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県の提言 初会議

 二.県の提言 初会議


 あれいらい一週間くらい過ぎたかなあ、こっちはそれどころじゃないや。納期と売り上げに追われてる貧棒カジヤは毎日が戦争さね。だから議員と話したことなんか頭にあるもんか。だから、電話がかかっても誰だか見当がつかなかったくらいだ。


「おそれいります、県会議員の藤原です。先日は突然お邪魔したうえに貴重なご意見をいただきまして、ありがとうございました」

 だからな、そんなことぜんぜん気にしていないから馴れ馴れしい営業だと勘違いしちまってな。


「どちらへお掛けですか?」

 ぶっきら棒って言ってしまえばそうなんだが、こっちの名前を出さないから、しかたないだろう。


「私は県会議員の藤原と申します。失礼ですが、近野さんではありませんか?」

「はい、近野ですが」

「藤原です。ほら、先週、木下さんに紹介いただいた」

「……ああ、あの時の藤原さんですか。いや、うっかり声を忘れてしまって」

 もう関係ないと思っていたから覚えていなかったのは事実だな。そんなこと覚えるくらいならもっと別のことを覚えたいしな。


「先日お話しいただいたアイデアを委員会で披露しましたらね、詳しいことを聞きたいということになったのですよ」

「あれをですか?」

「そりゃあまあ、さんざん馬鹿にされたりしましたよ、近野さんの仰るとおり、私たちはごく普通の常識人ですから。いやいや、今野さんが非常識なんて言ってないですよ。何て言いますか、多角的な眼がありません。むいたところ、どう考えても他に優れた案がないのです。ただねえ、困ったことに県の予算でどうにかなる規模ではありませんし、技術的な支援が得られるかも不透明ですのでね、国にぶつけてやろうということになったのです。それで、国を納得させるプランを作らねばなりません。ですから、心苦しいのですが時間を割いていただけないかと」

 あらら、俺が言ったのに食いつきやがった。なんか本気くさいけど、どうするよ。


「せっかくですが、私が何の役に立ちますか? アイディアさえあれば、それを具体化することを考えるだけだと思いますが」

「おっしゃる通りです。具体化するための研究をしなければいけないのですが、私たちは素人ですので。大学の研究者にも来てもらうことになっています。ですが、やっぱり発案者がいなければ議論になりません」

 やんわり断ったのに、聞いてないな。


「ですからね、私なんかの出る幕ではありませんよ」

「そう仰らず、なんとか。話がそれたら修正していただきたいのです。日曜日に集まるよう場所も用意しましたので」

 あまり辞退ばかりしてても埒が明かない。しかたなく受けることにしたんだ。


 しかし、なんだねえ。十時開始ということなのに揃わない。ぼつぼつ席が埋まったのは三十分以上たってからだ。こいつら、やる気あんのかよ。


「では、定刻をかなり過ぎていますので、皆さんご着席をお願いします」

 ご着席だそうだ。始める! じゃなくて、着席だとよ。小学生並みだぞ。


「では、放射性廃棄物の完全処理計画案検討部会を開催いたします」

 いやに長ったらしい名前の検討会らしいな。それにしても、なんでくだらん挨拶が続くんだ? それも自慢話ばかりじゃないか。こんな与太話で給料もらうのか? 血眼になって当選をめざすわけだわ。


「……ということで、本日は参考人として四人の出席をお願いしたところで……」

 ようやく紹介にこぎつけたか。しかし何だ、語尾がおかしいわ。思ったところでございますとか、いたった次第でございます。思いましたなり、至りましたで済ませばいいのに。総理大臣なんかその典型だな。半分くらい無駄なこと言ってやがるからな。地方議員が勘違いして真似をしやがる。いい気なもんだぜ。

「……以上、有識者として大学教授にお越し願い、発案者である近野氏にも出席をお願いしました」

 けっ、発案者は付録だそうだ。世間体ばかり気にしやがって。


「本日は、通常の委員会ではありませんので、各自自由に発言していただいてけっこうです。ただし、収拾がつかなくなったら部会長の指示に従っていただきます」

 どうでもいいことをペラペラ喋っておいて、こんどは交通整理だとよ。

「では、近野参考人、計画案を説明してください」

 説明ったって、なにも俺はそうしたいなんて考えていないのによ。


「説明と言われても、私の考えはすでにお話ししましたし、それが伝わったから私を呼んだわけでしょう? 正しく伝わっているかはともかく、あらためて説明するほどのことはないと思います。ですので、疑問に思われることをご質問いただくほうがよいと思います」

 シーンとしたよ、黙ったよ。俺何かおかしなこと言ったか?


「どうも参考人はこういう場に慣れておられん様子ですから、質問形式にしましょう。どなたか質問はありませんか?」


 勢いよく手をあげた奴がいるぞ。それにしても、どうして揃って背広にネクタイなのかね。ただ話し合うだけなら軽装でいいのに。ははーん、こいつら見てくれで勝負かける奴らだな。

「では私から質問させていただきます。そもそも、今回のようなケースは初めてなので戸惑うことばかりなのです。それで、問題点を洗い出すためには多面的に検討する必要があると考えます。まず、技術的観点。次に、予算的観点。そしてサポート体制です。そこで、まず技術的観点に絞って話を進めたいと思います」

 ごちゃ混ぜに質問されちゃたまらんから、それはありがたいな。


「ではまず技術的な側面から質問しますが、仮に太陽に撃ち込むことが可能だったとして、放射性廃棄物は膨大な量です。どれだけのロケットが必要になるとお考えですか?」

 おっ? なんだい? 頭から否定してないぞ。だけど割り算もできないのか?

「何機と言われても答えようがありませんよ。廃棄物の総量を打ち上げ能力で割った数としか言えません」

「たとえば、福島第一の核燃料だけで何百トンもありますが、それだけ数が必要ということですか?」

 あれ? こいつ、核燃料がどれだけあるか知らないのか? 知ってて惚けてるのか?


「核燃料は約三百五十トンあるそうですね。打ち上げ能力を一トンとすれば、三百五十機必要です」

「他の廃棄物もありますので、いったい何機必要ですか?」

 だから、何を言いたいのかわからんのだがな。


「他の廃棄物ですか? たとえばどんな?」

「今問題になっている廃棄物ですよ。泥や草木、廃棄防護服、汚染水などです」

 目つきが変わったね。なんか見下したような目つきになったぞ。ちょっと逆襲してやるか?


「それについては、重量とともに体積を考えねばいけませんね。しかし、核燃料とは根本的な違いがありますので、考えておられるより量を減らせると考えます」

 あら、また目つきが変わった。こいつ、自分が知ってることに自信をもってやがるな。要は、俺が答えに詰まるのを待ってるんだろうな。中学生程度の根性だな。

「量が減りますか? どうして減るのか、ちょっと説明をお願いできませんか」

 ほらよ、自分で考えていなかったことを言われると対応できないみたいだ。


「まず、汚染物質について考えてください。こういうことは学者さんの説明を受けるのが一番でしょうが、まず基本的なことを説明します。草であれ泥であれ、それ自体が放射能を出すのではなく、放射性物質が付着したから汚染物質となるんだとか。でしたら、その放射性物質を洗い流せば問題なくなります。その場合に大量の汚染水ができます。でも、しょせん水ですからね、いくらでも濃縮できます。十倍に濃縮するか、百倍に濃縮するか、フリーズドライで放射性物質だけを選り分けるか。方法はいろいろ考えられませんか?」

「なるほど。しかし、十万トンの水を千倍に濃縮しても百トンです。打ち上げ能力一トンなら百機必要になります。核燃料と合わせて四百五十機ですよ」

 本当に納得したかはわからんが、とにかく自分から数字を上げやがった。


「具体的な数字がみえてきましたね。ただ、打ち上げ能力一トンとしての算定ですね。ところで、自動車でもそうですが、燃料消費率の最も低い、つまり経済的な組み合わせがあるはずです。打ち上げたものは再利用できないのですから、できるだけ効率を考えねばいけないと思いますよ」

「しかしですよ、一機打ち上げるのに何十億もの費用がかかるのだから、大雑把に言って五百機もどうやって打ち上げられますか?」

 あらららら、こいつ技術的なことって自分から言ったくせに費用をもちだしやがった。正直に技術は素人ですと言えばいいのによ。こりゃあ中破だな。


「たしか技術的なことを検討すると言われましたよね。費用に移るのならそれでもいいけど、あなたは量産効果ということを考えないのですか?」

 せっかくだから集中射撃させてもらおうか。

「量産効果ですか?」

 怪訝な顔をしたぞ。どうもこいつは量産ということを自動車や家電みたいに考えているようだ。

「そこいらを走ってる大衆車を例にしましょうか。あの車も最初は五台か十台しか作りません。すべて手作りだから費用がかかりますよ。一台に何億もかかります。ところで、気象衛星を打ち上げるロケットですが、一度に五機も十機も作りますか? そんなの完全手作りですからね、高額なのは当たり前ですよ」


「ですが、自動車といっしょにするのはどうでしょうね。機体だってあんなに大きいのだし、直径何メートルというようなパイプを作らねばいけないのだから量産効果など期待できないと思います」

「大きなパイプですか? 口で説明しても何ですから、ちょっとこれを見てもらえますか?」

 手元にあったメモ用紙を縦に切って見せ付けてやった。

「それがどうかしましたか?」

「見ててくださいよ。これがパイプに変身しますからね。太いの細いの自由自在ですよ」

 紙の両端を捻ってやると、捻り加減を変えるだけで平べったい紙がいろんな太さの筒になる。出席した議員たちは興味深そうにそれを見ていた。


「一般的なロケットは、丸く曲げた板をボルト締めして胴体を作っているのでしょう。でも、こうすればどんな大きさのパイプだって作れます」

「そんなことで強度を保てるのですか?」

「溶接をきちんとして、中に補強を入れれば大丈夫でしょう」

「しかし、紙細工ではないのですよ、そんなことのできる工場があるのですか?」

 いやに勝ち誇ったような顔になったぞ。俺の言ったのを逆手にとったつもりだろうが、そうはいくか。くだらんこと言いやがって、鼻をへし折ってやる。

「ロールさえあればどこででも」

 つまらなそうに言ってやった。


「そんな設備は大きな工場でなければないのでしょう?」

「ですからね、ロールさえあればどこででも作れるのです。中小で十分対応しますよ」

「中小?」

 半分笑いながら言いやがった。きっと俺が嘘をついていると思ったのだろう。

「ですからね、中小業者で作れるのですよ。それくらいありふれた設備ですから。それでね、中小に発注すれば工賃は半値ですよ。数を作ればもっと安くなります」

 どうだ、勝ったぞ。こういうことで本職に喧嘩売るのが間違いなんだよ。


「安藤教授にお尋ねしますが、本体はそんな簡単にできるものですか?」

 矛先を学者に向けやがった。さて、学者がどう答えるか見ものだな。


「お尋ねの件ですが、まずペイロードを決定して、それに見合う燃料を見積もります。そこで得られた質量を支える躯体を割り出せば基本設計が可能です。説明があったように、躯体は燃料を保持するためのものですから、特に精度を要するものではありません」

 言葉が硬いねぇ。だけど、おおむね俺の言うことを支持してるぞ。


「つまり、どういうことですか? ちゃんと飛ぶのですか?」

「推力さえあれば問題なく飛びます。ましてや、人を運ぶとか、精密な衛星を運ぶのではないですから、あまり厳密に考える必要はありません」

 意味がわからないのか、わかろうとしないのか。あの議員はまだ納得したくないのかな。


「私からも質問させてください」

 おっ、別の奴が手をあげたぞ。


「先ほど、汚染水を濃縮するということでしたが、そのあたりをもう少しつっこんでお尋ねします。まず基本的なことで申しわけないのですが、放射性廃棄物の本体は塵だということでしたが、それで間違いないですか?」

「私の知る範囲では間違いありません。ごくわずかですが、中性子の衝突で不安定になった物質があるでしょうが、ほぼ全部が塵と考えて差し支えないようです。この点については学者さんにお尋ねください」

 曖昧な返事をしちゃだめだな。言い切ってやらんとな。


「なるほど。塵だから洗い落とすということですね? とすると、大変な量の水を必要としませんか? また、その水をどこに保管するつもりですか?」

 あっさり納得したぞ。こいつは少し下調べでもしてきたみたいだな。

「洗うのに使った水をプールに導き、蒸発機で水蒸気にします。水蒸気は復水機で水に。蒸発機の中の水はどんどん濃くなります。これが一案。それとは別の方法として、フリーズドライがあります。瞬間冷凍させて、それを真空乾燥させる。インスタントコーヒーの製法です。乾燥させて粉状にすれば体積はわずかなものです」

 名前だけしか知らないけど、まあいいや。詳しい説明は学者にまかそう。

「真空乾燥という方法がありましたか。私は塩田のようなことしか思い浮かばなかったです。それで、最終的に活性炭に吸着させる方法もあるなと」

 いよっ、こいつは見込みのある奴だなぁ。自分の案をもってらぁ。

「いいと思います。活性炭でも木炭でも、多孔質ならいっぱい吸着してくれます」


「高橋教授にお尋ねします。これまでのやりとりは間違っていますか?」

「問題になっている放射性廃棄物の成り立ち、そこから一歩進んで洗浄。考え方はその通りです。近野さんの言われるように、汚染を洗浄すれば一般廃棄物として処理できますから、実質的に放射性廃棄物を小さくすることができます。ただし、放射性物質ばかりを集めると強い放射線となりますので、処理が難しくなるでしょうね。でも、そこを解決できれば十分に現実的な案たりえると考えます」

 おいおい、この学者も賛成みたいだぞ。俺ってそんなクリーンヒットだったのか?


「ただ一点、大きな不安があります。それは住民の賛同を得られないということです」

 あちゃー、やっぱりな。そんなにうまくいくわけないよな。

「それをどう解決するか、大変困難なことには違いありません。かといって、では他に処理方法があるかといえば、残念ながら地中深く埋めるくらいしかありませんが、六ヶ所村がよい見本ですね」

 おい、この学者はいったいどうしたいのだ?


「六ヶ所村はあくまで中間貯蔵を認めただけで、そこに土を被せることは拒否しています。

 じゃあ、ということで鯵ヶ沢村が最終処分場に名乗りをあげたら、待ったをかけました。

 国からの補助金が打ち切られてしまうから欲が出たのでしょうね。それと似たことがおこります。当然のように反対運動も起こるでしょう。そのすべてを念頭におかねばなりません」

 なるほど、反対運動を頭にいれておかにゃいかんな。だけど、俺が考えることか?


 そうして昼食をはさんで会議が続いたわけだが、よっぽど困ってたんだろう、わりとすんなり決まってしまった。もっとも、国に提案すると決定しただけだから無責任だよな。

 ただ一つ呆れたことを知ってしまった。知らない方が良かったかもしれん。何かというと、次の会合にロケットの概略を学者が設計してくることになったのだが、それを作るのにいくらかかるか、要するに見積もりをとることになった。だから、そのための調査費を補正予算で計上するなんて、当たり前みたいに言い出しやがってなぁ、プッツリきたよ。


「見積もり取るのにどうして費用がかかるのか教えてほしい」

 言ってやったよ。そうしたらな、つまらん言い訳を始めてな。後ろめたい気持はあるようだが、あんなことさせておいちゃぁいかん。


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