。するとザワザワひそひそ話しが始まった。

「図面なんか手に入りますか?」

 木下も馬鹿だねぇ、そんなもの、なんとでもなるだろうに。

「国に用意させれば可能ですよ。四の五の言うメーカーは出入り禁止にしてやればいいんです」

「それでも拒んだら?」

「輸入すると脅せばいい。国から暴利をむさぼっているんですよ、取引停止になったら倒産まっしぐら」

「本当に作れるのですね?」

 しつこい男だね、苛々してくる。

「一番難しい仕事をしてるのは町工場! 少々能力が劣ったっていいじゃないですか。中国の飛行機と同じ、安けりゃたくさん作れる。量産すれば一層安くなる」

「町工場は部品加工でしょ? 総合的に誰が管理するのですか?」

 くそう、苛々させやがって。

「雇えばいいでしょうが、定年になった払い下げ。遊ばせてどうするの? いくらでもいるでしょうが」

「でもねぇ、この溶接はどうも……」

 馬鹿野郎、もうだめ。き、き、切れるぅ。

「悪かったね! 見本だから意味がわかればと思って俺がやったんですよ。そんなの、実際の仕事なら別の工法があるのですよ。火花飛ばすような時代遅れなんて考えてません」

「溶接ですよ、火花飛ぶでしょう?」

「素人がわかったこと言わないでほしいな。摩擦溶接なら接合面はきれいなもんなんだよ。今はその設備がないからできないだけだ!」


 あちゃー、つい素になっちゃった。青い顔した部会長がアタフタしたぞ。

「……では、濃縮の件はいかがですか?」

 一番最初に質問した元気のいい奴が話題を替えやがった。

「先回暗示された真空乾燥が有効ではないかと考えます。冷凍乾燥にするか、そのまま減圧して乾燥させるか。それは今後考えれば良いと思います。実質、百トンあたりの廃棄物がどれくらいか。それは実験で求められますが、一パーセントという高濃度ではありません。ですので、百トンの汚染水を乾燥させれば、十キロに満たないと想像しています」

 高橋さんが説明してくれた。丁寧な説明だぜ。

「では、一機のロケットでタンク百杯分積めると?」

「私の予想が当たっていればそうなります」

「ですが、うすまった水でさえ危ないのに、濃縮したり、汚染物質だけにしてしまったらどうなるのでしょう。近づけない物をどうやってロケットに積むのですか?」

 そこなんだよな、誰がやるかも大事なんだ。原発を推進していた議員や東電の役員に作業させてやりたいもんだ。


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