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放射性廃棄物処理

 

 序


「政府の発表によりますと、わが国が発射した太陽観測衛星が、太陽の裏側を回って地球に接近を始めたもようです。天文学者によりますと、詳しい軌道を計算できていないそうで、今後の進路について余談を許さない状況だそうです。別の天文学者は、太陽の裏側を回る際に速度を増していることを指摘、彗星のような長楕円軌道で太陽を周回するとも考えられると警戒を呼びかけました。又、予測される進路に金星があり、そのどちらを通るかによって急激に進路を変える可能性を排除できないということです。衛生は、日没直後の西の空に長い尾を引くほうき星となって現れるそうです。なお、衛生の状態は彗星にきわめて似ていることから、政府は衛星の名前を変更しました。その名は、人工彗星 ごめんねです。続けて、国連は人工彗星 ごめんねへの対応策を協議して……」



 一、放射性廃棄物処理


 平成二十三年三月十一日、午後二時四十六分。

 東北から関東沖を震源とする巨大地震が発生した。それによって引き起こされた巨大津波が主に東北地方を襲い、甚大な被害をもたらしたのである。この物語は、巨大津波によって被った被害の中でも、特に多くの人々に迷惑をかけた原子炉からの放射性物質を処分する国家プロジェクトを題材にしたものである。



 人の心ほどうつろいやすいものはあるまい。常々、俺はそう思っている。なかなか復旧すら進まない様子を映し出すニュースを横目で見ながら、世間ってのは馬鹿ばっかりだと思った。


「気の毒に、まだあんな状態では復興なんていつになるやら。自分が被害者でなくてよかったよ」

 木下が心底ほっとしたように言った。

 木下は県会議員だ。もう十五年になるだろうか、たしか奴にとって初めての選挙だったような気がするが、後援会つくりで俺と知り合ったわけだ。だがな、所詮人集め、組織作りっていう自己満足よ。当選したら手の平返したように先生になりやがった。礼の電話一本寄越すじゃなし、挨拶にくるでもなし。まあ、こっちだって奴に投票しないんだからアイコだけどな。

 奴は新人だ、箔つけようと焦ったんだろうよ。だけど解決策がないってので悩んだそうだ。で、後援会の役員に相談したら俺を指名したそうだ。のこのこ出てきやがったよ。だからな、俺は嫌味を言ってやった。


「どなた? 俺にはなあ、当選したとたんにお高くとまるような知り合いはいらん!」


 唸りあげてやった。別に悪気はないんだぞ、口が悪いだけだ。するとな、横から宥められてなあ。気の毒だから矛を収めてやったんだ。で、用向きを尋ねるとな、


「実は、これこれの事業に問題があるから手直しを提案使用と考えたのですが、哀しいことに代案がうかばないのです。それで、こちらなら知恵をかしていただけるのではと……」


 ぬけぬけと言いやがった。そりゃあ、その程度のことなら代案くらいあるけどな、教えてなんになる? 奴の顔が立つだけだろ? おれには関係ないからな。


「なあ近野さん、そんなこと言わないで相談にのってやってよ。ここいらの諸葛孔明って有名人じゃないかよ、何かヒントでもいいからよう」


 後援会の役員をしている尾崎がとりなしをしやがった。


「言いたかないが尾崎さん、俺は後援会を作るのに困ってるって頼まれて名前を貸しただけなんだぞ。それがどうだ。当選しても礼の電話一本ない。あげくのはてに知恵貸せだと? 世話かけてるのはどっちなんだ? 俺にはそんな義理ないがな。負い目があるのはそっちだろうが」


 ちょいと喰いついてやったんだ。でな、すったもんだの挙句、ヒントを教えてやったよ。

 それからだよ、こいつが入り浸るようになったのは。



 奴がふらっと工場に顔出したから、こうして喫茶店で休憩しているわけだ。


「実はねえ近野さん、国から極秘で要請がきててね、どうするか困ってるんだよ。話だけでも聞いてもらえないかな」


 どうせそんなことだろうと思ってたよ。奴が顔を出すのは欲得づくだからな。


「時間ないんだけど。今日の納品は遅刻厳禁だからさ、今だって尻がうそうそしてんだよな」


「じゃあ、夜はどうかな。七時過ぎに来るからさあ、たのむよ」


「……まあ、夜ならかまわないけど、手短にしてくれよ」


 それが口開けだった。事の起こりってのは単純なもんだな。



「ということでさあ、全国の自治体で負担し合うことになったのだよ。だけど、誰だって嫌だからねえ、それでどうするか揉めてるんだよ」


 午後七時ちょうどにやってきて、無理やり喫茶店に引っ張られて聞かされた話ってのは、放射能を帯びたごみを保管するよう要請があったこと。それを住民が納得するかということ。結論として、どうすれば円く収まるか知恵をかせということだった。


「そっちのゴミか……。焼却ゴミだけじゃなかったのか……」


 ニュースで報じられるゴミは膨大という量ではない。それを現地で処分することなどできるはずがない。なのに、ゴミの受け入れとなると話は別だった。同じこの町でも、処分場に近い地域、仮置き場に近い地域では反対の声が上がっているらしい。そりゃあ気持のよいものではないが、それくらい協力してもかまわないだろうに、面倒は持ち込んでほしくないのだろう。


「どうかな、四方円く納めるヒント。何かあるだろ?」


 完全におもねるような目つきをしている。


「そりゃあまあ、ないってわけじゃないけど……。だけど、こればっかりはだめだな」


 ちょっと迷ったんだが、やっぱりはっきり言うのが優しさってもんだ。


「こればっかりってどういうこと? 何かヒントがある?」


「ないではないけどなあ、国が泣きいれてきたんだろ? なら余計に無理だな。言うまでないわ」


「そんな冷たいじゃないか、気をもたせといて」


「別に意地悪してるつもりなんかないさ。だがな、こればっかりは無理だって。県議会が満場一致で認めたって国がそっぽむくって。話すまでないよ」


「国? そっぽ? なに、受け入れを拒否しろって言うの?」


「最終的には、……そうなるな」


「意味がわからんのだけど。じゃあ廃棄物はどうなるんだ? 溢れかえっちゃうってこと?」


「いや。うまくすれば全部処理できる。六ヶ所村のやつも含めて、全部」


「近野さん、俺さあ真面目な相談してるんだよ、笑い話なんかしないでよ」


 こいつ、営業には向いていないよ、あからさまに嫌な顔しやがった。


「すまんな。その程度の頭なんだよ、俺は。議員みたいに優等生じゃないからな。だからな、こんな阿呆に相談するな、この馬鹿が」


 俺だって、まんざら与太話したつもりはないけど、素人っていうのか、しっかり食いつきやがってなあ、ハゼっていうのかカサゴっていうのか。結局、コーヒー三杯飲むことになっちまった。



 木下に付き合わされた二日後、木下の奴、懲りもせずにまたやってきやがった。二人ばかり連れてきてて、パリッとした背広着てやがんの。得意そうに襟にバッチをキラキラさせてな、なんか態度がでかいんだよな。

 ハハーンと思ったよ。木下の奴、俺の言ったことを喋っちまったに違いない。


「近野さん、こないだの話なんだけどさあ、俺にはちょっと畑違いなんだわ。で、そういうのに強い人を連れてきたから説明してもらえないかなあ」


「悪いけどさあ、今から納品に行かなきゃいけないの。突然来られたって相手できないよ」


 とりあえずその場をかわすために、そこらにある製品を掴んで立ち上がってやった。


「じゃあさ、また七時に来るから」


 なんとか時間を都合できたわけだが、だからといって何かするわけじゃない。仕事の邪魔をされたくなかっただけなんだよな。



 木下の奴、七時きっかりにきやがったよ。三十分遅れるのは当たり前って世界にいるにしては感心なことだが、それだけ困っているのかもしれんな。


「忙しいところを申しわけありません。木下さんから話を聞いたのですが、どうも要領をえないので直接聞かせていただこうと」


 二宮という議員だそうだ。丁寧な言葉使いだけど、抜け目なさそうな眼をしてやがる。


「私は藤原といいます。三人とも環境委員会に首をつっこんでいまして、廃棄物処理で頭を悩ませていたのです。そこへ放射性廃棄物の件が持ち込まれまして、どうしていいやら案すら浮かばなかったのです。それで、木下さんから話を聞きましてね、まずは直に教えてもらおうと」


 こっちの議員はまだまともな印象だな。当りがやわらかいや。


「なんでも、放射性廃棄物を弁部処理する方法だそうですが、木下さんの説明ではよくわかりません。燃やしてしまえと仰ったとか」


 二宮の質問にあっさり頷いてやった。


「そこなんですがね、燃やせば灰が残りますよ。燃やしている間に塵が舞うだろうし、結局のところ濃縮することになりませんか?」


 幾分馬鹿にしたように眼鏡の奥で細い眼が笑っている。


「灰なんか残らないけどねえ。塵にはなるかもしれないけど、拡散されてしまうから無害だと思いますよ」


「そう言われる根拠は何でしょうか。我々は凡人なものですから理解できないのですが」


 この二宮って奴、ひょっとしたら議員秘書やってたんじゃないかな。なんか相手を小ばかにしてるような言い方しやがる。おまけに香水みたいな匂いさせやがって。


「やめましょうよ。だいたい一番頭が悪いのは私でしょう? あんたたちは立派な議員さん、資料なんか簡単に手に入るはずですよ。私の考えを聞くこと自体間違ってますよ。無駄はよしましょう」


 どうせ言ったところで笑われるだけだ。それに、こいつの態度が気に入らん。俺は腰を浮かせてやった。


「そんな短気をおこしたら話ができないですから、どうも二宮さんとは相性がわるいようだから、私と話してください」


 藤原って議員が、上着を脱いでネクタイを緩めたよ。


「だからね、言えば笑われておしまい。私の人格まで疑われかねないのですよ」


「馬鹿になんかしません。だって、私たちは自力で案が浮かばないから近野さんの知恵をかりようとしているのですから。……では、質問させてくださ。嫌なら答えなくてけっこうですので」


 こっちは下手に出てきやがった。勿体付けるわけじゃねえが、下から出られたら答えなきゃいかんわな。返事の代わりにコーヒーを飲んでやった。



「ところでね、近野さん。木下さんからチラッと聞きましたよ、ロケットがどうとか。それってどういうことなんですか?」


「それは……」


 いきなり本筋にきやがった。いくらなんでも言いにくいわな。


「きつい質問でしたか……。では質問を替えます。さきほど灰すら残さずに燃やせると言われましたね。どうすればそんなことが可能ですか?」


「強力な炉にくべればいい。それだけのことですよ」


「無害な程度の塵が残るだけというのは? そんな高性能の炉がありますか?」


「ありますよ。超強力なやつが」


「ごめんなさい、不勉強なものでそれを知らないのですよ。どこに行けば見学できますか?」


「……」


「お願いします、教えてください」


「……笑いませんか? 笑ったら何も言いませんからね」


 なるべく自己防衛しとかないとな。けど、いいかげん引っ張ってもなあ。


「炉というのはね、太陽ですよ。あんな完璧な焼却炉はないでしょう」


「太陽ですか? それでロケット?」


 藤原の声が裏返ったよ。まあ仕方ないかな。


「廃棄物をロケットでですか?」


 コーヒーカップを揺らしながら小さく頷いてやった。


「だから笑うなって念を押したのですよ。それに、国がまともに考えるわけがないし」


 藤原ってのは真面目だね、テーブルに紙出してメモを始めたよ。廃棄物、焼却、太陽、ロケット。そして、ちょっと躊躇いながら核廃棄物って書きやがった。


「近野さん、あなたの考えだとこれも処理できると?」


 黙って藤原を見つめてやった。


「しかしねえ、ロケットは費用がかかりますよ。私には見当がつかない額になるでしょうが、そんなことが可能だと?」


「ロケットによるじゃないですか。私は軽トラを考えました。皆が考えるのは超高級車でしょう? そんなもの作り方しだいで安くなりますよ」


「そんなことができますか? ではなぜロケットの打ち上げに莫大な費用がかかるのですか。それには同意できませんなあ」


 二宮が皮肉な言い方をしたよ。こっちも似たような顔をしてただろうがな。


「二宮さん……でしたっけ? あなた自動車の値段を知っていますか? いや、私が言うのは試作車です。大衆車でもね、試作車にかかる費用は億では半分もできない。それを市販するときは百万ほどです。それと同じですよ。量産すれば値段は下がります」


「そんな……、量産するって、何機作るつもりです?」


「処理に必要なだけ」


「あの精密な機体を量産できますか? 宇宙ですよ、人工衛星ですよ」


 笑えた。失礼なのはわかっていても笑えたよ。ずぶの素人だよ。


「あのね、皆さんの認識が少し不足しているようだから付け加えますけどね、人工衛星が回っているのは宇宙ではありませんよ」


「近野さん、あれが宇宙じゃないってどういうこと?」


 木下が興味津々という顔をしたね。掴みは成功ってことか?


「あのね、地球の大気圏というのは下から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏。大きく分ければこうなっていてね、人工衛星は熱圏に浮かんでいる。つまり、厳密にいえば宇宙ではありません。宇宙は体内にあります。それと、弾道ミサイルなんですが、あれね、成層圏を越えて中間圏まで上昇します。そのほうが燃料がいらないですからね。つまりね、なにもH2Aである必要はありません。むしろ固体ロケットのほうが構造が簡単です」


「講釈はいいから、どうやったら安く作れるのですか? 根拠が示せますか?」


 やっぱりこいつ、人の話に耳を傾けるタイプじゃないな。自分が一番だと勘違いしてるんじゃないかな。


「安く? ヒントなんて、街中を走り回っているでしょう? 気付きませんか?」


 俺も意地が悪いなあ、素直に教えてやらないんだから。


「近野さん、私たちは素人だから意味が理解できないのです。ですから、わかりやすく教えていただけませんか」


 この藤原って奴は苦労人だねえ、二宮が俺の言葉を封じているのを察して宥めにでたよ。


「そこいらを走ってるタンクローリー見てどう思います? 石油のローリーじゃなくてガスローリーね、あれを立てたらどう見えますか? あれなら安いでしょ? だいたいねえ、空気抵抗をどうこう考えるから表面をツルツルにしなきゃいけないだけで、空気の影響がほとんどないところにただ打ち上げるだけなら少々凸凹しててもかまわないと思うのです。

 だとすると、あんな値段の高いタンクでなくても用意できますよ」


「ローリーのタンクでも値段が高いですか? 用意といっても、いったいどうするのです?」


「作ればいいですよ。そうすれば厚みだって自由になります」


「つくる? あんな物を?」


「やめてくださいよ。どんな物でも人が作ってるのですよ。あれなら大企業でなくても作れます。意味わかりますか? 工賃が段違いに安いのです」


「そんな……。そんなことから考えなければいけないのですか?」


「それが大きな前提になります。素人が作る。つまり、ロケットを作っているメーカーの言いなりにならなくてすむように理論武装しなければいかんでしょう」


「強度は大丈夫ですか?」


「そのために学者がいるでしょうが。強度計算させればいいじゃないですか」


「潰れるとか、弾ける危険は?」


「潰れるというのは、外からの圧力に耐えられないということです。外に圧力の元になるものがないのですから潰れはしません。弾けるというのは、これは内部の圧力が高いから起こることです。では、内部の圧力を抜いてしまえば弾けることはないはずです」


「もうひとつ教えてください。太陽に撃ち込んで大丈夫ですか?」


「太陽はガスの星ですよ、核融合炉なんですよ。地球を丸呑みしたってびくともしません」


 こんなこと子供でも知っているだろうに。まてよ、責任逃れだな、呆れるねえ。


「どうでしょう近野さん、早速明日にでも今の話を諮ってみますが、その際に説明を求められるかもしれません。そうなったら協力していただけますか?」


 おや、いやに下手に出てきたよ。どうしたのかね、ちったぁ人の話を聞いたのか?


「急に言われても困るけどね。……希望をいえば、休日にしてもらいたいですよね。相手あっての仕事ですからね、相手に迷惑かけては後々がね」


 そんなことで、厄介ごとに首を突っ込まされたってことだ。


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