黒岩石の洞窟へ
アルフォンスたち四人の自称勇者たちと合流すると、ノーラは洞窟に向かった。
村の外を出歩くことに戦々恐々だったが、アルフォンスたちはどんどんと歩いて行ってしまうので、ついていくほかにどうしようも無かった。
だが幸い、というか奇跡的に野原でモンスターに襲われることはなかった。
昔に行ったことのあるノーラの記憶を頼りに、野原から林を抜けて、岩場が多くなってくる地帯へと向かった。
そのうちごつごつした岩だけの空間になる。
そこに洞窟はあった。
黒岩石の洞窟の入口は、巨大な黒い穴である。
奥は外からうかがえないほど暗い。
アルフォンスたち四人は、なるほど、と眺めた。
「確かにこれは洞窟だな。モンスターの気配も濃そうだ」
言うと、早速喜々として入って行った。
ノーラは慌ててついていく。
「ま、待ってくださいよぉ」
そうして五人は、黒岩石の洞窟に入った。
ノーラは四人の影を見失わないように、暗い中を追いすがる。
中は黒く岩ばかりで、坑道のような道が続いていた。
どこまでも薄暗くて、アルフォンスたちはカンテラで照らして進むが、先の方は見えない。
永遠に続いているようで不気味だ。
「これは広いな」
先頭で歩きながら言うアルフォンスは、心なしか声が弾んでいた。
中がかなり気になっているようである。
それを見てノーラは不安になった。
もしかしてこのままどこまでも入って行く気じゃないか?
目的を忘れてもらっては困る。
「と、とにかく材料を探しましょう材料を! アルフォンスさん」
鉄鋼のサンプルをポケットから出して、それと同じ鉱石がないか壁に張り付いて探し出す。
グリーン鉄鋼という緑色の鉱石で、壁に埋まっているという話だった。
「せっかちな娘だな」
「当たり前でしょうが! モンスターがいるようなところに一秒でもいたくないですよ」
ここに来るまででだいぶ消耗していたノーラはきりきりと声を出した。
それから必死で壁に視線を這わせる。
……と、カンテラの光に、何かが反射した。
壁に埋もれたように、大きな緑の石がはまっていた。
グリーン鉄鋼と全く同じものだ。
見比べてみても間違いない。
ノーラは跳び上がった。
「み、見つけた!? こんなに早く見つかるなんて」
おそるおそる掴んでみると、まわりの岩が崩れて、簡単に手のひら大より大きい程度の緑の石が取れた。
ほう、とノーラは眺める。
指定された量にはこれだけで事足りるはずである。
驚き半分だが、すぐに、にこにことしながらアルフォンスたちに示した。
「ほら! 見つけました! これでいいんでしょう。剣、つくれますよぉ。あとは帰るだけ! さ、帰りましょう! 今すぐ。ね」
えへへと笑みを浮かべているノーラだった。
不安だったが、モンスターにも遭わなかったし、案外、自分はヒキが強いのかも知れない。
一瞬のうちにそこまで思ったりした。
だが、そんなノーラを前に、勇者たちは何とも言えない顔をしていた。
ノーラは何だか不吉なものを感じる。
勇者たちは、顔を見合わせて言った。
「ここまできたのだから宝を求めて探索したいな」
え、とノーラが固まる。
ローブを着ている少女が杖を振り振り、飛び跳ねた。
「それいいね! どんなモンスター出てくるか、気になるし!」
「……まさか帰らないんですか?」
すると彼らはまた見合う。
アルフォンスが当然のことを言うように胸を張った。
「そもそも、踏み入れたダンジョンは制覇して、眠るお宝を全て回収しないとだめだろう」
「……だめって何が?」
「気が済まないだろう」
ボスも倒さないとね! と少女が突然に叫んだが、それはとりあえず無視して勇者に詰め寄るノーラ。
「いや、薄暗いただの鉱山ですよ。こんなところに宝も何もないでしょ。せいぜいがこの石くらいで――」
「馬鹿言うな、愚か者め。洞窟には宝が眠っているものだ。決まり切っているだろう」
何でそんなに自信満々なのか、全くノーラにはわからなかった。
だがなぜかアルフォンスたちには正論を行ったというような満足感が表情にみなぎっている。
「で、でもですね。あなたたちが探索するのは勝手ですけど、わたし、一人でモンスターの中を村まで帰れませんよ」
「何、俺たちについてくればいい話だ。それなら安全だろう」
モンスターくらい楽勝だよ、どんなボス出てくるか楽しみ! と少女が大声を上げる。
ノーラは頭痛を感じる。
どうやら無理にでも押しきるつもりらしい。
どうしたものかと思っていると、格闘家がまた口を挟んだ。
「まあ、待てよ。アルフォンス。さすがに一般人を連れての探索はちょっと危険だろ。どんなモンスターが出てくるかもわからないし、もしもの時に責任も取れないだろう」
泥棒の時と同様、一人まともな態度だったが……アルフォンスは全く聞く気がないようだ。
「サミー、怖じ気づいたのか?」
「いや……そういうわけじゃないが」
「じゃあ大丈夫だろう。娘一人守るくらいは、わけない」
そんなふうに結局押しきられて、格闘家は黙った。
このサミーという格闘家はまともらしいけど、あとの三人がアルフォンス派のようだ。
ともかく本当に探索することになってしまいそうだったので、ノーラが念を押す。
「あの……本当に守ってくれるんでしょうね」
「大丈夫だ。さあ行くぞ」
「あっ、ちょっと――」
――と、ノーラが言ったそのときだった。
闇の奥からがさがさっ! と何かが動く音がする。
はっとして皆が見ると、闇が徐々に形をとる。
それは薄黒い体毛に覆われた、ずんぐりとした小さい人型の……モンスターだった。
小型だが凶暴なモンスター、ダークホビットだ。
平原には出ないため一部の村人しか認知していないが、インプよりも一段上の戦闘力を持つモンスターだった。
それも、三体である。
がさささっ、と機敏な動きで現れたダークホビットたちは、ものすごいスピードでこちらに迫ってきた。
すぐに五人を囲み、ビビィッ! とかすれた鳴き声で敵意をむき出しにした。
「ぎゃ、ぎゃああぁああやっぱり出た、モンスターぁ!」
ノーラは初対面の不気味なモンスターに、即座に悲鳴を上げて飛びすさった。
が、アルフォンスたちはというと、驚きつつもすぐにモンスターと対峙した。
しゃら、と剣を抜いたアルフォンスは、一足飛びにモンスターに接近して――上段に剣を構える。
ずばっ! 息をもつかせぬうちに切り下げて、一匹を真っ二つに両断した。
倒されたダークホビットは、ビビビィイイイーッ! と悲鳴を上げながら消滅していく。
それはほんの数秒の出来事だった。
わ、すご……とノーラは思わず見入ってしまう。
すると、もう一匹に接近しているのは、格闘家ことサミーだった。
だんっ、と地面を蹴って跳び上がったサミーは、ぐるっとまわると、鍛え上げられた脚部で強烈な回し蹴りを敵にたたき込んだ。
このダークホビットも、即座にノックアウトされて消滅していった。
「は、はあー。やっぱり冒険者は冒険者なんだぁ……」
感心しながら呟く。
これなら大丈夫そうかも……と安堵しかけた。
が、そうやって突っ立っていると……トトトトッ!
小刻みな音と共に、残りの一匹のホビットがノーラめがけて突進してきていた。
「えっ、ぎゃああ!」
何でわたしぃ、と思いながら、思わず背を向けて悲鳴を上げると同時――どん!
体当たりを喰らってうっ、と俯せに倒れた。
背にのしかかってくるホビット。
何でよわたし以外にもいるでしょぉおお、と思っていると、視界の先。
踊り子の女性がかなり距離を取ったところで悠然とすまして立っているのが見えた。
どうも、彼女がいないのでターゲットが減っていたらしい。
「わあああ! もう!」
背に張り付くホビットを、転がったり肩越しにぽかぽか殴って何とかどかす。
が、インプよりも強いモンスターなのか、全くこたえた様子はない。
逆にこっちの拳がじんじんと痛い。
「は、早く退治してください」
言うと、すぐにアルフォンスが向かってきて、斬りかかろうとした。
だが、ひゅっと素速くよけたホビットは、今度は正面からノーラの腹に突っ込んできた。
「うぐっ!」
思わずうめくと、ホビットはそのままがっしと胸のあたりにしがみついてくる。
た、助けて! とノーラが叫んでいると、アルフォンスが注意深く見つめた。
「今倒すから動くな」
「そ、そんなこと言われてもぉ。怖いですよぉ……!」
すると胸のあたりでうごめいていたホビットが、急に怒ったようにわなないて、爪でひっかいてこようとする。
『ビビィッ! ビッ! ツルペタ!』
「な……」
ノーラが驚いたとき、杖を持ったあの少女が私にまかせてっ! と躍り出てきた。
杖を構えて、ノーラに向ける。
「フレイムッ!」
少女がそう言うのと同時。
持っていた杖からカッ――と光がほとばしった。
光は炎の玉になってぼうっ! と燃え上がり、あたりに熱気が漂う。
――あれは……魔法?
ノーラは息を呑む。
レベルが上がったりすることで得る特殊能力……そういえば、その一つに魔法、というものもあると聞いたことがある気がする。
実際にそんなものをつかえる人間がいるとは思わなかったが……。
だが事実、少女が唱えているのは魔法だった。
火の力を持った下級魔法であるところのフレイムである。
と、そんなことを考えているうちに、火の玉はモンスターめがけて飛び、その体を包み込んだ。
ドォン! と小爆発が起こり……モンスターと、一緒にいたノーラをもろとも吹き飛ばした。
『ビビィィーーーーーッ!』
「いやぁぁあああああっ!」
ホビットは焼けると同時に消滅し、ノーラはホビットの消滅と共に地面にたたきつけられた。
モンスターは全滅した。
踊り子も戻ってきて、四人がそれぞれもとの位置につく。
「ふむ。何とかなったな」
「楽勝だったよ!」
魔法の使い手だったらしい少女の甲高い声。
サミーはしきりに何かを気にしているかのようにモンスターのいなくなったあとを眺めていた。
「それにしても、今モンスターが何かしゃべらなかったか?」
「まさか、気のせいだろう。とにかく皆無傷でよかった」
そんなふうにアルフォンスがまとめた。
その横でノーラは突っ伏していた。
確かに大きなけがはない。
生来の頑丈さゆえだろうが……それにしたって、スカートの端が少し焼け焦げて、髪からぷすぷすと煙が立っていた。
アルフォンスたちは歩き始めたが、ノーラはしばらく動く気力すらなかった。
「こ、こんなのが続くなんて、やっぱりもういや……」