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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
一章 村娘、冒険者と出会う
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秋の暮れ

「おじさぁーん、もっと大きいグラスないのぉ? これじゃ足りないんだけどお」


 がん、とノーラはグラスをテーブルにたたきつけた。


 いや、とカウンターの裏から、酒場の親父さんであるカッツェおじさんが、困ったような呆れたような感じで言う。

 ええぇえ、とあからさまに不満顔を浮かべるノーラだった。


 横の客席にいる別のおじさんがまあまあといってなだめた。


「ノーラちゃん、まだ若いんだしさ、飲み過ぎはよくないよ、体にも」

「いいじゃん別にぃいいいいい」


 夜、ノーラは酒場で飲んだくれていた。

 村に逃げ込んだあと、ほとんどすぐにここに向かって飲み始めたのだった。


 そのあとブライアンには会わなかったが、彼はどうやらもう少しモンスターの弱い区域からやり直すと言って帰ったようだった。


 この村に来るまでの間も、モンスターに遭遇しては逃げたり傷の回復薬を消費しまくったりしてしのいできたらしい。

 結局上手くはいかなかったということだ。


 だがそんなことはどうでもよく、ノーラは鬱々と杯を重ねていた。

 お手伝いなどで少しずつ貯めていたお小遣いがすごい勢いで酒に消えている。


 モンスターに襲われた、という事情を知った村のおじさんたちが、モンスターの中に若いものを行かせたりして悪かったよ、などと謝ってくれたが……ノーラの気は晴れなかった。

 問題はもっと別の深いところにあるのだ。


 からん。

 スイングドアのベルが鳴って、来客を告げる。


「お、ユーリじゃねえか、珍しいな、まじめな若もんが」


 おじさんが言うと、ノーラは杯を手に、ぎょっとした。

 ユーリが酒場を見回していた。


「酒を飲みに来たわけじゃなくって。ノーラがいるって聞いて……」


 それにノーラは固まった。

 ユーリはすぐにノーラを見つけると、近づいてくる。


 う、あの、と酒で赤くなった顔がさらに紅潮するノーラ。

 まともに顔も見られない。

 ユーリはまじめな口調で言った。


「昼のことを謝りたくてさ。ノーラがモンスターに襲われそうになったのは、僕にも責任があるから」

「あ、ええと、そうじゃなくて、わたし、それはいいんだけど。別にユーリには怒ってるとかはないし……?」

「? じゃあなんだってこんなところで飲んで……」


 ノーラは黙った。

 ユーリの前でモンスターにあんな罵倒をされたことが思い出された。


 っていうか何でモンスターがあんなことを……?

 考えるだに、恥ずかしくなって、ううう、とうめくしかない。


 だが最後の矜持は保つつもりで、鬱々と飲むだけにしようと、酒を流し込んでいると、奥の階段から妙齢の美女が下りてくる。

 マリアである。


 夜の酒の席だからなのかどうか、いつもよりも生地の薄いドレスのようで、色っぽく見える。

 男性陣の視線がマリアにくぎ付けになり、おお、と声が上がるのを見ると、ノーラの酒を飲む手がぴたと止まった。


 マリアはノーラを見ると呆れたように歩いてくる。


「あら、ノーラ、聞いてはいたけれど、結構な有様じゃない?」


 だが……ノーラは話を聞いてはおらず、一点を据わった目でじぃぃーっと見つめていた。


 歩くたびに揺れるマリアの胸部であった。


「さすがにこんなに飲むものじゃないわよ。大酒飲みでもあるまいし」


 ノーラの杯を取り上げるマリア。

 が、ノーラは視線の方向を変えずに、ただ見ている。


 昼間の出来事が脳裏を駆け巡って、そのうちにむぐぐぐと怒りがこみ上げてきた。

 この時点でノーラの矜持などはきれいに消えてなくなっていた。


「ねえノーラ、モンスターのことは大変だったらしいけど、でもけがはなかったんだし別にそこまで落ち込むことでも……」


 ノーラはがたん! と立ち上がると、つかっ、とマリアに距離を詰めた。

 それから突如、ぐわしっ、とマリアの巨大な胸を鷲掴みにした。


「!?」

「あああぁあ! むねがなによぉぉおおおおおお」


 酔いの回ったノーラは、呆然とするマリアをよそに、その胸だけをぐわんぐわんと力強くこねくり回した。

 急な事態に周りの男たちも目を見開く。


「ちょっ、ノーラ!? 何す、痛っ、ちょっと!」

「えぇええええん!」


 涙を浮かべながら憎らしげに力を込めつつ、しかしより悲しみを実感するばかりのノーラだった。


 おじさんたちは、一体どうしたんだ嬢ちゃん! と慌てふためきつつも、やめろとは言わねえが何があった! などとたまに微妙な反応を示して眺めていた。


 さわやかにスタートしたつもりだった秋の一日は、予想を遙かに下回る形でくれていった。

 何が勇者だ、何が冒険者だ、何が胸だ、と世の理不尽を感じないではいられない村娘だった。

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