村娘の矜持
ノーラも、魔王の第三形態を見て顔をゆがめていた。
「な、な、なんですかあれえ、……う、う、気持ち悪いよう……」
もはや自分の立ち位置も判然としなくなった紫の異空間で、涙目になりながら膝を抱えていた。
それから改めて自分は何でこんなところにいるんだ? とちょっと思った。
「あれはヤバイかも知れんぞ、見ろ、嬢ちゃん」
サミーの言葉に顔を上げると、アルフォンスが、さっきから溜めていたらしいライトスタッフを魔王に使っているところだった。
キュオオオオッ! 天からの光は異空間でも出てきて魔王を襲う――だが、魔王は、倒れもせず悲鳴も上げず、明らかにさっきほどのダメージを受けていない。
「第三形態は聖属性も弱点じゃないようだな。第二形態は楽だったが、そうはいかんか」
少し、焦りの見えるアルフォンスだった。
「だ、だ、大丈夫なんですか、あれ。あの強い攻撃がきかないと、まずいんじゃ……」
サミーは何も言わなかった。
今度は作戦が通じないと理解してか、レオナールも攻撃に参加していた。
「大雪斬!」
叫びながら、剣の数倍にふくれあがった不思議な剣線で、巨大な獣と化した魔王を頭上から斬りつける。
ずどん、と脳天に直撃し、魔王はぶじゅう、という粘液混じりの吐息を漏らす。
だがそれでも、致命傷にはほど遠いらしい。
直後、レオナールが不意に紫の光に打たれて吹き飛ばされた。
ぐわあっ! と声を出しながら倒れると、ぴくりとも動かなくなった。
アルフォンスがはっとして、振り返る。
「カウンターか! ナディア!」
ナディアは既に呪文を唱えている。
リヴァイヴァ、と唱えると、レオナールが神聖な光に包まれて、ぴくと、体を動かす。
ノーラはほっとしたが、それもつかの間、復活をさせたナディア自身が今度は、魔王の大きく振りかぶった拳に直撃を受けた。
異空間の床を転がりながら、気を失う。
嘘でしょ、とエリーゼが言いながら、ナディアに近づいて復活薬を取り出して飲ませはじめた。
だがそのときにも早くも魔王が行動していた。
すう――と息を吸うそぶりのあと魔王が大口を開くと、――ゴォオオオオッ!
アルフォンスたち四人に向かって、漆黒に燃えさかる炎を吐き出した。
視界を覆うような炎は四人全員を襲い、きゃああっ! と悲鳴が上がる。
炎が止むと、今度はエリーゼが倒れて気絶していた。
薬を飲んでいたナディアは、魔法に対する強さもあったのか立ち上がっていたが、炎をまともに食らったレオナールは再び倒れている。
アルフォンスとナディアがそれぞれ回復させて二人を復活させるが……その頃にはまた魔王が近づいていた。
ノーラは、呆然と見つめた。
あれ、なんかやばいんじゃ、と思い始めた。
さっきまで楽勝ムードだった勇者たちなのに、今は、何だか一歩間違えたら全滅でもしてしまいそうだ。
「強力な全体攻撃か。厄介だな」
アルフォンスはいつものようにそんなことを言っているが、表情は切羽詰まっていた。
「レオナール、カウンターの危険があるから遠距離系だけを使え。俺もそうする」
レオナールがわかった、と言い、紫の空間と化した床に剣を突き立てた。
「地走り斬!」
言うと、剣から衝撃波が地を伝い魔王を襲う。
ず、ずと歩く魔王に、衝撃波がずざんっ、と襲い、一瞬足は止まる。
が、どう見てもそれほどダメージはなかった。
ちっ、とアルフォンスが剣を掲げ、ライトスタッフを打とうとしたとき。
再度魔王が動き、今度はアルフォンスを豪速の爪で捕らえた。
「がっ……!」
胸元を切り裂かれたアルフォンスは、一撃で気絶してしまった。
「あっ、アルフォンスさん!?」
彼のやられる姿をはじめて見たノーラは、ショックで叫んだ。
アルフォンスが一撃で倒れるなんて、さすがに予想していない。
レオナールは焦ったように攻撃をやめた。
「ナディア、回復は俺が道具でやるから、攻撃魔法を使ってみてくれ」
ナディアは頷いて、レオナールが復活薬をアルフォンスに飲ませている間に、素速く杖を魔王に向けた。
「アイスボム!」
呪文を唱えると、きゅいきゅいきゅいっ、と周囲の空気が氷結したように氷の柱が生まれ、魔王に向かって突き進んだかと思うと、爆散して魔王を襲った。
精神をかなり消費するようで、ナディアは少し疲れた顔をするが……氷の破片がなくなって視界が明瞭になった時、魔王はほとんどダメージを受けていないかのように変わらぬ状態で立っていた。
「ぜ、全然ダメージないよ!」
ナディアもさすがに困惑した顔をしていた。
魔王は、湿った吐息と共に哄笑した。
「おろかな人間共。我に魔法などという児戯が通用するか」
今度はぶおっと腕を大きく薙ぐようにして、ナディアとエリーゼ二人を同時に吹っ飛ばし、気絶させた。
ノーラがぎょっとして見ていると、サミーが、やべえ、と呟いた。
魔王が、また先ほどのように息を吸うような格好になって、ごおお、と口腔内に轟音を響かせる。
直後、全体攻撃の漆黒の業火。
ドォオオオオオッ! と火があたりを包み……火が晴れたとき、立っているのはアルフォンス一人だった。
「えっ、や……」
ノーラが言葉を失っていると、アルフォンスは、見回して、仲間を復活させようとするが……。
「一度に三人は無理か、くそっ、他にどうしようもねえ」
突如、サミーそう言って、ノーラの横から飛び出していた。
「えっ、あ!? さ、サミーさーん!?」
ノーラはびっくりして手を伸ばすが、サミーはアルフォンスたちの方に走っていった。
自身もストックしていたらしい復活薬を取り出し、ナディアに飲ませようとする。
だが、魔王は醜く笑った。
「我の攻撃がこれだけですむと思ったか」
巨体を振り回して振り返ると……サミーとアルフォンスの二人を、巨大なしっぽで倒すようにして殴りつけた。
「ぐぶっ……」
サミーは一撃で気を失い、倒れる。
ノーラが呆然としていると、サミーの横でアルフォンスも膝をついていた。
「連続行動がすさまじいな……。どうやらこっちのレベルも足りなかったようだ」
と分析するようなことを言っている。
一人意識を保っているアルフォンスまでがかなりのダメージを負っていそうなのを見て、ノーラは、どどどどうしようと震えた。
サミーのように助けに行くべきか。
だがサミーで無理だったものがノーラにできるとは思えない。
「あ、あ、あアルフォンスさん、……は、早く倒して」
言うのも無責任に思えたが、そう願う他にしようがない。
何とか、味方を早くよみがえらせることだけでもして欲しい、と思いつつ見ていると……しかしアルフォンスは、何かを計算したように頷いて、剣を構えた。
「ふむ、俺が誰かを回復しようとしても、そのあとに炎でやられるだろう。そういうわけで村娘」
「え、あ、は、はい? 何か……?」
アルフォンスは剣を光らせ、魔王に向けていた。
「かなりダメージは与えたはずだ。後は頼んだ」
言って、その後にライトスタッフ、と言って空から光を呼び寄せた。
ちょうど魔王がアルフォンスを殴りにかかっていたが、タッチの差で攻撃は間に合ったようで、光の攻撃は魔王に直撃した。
だがそれで魔王が死ぬわけでもなく、どうっ! という音と共に殴られたアルフォンスは――きれいに飛ばされて紫の床に落ち、気絶した。
ふじゅううっ、という魔王の吐息のあとに、沈黙があたりを支配した。
ノーラは、唖然としたあとに気付いたように、はい? と見回す。
ノーラ以外の誰もが床に倒れているのに気付いた。
村娘以外の全員が戦闘不能だった。
「はいいいいいいいい!?」
叫声を上げて、そこでようやく事態を理解する。
アルフォンスの野郎、あとはお前が何とかしろ的なニュアンスで言ったのだ。
「な、何言って……アルフォンスさん! アルフォンス、この馬鹿……」
大声を上げていると魔王がぐるりとノーラの方を向いた。
「貴様で最後のようだな、おろかな人間よ」
ふしゅうと息を吐いたあとに、どすっ、と、ノーラに近づいてきた。
「あう? う、う……」
ノーラは、さあっと顔を青くしてから――どすどすとノーラに向けて歩いてくる魔王に、いやああぁああーだはーー! と背を向けて全力疾走した。
「かかってこい、人間よ。業火のもとに焼き尽くしてくれる!」
「やだああぁああ無理ぃいいいいいー!」
理性も何もかなぐり捨てて駆けた。
涙やら鼻水やらよだれが飛び散っていったがもう気になる段階でもない。
「なんでよぉおおおお!」
ほんの短時間魔王から逃げ回るが、しかし紫の空間は案外狭い。
結局魔王から逃げられるわけもなく、すぐに追い詰められた。
巨体の悪魔が、エプロン姿の村娘を見下ろしていた。
「ううう。もうやあぁ……」
「敏捷性の高い人間だ……だがその程度の能力でかの魔王を殺せるとでも思ったか?」
「思ってません、別にー!」
ノーラは急いで左右を見回す。
恐怖以外の何者でもなかったが、その分、何とか死ぬまいと頭がフル回転していた。
すぐ近くにナディアが倒れている。
彼女からなんとか復活薬を探り当てて、誰かを復活させるのは……いや無理だ。
探っている間に攻撃を受けて終わりだ。
まして誰かに薬を使っている時間などない。
はぁはぁと思考を巡らせてノーラは叫んだ。
「あ、そ、そうだ、そうなんです! わたしあの、別に魔王を、いや魔王さんを殺そうとか、そういうあれじゃないですから?」
「……あれとはなんだ」
「いやほんとに、ただのデモンストレーションなんです」
「デモンストレーション?」
「ええ、だから、やり直させてください、一回、一つ前の部屋に帰してください。そしたらまた来ますから。だから一度、アルフォンスさんたちも一緒に帰して……」
そんなことを言ったが……途中で、魔王はふしゅうと呼吸し、見下すように笑った。
「おろかな……見逃せと言うのか? 貴様は虫を殺すのに躊躇するか? 浅はかな人間など、なおさらだ! 滅ぶがいい!」
ぶおん!
腕を振りかぶって、突き立てようと振り下ろしてきた。
「ああああああぁああん馬鹿あああ!」
ノーラは方向もわからず空いている方に走った。
背中をぎゃりっ! と斬撃が突き抜けて、少々血が飛んだ。
奇跡的によけられたらしい。
「ふ、フレイムぅっ」
振り向きざまに、言って手から火の玉を飛ばすが、魔王は毛ほどもダメージを受けなかった。
「グググっ。魔法は効かぬと言ったろうが」
鳴動するように笑うと、またすぐに追いついてきた。
壁に追い詰められる。
どうしようどうしようと目をグルグル回しながら考えるノーラだが、もとより魔王を倒す妙案などあるはずがない。
「灰と化すがいい」
魔王の口から轟音が鳴り、周囲の空気が一気に熱くなる。
勇者たちをも倒す、漆黒の業火だ。
「いやあああ、死にたくないよぅぉおお!」
叫ぶノーラだが……ゴォオオオッ!
その全身を間もなく猛烈な炎が襲った。
三度連続で放たれた地獄の炎は、隙間なくノーラの体を這い、包み込んだ。
「――あば、ば。と、どうなったの? どうなった? 天国? わたし、天国なの?」
ノーラは、鼻水を垂らしながらゆっくり目を開いた。
すると、なぜか無傷だった。
えっ、と驚いて見渡すと、体はやけど一つ負っていない。
魔王が驚いたように、はじめて動揺した声を出した。
「炎が効かないだと……?」
ノーラはそこではっと気付いた。
腕で、王者の腕輪がちりちりと炎を飲み込むように吸収している。
武闘会でもらったあれだ。
もしもの時と思ってつけておいたのだが、この腕輪の炎の加護とは、どうやら炎の攻撃が無効になるもののようだった。
奇跡、と思ったノーラは、また一目散にわあああ、と走り出した。
だがこんどは魔王の動きは速かった。
ずどん! ノーラの目の前に降り立つと、怒りの形相を浮かべている。
ぎゃっ、とノーラがよける前に、ノーラの体を巨大な手で鷲掴みにして持ち上げた。体が締めつけられる感覚。
「い、ぎっ……」
「貴様も何らかの形で特殊攻撃が効かないようだが……だがこれならどうだ。単純な力の攻撃なら、防ぐわけにはいくまい、人間……!」
と、ぎりぎりとさらに締めつけた。
なぜか余計に怒りを買ってしまったらしい。
何で、と思うが、痛みがどんどん強くなる。
暴れるが、ノーラの力ではダメージなど与えられない。
た、助けてぇ、と言うノーラだが、魔王は愉快そうにグググと笑った。
「苦しみながら死ぬがいい」
「な、何でわたしがー! もう! あああ!」
だが声は届かない。
助けは来ない。
そもそも、味方はゼロなのだ。
ああ、これは、とノーラは思った。
さすがに、もう、助かりそうにない。
残念だが、そう直感してしまい――するとノーラは何だか悲しくなってきた。
「ふぐぅ。何でわたしがこんな目に……」
もっともなことを言うと、もはや冷静になってきて、痛みに耐えつつ、口を開いた。
「魔王さん」
「何だ人間よ。死ぬ前に言いたいことがあるなら、言うがいい」
「……何で人間をこんな目に遭わせるんですか?」
「ググ。悪と混沌の世界を作るためだ」
「それって……魔王さんだけがそうしたいから? だからそうするんですか。それって自分勝手じゃないです……かっ」
魔王が力を込め、体を骨がきしむような痛みが襲う。
魔王は笑みを浮かべている。
「欲望の権化の人間に言われるとは、愉快なものだ。人間が何を言おうと我の野望は変わらない。己のために人間以外を排除する人間に、せめる権利があるか?」
ノーラは黙った。
別に、ノーラは口げんかをして言い負かそうと思ったわけではない、ただ確認したかったのだ。
「そんなのは……知りません、でもあなたは自分の欲望のために、世界のモンスターを操って、わたしの村を襲ったわけですよね」
「貴様の村だけではなく、世界の全てを襲うのだ」
ぐっ、と痛みに耐えながら、ノーラはそこで表情を険しくした。
魔王のせいで村の人たちは傷ついた。
そう思うとそんな魔王に殺されようとしている状況がたまらなく悔しかった。
魔王は、憎い。
自分が何かできると思っていたわけではないが、魔王に報いてやりたい気持ちはあった。
村人たちの想いを自分が何とかしたいと思っていた。
あの村は、ノーラの日常の全てのあの村は、簡単に壊されていいものじゃない。
魔王がどう思ってるかなんて知らないが、自分にとっては何より大切なものだった。
村を思う。
そして両親を思った。
ノーラの両親は、本当の両親ではない。
血がつながっていないのだ。
ノーラが両親やまわりの村人に似ない、鮮やかなブラウンの髪をしているのはそのためである。
今の生活以前のことや実の父母の記憶はない。
自分がどこで生まれたどういう赤ん坊だったかも知らない。
村の皆も知らないはずだった。
それでも、ジェフやクリスティーナはノーラを実の子供と同じように優しく育ててくれた。
村のみんなも、いわばよそ者である主人公に、気兼ねなく接してくれる。
面倒も押しつけられたりする。
だが、それは結局、気心の知れた仲だからだというのは誰よりもわかっているのだ。
そんな村人たちをいたずらに傷つけたこの魔王にむざむざ殺されるのは……やっぱり死ぬほど悔しかった。
だからノーラは最後まで抵抗した。
「離してえええぇー、離せー! このアホ魔王ぉおお!」
ばたばた、と動くが、しかし魔王の手の力の方が、圧倒的に強い。
「グググッ。残念だな、貴様はここで――死ぬのだ」
ぎり、と力をさらに込めてきた。
ノーラはもう、意識がもうろうとしているが……。
「手こずらせてくれたがな。だが、これで終わりだ、胸のない女勇者」
「いや、わたし胸ありますから」
「……うん?」
急にそこだけ真顔になって言うノーラに、困惑の魔王。
だがノーラの顔は変わらない。
「……え、いや、だがそこを否定されても事実――」
「どう見てもありますから、むしろ普通の人よりあるくらいですから」
すると、なぜだか急に魔王はイラッとしたような表情を浮かべた。
全身全霊の力を、腕に込める。
「グォアアアア! もういい! 死ね! 人間よ!」
咆吼と共に握りつぶそうとしてきた。
さすがに、言葉を失ってもだえるノーラ。
もう終わりなのかな、と思った。
でも、それでもあきらめない、と歯を食いしばって、うつむく。
そのとき、首にかけている、ジェフにもらったエンブレムが目についた。
ノーラは、最後にそれを見て、何だか少し安らいだ気持ちになって、絶対あきらめないと誓う。
体は動かない、でも心で最後まで抵抗するのだ。
そうしてエンブレムに祈りを捧げた。
不意に口から祈りの文句が漏れていた。
それはノーラ自身も言ったことのないような文句だった。
すると突然、エンブレムが光り出した。
「グォッ……?」
えっ、なあに、とびっくりしたノーラはエンブレムを見る。
するとエンブレムから急に光の粒がきらきらとあたりに散って、魔王を包むように明滅した。
いったい何が起こっているの、と見つめたとき、突如魔王がノーラを掴む手を離した。
わっと地面に着地すると、魔王が、光の中で、悲鳴を上げていた。
「グォオオオオオオオオ!」
ノーラがびっくりして見ていると、……魔王は、もだえながら、手を地についている。
「な、ぐ、ぐ。耐性無視の固定ダメージだと……。削られた分と合わせると、も、もう体力が……ッ」
驚愕したような表情になり、息を荒くしている。
何を言ってるんだろう、とちょっと思うノーラだったが、それを尻目に魔王はひたすら苦悶を浮かべていた。
たった一撃で、瀕死に追い込まれたように。
手で、どし、どし、とゆっくり這ってこようとするが、満身創痍だ。
「え、え、何?」
ノーラが距離を取りつつ様子をうかがっていると、魔王は恨めしげにノーラを見た。
「き、貴様何者だァ……」
「は? いや、何者って……別に……。村娘……」
「まさかそっちの勇者は囮か、貴様のための……!」
ノーラははぁ? と顔をゆがめ、そんなわけないでしょ――ときょとんとする。
「く、くそ……ど、どこでそんなアイテムを……」
あまりにわけのわからないことを言われ続けたので、ノーラは、さすがに苛々してきた。
だが魔王は、ノーラを見てはっとなる。
それからノーラの首元のエンブレムを見た。
「わ、わかったぞ、そのエンブレム……まさか、我を過去に封印した勇者の末裔か、きさ――」
ゴッ。
とノーラの全力の蹴りが魔王の頭にヒットした。
「何を延々言ってるんですか! わたしは普通の村娘ですよ! 何が勇者だ! わたしはこんなことしたくなかったんですからねぇええええ」
とうとう切れたようにさらに一発魔王を蹴り上げた。
ダメージはゼロに等しかった。
が、それがとどめになったかのように、魔王は、グアアアアアア、と巨大な叫びを上げて、体から煙を噴かせた。
どしゃああ、と派手な音を上げて、完全に俯せに倒れる。
すると、ごご、ご――、と轟音があたりでひびき、魔王の姿が徐々に消滅しはじめた。
「え、あ、あ、何?」
ノーラが慌てて見回すと、紫色の異空間だった周囲が、だんだんと形を取り戻してくる。
気付くと、最初に来たときのような石造りの部屋になっていた。
「あ、も……もしかして、終わったの?」
ノーラは、静かになった部屋を、おそるおそるとことこと歩く。
魔王の気配は完全に消えていた。
はっと気付いて、アルフォンスの服をまさぐり、復活薬を取り出した。
それを彼の口に飲ませると、間もなくアルフォンスは目を覚ました。
「……ぬ」
「あ、あの、アルフォンスさん……えっと」
ノーラが話しかけると、アルフォンスは不意に立ち上がって、あたりをきょろきょろと見回した。
それから、空になった玉座の方を見て、ノーラを見ると、ふむと頷いた。
「どうやら魔王をやっつけたようだな」
「え、あ、……え? やっつけた。本当に?」
「本当だ、正確には封印されたのだが、数百年か千年かは出てこないだろう。お前がやったのか。何かやる村娘だとは思っていたが」
「へ、う、わ、わたし?」
「お前しかいなかったろうが、違うのか?」
言われると……何となく、否定もできないノーラだ。
魔物の気配の一切が消えた部屋の中で、ナディアたちを介抱するアルフォンスを横に、ノーラはぽかんと立ちつくした。
ノーラは魔王を倒した。