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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
四章 村娘、最後の戦いへ
23/25

魔王

 勇者一行はマグマ部屋から大部屋に戻った。

 ちなみにノーラは一人真顔でぶつぶつつぶやいていた。


「何か心に傷ができた気分です。このことは早く忘れるよう努めます」


 周りは怪訝そうな顔をしていたが、ノーラは無視した。


 アルフォンスは、燭台の道を進んで、大扉の前に立っていた。


「――さて、そろそろだな。何にもない部屋を挟むだろうが、すぐだろう。とにかく探索し終わった今、魔王城にいる意味は一秒もない、早く行くぞ」


 ドライなことを言いながら、一行を連れて扉に向いた。


 ノーラは、扉を見つめて……いくつか先にはもう、魔王がいるんだなぁ、と思った。

 モンスターを使役し、凶暴化させて、村を襲わせた張本人。

 世界全体を襲って、征服しようとしている悪の権化。


 ノーラがパーティについてきたのも、元はといえば魔王を倒したいという気持ちにおいて共感できたからである。

 だから、自分は一切闘うつもりではないのに気合いが入っていた。


 とはいえ、足もぶるぶる震えていた。


「あのぉ、わたし、ここで待ってた方がいいですか?」

「いや、ここもモンスターが出るからだめだろう。魔王に狙われないくらいの位置で身を守っていろ」


 ノーラは、はあぁ、と改めてため息をついた。


「じゃあ行くぞ」


 特にためらいもなく、そのままアルフォンスは大扉を開け放って、進んだ。


 すると――次の部屋は、打って変わって薄暗い部屋だった。

 先の方に扉はない。

 その代わり――暗闇の中に階段があって、その上に玉座があった。


 えっ、とノーラが雰囲気の違いに驚くと……ぼっ。ぼっ。ぼっ。

 部屋の端から順に奥まで、壁の燭台に灯が灯っていく。


 あかりが最奥まで行くと、玉座の方がよく見えた。

 そしてそこに……動く影があった。


 玉座に、人間と同じくらいの大きさの影が座っている。

 漆黒の皮膚をした、人間に似た姿形の悪魔だった。

 引き締まった体に特殊な鎧のようなものをつけた、しっぽの長い、不思議だが威圧感のある存在である。


 な、とノーラが言葉を失うと、アルフォンスが前に出た。


「魔王ダークネスザインか?」


 すると部屋が鳴動して、玉座の悪魔が、身震いするような声色を発した。


「……ククク。待ちわびたぞ、おろかな人間どもよ」


 ノーラは、唖然とした。

 テンパって、あわあわとする。


「え、え、もう魔王!? あの、いくつか部屋を隔てるって話じゃ……」

「そういうパターンだと思ってたんだが。いきなりいるとは。魔王の割にせっかちなやつだ」


 アルフォンスがそう言うと、ずっと黙っていたレオナールがぽつりと呟いた。


「城がやたら単純な造りだったのもその辺が原因かも知れんな……」

「無駄な移動なくてよかったね!」


 ナディアは機嫌が良さそうだった。

 そういう問題か? とノーラは思ったが……。


『それにしても……』とまだ話を続けようとする勇者たちに、さすがにノーラもちょっと落ち着いて、アルフォンスの肩を叩いて魔王に向けさせた。

 すると魔王が、立ち上がって階段を一歩、降りてくる。


 ひっ、とノーラはびびった。

 いくら落ち着いたと言っても、そもそも心の準備ができてない。

 もう魔王が出てきちゃった。

 意識すると、震えてきた。


 ノーラは全員の後ろに隠れた。

 同時に、魔王は語り出す。


「また無謀な人間が、我を殺しに来たか」

「まあ、そうなるな」

「ククク……本当に愚昧な存在よ。ただ己が殺されに来ただけだというのに」

「俺は殺されるつもりはないが……」


 アルフォンスが淡々と答えると、魔王は、爬虫類のような首をそらせて笑った。


「そうして我を殺し、人類の希望を取り戻そうとでもいうのだろう?」

「希望?」

「我は、人間の幻想に満ちた想いが嫌いだ。愛、夢、希望――そんなものは姿形のない偽りの夢想に過ぎぬと言うのに。真に存在するのは、悪と混沌のみだ。我が世界に作り出す全てだ――どうだ、そう思うだろう?」

「いや、そういうのはよくわからんが。とにかく戦うなら戦わせろ」


 いやそこはちゃんと否定したほうがいいんじゃないか? と魔王に詳しくないノーラもちょっと思った。

 が、いきなり禅問答みたいなものをはじめた魔王も、ちょっと何がしたいのかわからない。


 魔王は一歩、踏み出した。


「クク、面白い人間よ。過去に我を封印した人間も、おろかな畏れ知らずだった。――だが人間は死に、我は何度でも復活する。そして答えは決まっているのだ。お前たちを殺し、世界を混沌の闇へと変えてくれる!」


 たっ――軽く階段の一段を蹴った魔王は、瞬間移動でもするかのような速度で、階段の一番下に降り立っていた。


 そして――グオアアアア!

 強烈な咆吼をほとばしらせ、魔力の奔流を放った。

 ノーラは、げっ、と驚く。

 ゴオォッ! と衝撃波みたいなものが地面を豪速で伝わってきていた。


 やばい、と思った瞬間、しかしナディアが魔法を唱えていた。


「マジックキャンセル!」


 杖を向けると、ブォオオオオオン――青白い球体がこちらの全員を包み込むように広がって行き、衝撃波とぶつかってはじけ飛んだ。

 完全には消し去れなかったようで、ノーラとサミーの二人は扉の近くまで飛ばされ、転げた。


「いた、た……! う、う。わ、わたし生きてる?」


 のそりと起き上がり、体を見下ろす。

 幸いにダメージはほとんどないが……ものすごい迫力だった。


 アルフォンスたちは、とっくに剣を抜いて、魔王と退治していた。

 やばい。

 戦闘が、はじまってしまったようだ。ノーラは扉を背に縮こまった。


「さ、サミーさん。じっとしていましょう」

「ああ、残念だがまともに攻撃されたら、俺らじゃ助からんしな」


 直後、レオナールが壁まで吹っ飛ばされてきた。


 どおんっ、と大音を当てて壁にたたきつけられると、ぐ、とうめきながらレオナールは立ち上がった。

 見ると、魔王が拳を突き出しており、レオナールに直接攻撃したらしい。


 レオナールはすぐにパーティの方に戻っていくが……かなりのダメージを受けたように見えた。

 ノーラは、ぞっとした。


 確かに、あんな攻撃を受けたらやばい。

 自分より遙かに強いであろうパーティの面々があんなダメージを喰らっているのだ。

 当然だが、雑魚的などとは比べものにならない。

 本当に魔王なんだ、と思った。




 すぐに戦闘は本格化した。


 ノーラはずっと、おびえながら見守っていた。

 もちろん、怖かったし、心配だったからだが――

 しかし、アルフォンスたちは、焦りも見せずに闘っているようにも見えた。


「攻撃力があるな。ナディア、ガードウォールだ」

「わかってるよー今唱えるっ!」


 言われたナディアが、魔法を詠唱する。

 すると、フィイイン、と皆の体が薄い光の膜に覆われて……直後の魔王の高速の拳攻撃を、がぎんっ!

 今度は吹き飛ばされずに受け止めた。


「こしゃくなまねを……」


 言って、魔王がたん、と宙返りして後退すると、今度はアルフォンスが、いつものように直接的に斬りつける攻撃をお見舞いしていた。


 レオナールはさっきダメージを受けていたが、既に回復して勇者と共に斬りつけていた。

 そしてエリーゼはと言うと、なぜか知らないが横でくねくねと踊っていた。


 ノーラはサミーに言った。


「……何してるんですかあの人」

「踊ってるんだろう」


 それは見ればわかる。

 しばし観察していると、魔王から引くように跳躍してきたアルフォンスが、エリーゼに向く。

 エリーゼは退屈そうに踊りをやめた。


「しばらく踊ってみたけどあの魔王、様子は変わらないわね」

「当たり前だろう。魔王がそう簡単に状態異常になるか。いいから物理攻撃をしろと言ったろうが。高い武器を与えたんだぞ」


 エリーゼは、ふんと息を吐いた。


「反撃されたら面倒じゃない。もう一度だけ別のをやるわ」


 そう言って、今度はまた変な舞を踊りだした。

 どうせ効かんさ、と言ってアルフォンスは戦闘に戻っていった。


 ノーラが微妙な顔で見ているとサミーが考え考え言った。


「本当ならあれがモンスターにいろいろな効果があるんだろうが。全く効いていないようだ。……おそらく、踊りのたぐいは全部だめかもな」

「じゃああの人意味ないじゃん……」

「いや、まあ、レベルはアルフォンスとかと同等だし、それなりには戦えると思うぞ。ただ本人にあまりやる気がないんじゃないか」


 それが一番問題だろうと思ったが……冷静に考えると今まで通りだった。


 まあ、アルフォンスたちはそれほど苦戦してもいないようだし、戦闘は上手くいっているのかも知れない。


 見れば、アルフォンスは定期的に魔王を切りまくっているし、ナディアは引き続き身を守る魔法のようなものを唱えて皆のダメージを軽減している。

 むしろ魔王の方が防戦一方だった。


 何だかんだで、やっぱりこの人たちって強いんだ、と思った。


「――虚空一刀」


 ある程度ダメージを与え続けたところで、レオナールが剣を構えて、技を放った。

 超速度で魔王の横をすり抜けると同時、ずばっ! という大音と共に魔王の横腹から紫の血が噴き出した。


「グォオオオオ!」


 魔王は、血を滴らせながら、悲鳴をほとばしらせた。


 レオナールがジャンプして戻ってきたとき、魔王の動きは止まっていた。

 部屋が鳴動し、魔王の悲鳴が形になっているかのようである。

 苦悶する魔王を見て、ノーラは思わずアルフォンスたちに歩み寄っていた。


「ま、魔王が……なんか……。ひょっとして、倒したんですか?」


 すると、アルフォンスは面倒そうにノーラを押し戻した。


「そんなわけあるか、下がっていろ。まだ死んでない」

「え、でも……」


 魔王を見る。

 どう見ても死ぬ直前に断末魔の叫びを上げているようにしか見えない。

 だがサミーにもつれられてノーラは下がらされた。


「ど、どうして……」

「第二形態があるに決まってるだろうが」


 言ってアルフォンスが構えていた。


 魔王は、膝をついて息絶えるかどうか、というふうに見えたところで動きを止めていた。

 静まったあとに、そのままの体勢で……ククク、と笑いはじめた。


「――そんな虫のごとき攻撃でわたしを倒せたとでも思ったか? 愚か者め」


 ノーラが、びっくりして、本当だしゃべった、と思っていると、ドクンドクン、と魔王の体全体が鼓動するように揺れた。


「お遊びはここまでだ……これから本当の地獄を見せてやる!」


 同時に、部屋に雷が落ちたかのように照明が明滅し、部屋が振動した。


 魔王が立ち上がり、グオアアアアアッ!

 咆吼すると、体の数倍はある巨大な蝙蝠の翼のようなものが生えてきていた。

 目を真っ赤に光らせた魔王は、勇者一行をにらみ据えてから、ごうっ、とまた襲ってきた。


 猛烈な風の刃があたりをみはじめ、ノーラは壁に縮こまってわああ! と悲鳴を上げた。

 あらかじめナディアが防御魔法を唱えていたため、ほとんど相殺されたが……ノーラは魔王の変形した姿に恐怖し、顔まで隠していた。


「な、何ですかあれえ! 第二、形態? だっけ、あ、あんなふうになるってわかってたんですかっ」

「むしろなかったらそっちの方がおかしいだろうが。魔王だぞ魔王」


 アルフォンスはどこまでも冷静に言った。

 ノーラはもう深く追及しないことにした。

 きっと魔王は第二形態になるものなのだ。


 それならそれで先に言っておいて欲しかった気もするが、まあ……でも、アルフォンスが想定していたのなら大丈夫なのだろうか?


「ここからは出し惜しみしてもしょうがないな」


 アルフォンスは、何かの技を使うように力を溜めていた。


 やっぱり出し惜しみしてたのかよ、とノーラは思ったが……アルフォンスが攻撃をする前に、魔王が漆黒の爪を手先にはやし、翼を羽ばたいて高速でアルフォンスに向かっていた。


「レオナール、身代わりー!」


 するとナディアが叫ぶ。

 直後、レオナールが跳躍してアルフォンスの眼前に立ち、防御態勢を取っていた。


「八つ裂きにしてくれるわ!」


 魔王がそのまま、まとになったレオナールを、巨大な爪で襲う。


 ざんっ! 強力な斬撃にレオナールは血を流しながら床に転げるが……直後にナディアがキュアヒーリング! と唱えると、レオナールの傷が瞬間的にふさがっていった。


 そのときには、アルフォンスが魔王に向けて剣をかざしていた。


「ライトスタッフ」


 棒読みで言うと、剣が膨大な光量に包まれて、直後――天井を突き破るかのようにして光の束が魔王に降り注いだ。


「グ、グオオオオオオッ!?」


 光が全身を包み、体から焼け焦げるように煙を発しながら、魔王は苦悶した。


「す、すごい、大ダメージ与えてる?」


 ノーラが身を乗り出していると、直後にまた勇者は同じように力を溜めた。

 レオナールもアルフォンスの目の前に立ち、ナディアはまた魔法を唱える準備をした。


「おのれ人間め……」


 魔王が翼を羽ばたき、怒りを浮かべると……今度はナディアに向かって突進し、爪で切り裂いた。

 あんっ、と勢いで倒れたナディア。


 だが……ほとんど同時にエリーゼがナディアの首根っこを掴んで、口に回復薬を突っ込んでむぐむぐ言わせながら飲ませはじめた。

 するとまたアルフォンスの剣が光る。


「ライトスタッフ」


 天から光が振ってきて、魔王に大ダメージ。

 魔王は転げ回ってグガアアアアアアアアッ! と悲鳴を上げていた。


 直後、何度目かというほどに、勇者はまた剣を構えて、他のメンバーもさっきと同じ位置についた。


「わ、ワンパターンだ! すごいワンパターンだ! け、けどすごい!」


 ノーラは感心した。

 結果的には、こちらにダメージを残さず魔王を攻撃し続けていた。


 一方的である。

 何度目かのライトスタッフで魔王は沈黙した。

 黒こげになって、大きな翼をひしゃげさせながら、倒れた。


「こ、今度こそやった!」


 ノーラはさすがに、喜んで出てきた。

 サミーも今度は様子をうかがいつつ歩いてくる。


 やったのかしら、とエリーゼも回復薬の空容器を投げ捨てながら見ているが、……さっきと違い、アルフォンスは険しい表情だった。

 考え考え、言う。


「いや、どうやらまだのようだ」

「え、……ええっ、まだあるんですか!?」

「次で最後だろう、が、かなり強いかも知れん」


 珍しく、厳しい声を出すアルフォンスだった。

 と――魔王が、ず、ず、と黒こげの体をゆっくりと動かし、うずくまっていた。


「……グ、グ、グ、この、人間風情が……!」


 すると、魔王の鎧がボロボロこぼれ落ちて、部屋が激しく地鳴りしはじめる。


 燭台の炎が全部消え、それなのに暗くならず、……どころか、石壁の部屋だったものが、少しずつ、紫色の光に満たされていった。


「な、な、何これ……」


 ノーラが呆然と周りを見ると、石の地面や天井といった風景が全部なくなり、全員が、歪んだ紫色の、上も下もないような空間にいた。


「――いいだろう。我の真の姿を見せてやる……! 全てを混沌へと導くこのダークネスザインの力をな!」


 魔王の体が一気に数倍にふくれあがった。

 そして巨大な生物へと変化する。

 翼も大きくなり、人間のようだった見た目は消え失せて、体毛が生え、獣と悪魔のハーフのような姿になった。


 顔も醜く歪んで、じゅう、じゅう、と沸騰する粘液を口の間からこぼしている。


 第三形態の魔王がグアアアアアオ! と咆吼した。


 ごおっ! 風の衝撃波が全員を襲う。

 ナディアが急いで魔法で防御したが、今度は抑えきれずに、四人ともダメージを受けて少し後退した。


 すぐにまたナディアが回復魔法を唱え、事なきを得たようだが……。


 ちっ、とアルフォンスが面倒そうな顔をしているのを見ると、この第三形態、今までとはまるで違う相手のようであった。

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