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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
四章 村娘、最後の戦いへ
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泉とマグマ

 その後は実際、最初ほどモンスターにわずらわされることなく、ノーラは魔王城の中をついていった。


 最初のフロアを抜けると、細い通路があったり上り下りしたり、多少複雑な造りになっていったものの、迷路のような感じはなく割と一本道で、どんどん進んでいった。


 歩きながら、ノーラは恥ずかしげにしていた。

 前を歩く勇者たちに、もじもじしながら声をかける。


「あ、あのう、さっきは取り乱してすみませんでした……」


 落ち着くと、さっきのはさすがに品に欠いた言動だったなあーと思いはじめて、顔を赤くしていた。


 だがサミーあたりが同情的な表情を浮かべるだけで、アルフォンスは本格化してきた城の探索に心を奪われているばかりだった。


「そんなことより、横道とか隠し扉があったら言うんだぞ」

「隠し扉……? 何ですかそれ? 隠れている扉に、魔王がいるんですか?」

「そうじゃない。魔王城だって探索するところはある。まっすぐ魔王のところに進んでどうする」

「……また、宝探しをするつもりなんですか? こんな不気味なところで?」


 ノーラは顔をどんよりと曇らせた。


「余計な寄り道だけはやめましょうよお。モンスターもいっぱい出るし……いっそのこともう、早く進みましょうよ。魔王目指して」


 だがそのとき、ちょうどアルフォンスが視線を鋭くして先を見ていた。


 まっすぐ先にある階段の横に、少しわかりにくい通路がのびている。


「こっちに行くぞ」

「えっ。ちょ、ちょっと。明らかにあやしいというか、普通の進む方向には見えなくないですか……? わ、罠とかじゃ」

「とにかく探索しないとわからん」


 有無を言わさず、ずんずんと進むアルフォンスだった。

 置いてかれてはたまらないので、ノーラは嫌々ついていく。


 つきあたりに扉があったが、アルフォンスはそれも躊躇なく開けた。


「ちょ、ちょっとぉ。何でそう不用心なんですか……!」


 だが、中からモンスターが襲ってきたりはしなかった。


 誰もいない、小部屋だ。

 アルフォンスに続いておそるおそる入ると……部屋の真ん中だけがくりぬかれたように床がなくなっていて、代わりに蒼くきれいそうな水が満たされている。


 それだけの場所だった。


「……なにこれ?」

「なるほど、ここにあったか」


 勇者たちが納得したようにみんなで水の周りを囲むので、怪訝な顔で、ねえ、何なんですかこれ、と再度問うと、アルフォンスは何を言ってるという顔で言った。


「回復の泉だろうが」


 ノーラがぽかんとすると、アルフォンスたちは……一斉に道具袋からマグカップみたいなものを取り出して、みんなでその水をすくって飲もうとしはじめた。


 ノーラはぎょっとして止めた。


「え!? ちょっと、何やってるんですか、わけもわからない水を……」

「わけもわからなくない。回復の泉だと言ったろう。体力と魔力が回復するから、お前も飲んでおけ」

「体力魔力が、回復……? ええ? 本当ですかそれ……っていうか、敵の牙城の中にあるものをそんな簡単に信じていいんですか、それこそ罠かも……」


 ノーラが言うが、既にアルフォンスたちは言葉を無視して、ぐびぐびと飲み始めていた。


 ちょっとぉ!? と止めに入ろうとするが……別段、アルフォンスたちは何ともなさそうである。

 むしろ、元気になっている様子だった。


 ノーラは少し混乱した。


「……何で、魔王の城に、わざわざこっちの助けになるようなものがあるの?」


 皆がむさぼるように飲む姿が奇っ怪でならない。

 モンスターが使う、とは考えにくいし、まさか近くに魔王がいてこの泉の水を飲んでいるのか……とも思ったが、そういう感じでもない。


「……まさか、アルフォンスさんみたいな人たちのために、わざわざしつらえてあるんですか? これ……」


 いや、だとしても、魔王がそんなことをする理由があるとは思えなかった。

 奇怪千万としか言いようがない。


 アルフォンスはつまらなそうに横目で見た。


「そんなことは知らん。……だがこういう終盤のダンジョンにはあるものだとは思っていた。道具をあまり使わないでよかったな」


 そういえば、ここまで回復薬を使った姿は見たことがなかった。

 まさかこれを見越して節約を……?

 なおさらわけがわからなくなるノーラだった。


 いや、そもそも、魔王城自体が、一体何なのかよくわからない。


「大体魔王って、こんなところで何をやっているんです? ここに住んでるんですかね?」


 だとしたら勇者を招き入れるようなことをして意味があるのだろうか。


「何を下らないことを気にしている。魔王は倒すものだ、少なくともモンスターを使役して世界征服を目論んでいるのは事実だ。これで十分だろうが。いい加減にしろ」


 アルフォンスがなぜか怒ったように言ったので、ノーラは思わず、す、すみませんと謝るしかなかった。

 非常に理不尽だった。




 ただ、その後も探索自体は滞りなく進んだ。


 そして、だいぶ奥深くまできたなぁ、とノーラが思ったあたりで、アルフォンスも言った。


「どうやら最深部に近い感じがするな」


 そうしてまた一つ扉を通過したところで……いっそう広い部屋に出た。


 ご丁寧にと言おうか、きれいな一本道で、燭台に挟まれるようにして見える道の先に、今までとデザインの違う大扉がある。


「あの先か、もしくは先の先か。野外の通路を挟んでその先か……少なくともそのあたりにいそうだな、魔王は」


 どういう根拠かは知らないが断言するアルフォンスだった。

 まあ、確かに雰囲気はそろそろ、という感じはあった。


 そんなことより、ノーラは、アルフォンスが部屋の右方をちらちら気にしているのが気になって仕方がなかった。

 そこには、大扉とは別に、わかりやすく寄り道みたいな扉がしつらえてあった。


 普通に考えて、まっすぐ進んだ方が魔王に会えそうな気がするが、それをわかっていて、アルフォンスはそちらばかり注目していた。


「あの扉は怪しいな」

「……えー、あっちに行くんですか? これまでもああいうところ、特に何もなかったし、もうまっすぐ行ったらいいんじゃ……」

「馬鹿いえ、これまでに何もなかったからこそあれが怪しいんだろうが」


 アルフォンスはすぐにそっちに向けて進み、扉を開けて入った。


 はあ、やっぱりこうなるのかぁ、と思ってノーラも通路を進むと……その先は、急に雰囲気が変わっていた。


 突如広い部屋に出て、一段低くなっている床が広がっている。

 そして何だか、建物の中なのに急に熱気に満ちていた。

 見ると、地面のところどころが赤く白く発光し、熱を出していた。

 ノーラはびっくりする。


「な、何です、あれ。……もしかして……」

「あれはマグマだね!」


 ナディアが驚いた様子もなく言った。

 アルフォンスは、そのさらに先を指している。


「見ろ。これまで外ればかりだったが、ようやくあたりのようだな」


 視線でそれを追うと……部屋の端、マグマに囲まれた中に、宝箱が一つ設置してあるのが見えた。

 無表情の中に嬉しげな様子を浮かべると、アルフォンスはさっさとマグマに歩き出そうとした。


 ノーラは慌てて引き留めた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この先、マグマじゃないですか? 歩いてくのは無理でしょ?」

「何言ってる、無理じゃない」

「い、いや。でも、あの宝箱を取ろうとしたら、どうしたってマグマの中に入らないといけないでしょう」

「まあ少しくらいは構うまい」


 ノーラの顔を見もせず、歩き出そうとするアルフォンスだった。

 いやいやいや待ってだめでしょ、とノーラは、アルフォンスの腕を掴む。


「離せ、急いでいるんだ」


 なぜかこれまでにない程真に迫った顔のアルフォンスだった。

 異様に必死だった。

 ノーラは、モンスターを倒すのにもこんな感じで挑んでくれたらいいのに、と思った。


 熱気を発しているマグマの近くまで引きずられたノーラは、叫声を上げる。


「宝箱一つにマグマの中歩こうなんて正気じゃないですよ! 待って!」

「別にいいだろう。一歩ごとは別に大したダメージはない。お前もついてこい」

「そんなわけないでしょ! マグマですよマグマ。普通死ぬでしょ!」


 止めようとするが、しかしアルフォンスの腕力には敵わない。

 アルフォンスはノーラを引っぱったまま、沼のように広がっているマグマにどぽんと足を踏み入れた。


 ぎゃーーーーー! とノーラが慟哭を上げるが……しかし彼は、平気そうにしていた。


「う、嘘でしょ、マグマなのに」


 ノーラが目をうたがっていると、他のメンバーもとぷとぷマグマの中を歩いていた。


 時々ナディアが回復魔法を唱えてみんなを回復させているらしいことくらいで、あとは止まることもなくみんな進んでいた。

 異様な光景だった。


 そんな馬鹿な……。

 思っていると、しかしノーラも彼に引きずられて、マグマ地帯に膝からずぶんと突っ込んだ。


「やああぁああ!」


 大声が漏れて、死んだ、と思ったが……しかし、確かにマグマに触れているのに、大きな異常はなかった。


「な、何で……あっつ!」


 不意に、全身に攻撃を喰らったかのような結構なダメージが体を包む。

 だが致命傷というほどでもない。

 どういうことだと混乱していると、アルフォンスが言った。


「ほら、死ぬほどのダメージじゃないだろう」


 ノーラはそこで思い至った。

 もしかしてレベル1とかの普通の人間だったら、焼け死んでいるレベルかもしれないが……彼らやノーラの場合、十分にレベルが上がっているから、死ぬほどのダメージには感じないということだろうか?


 となると、普通の人間には致死レベルのマグマに、自分は耐えられてしまっているということに――。

 考えると何だか怖くなってきた。


 ノーラは首を振る。

 うん。これはマグマじゃなくて、もっと融解温度の低い、何か別の物質なのだろう。

 そう決めつけることにした。


 多分、五、六十度くらいだ、これは、きっと、おそらく。


 宝箱に着くと、アルフォンスはかちゃかちゃと急ぐように開けた。

 ノーラは罠だったらどうしよう、と思ったが、ここは期待を裏切らなかったらしい。

 中から、精緻な意匠の剣が一本、出てきた。


「ほう。……これは、かの有名な勇者の剣か」

「すごいんですか?」

「攻撃力はそれなりに上がりそうだ」


 興味深げに眺めていたアルフォンスは、そう言って自分の鞘にさした。


 彼としてはかなりの収穫だったようで、満足げな表情になってから、よし行くぞとまた来た道を引き返しはじめた。

 ノーラはげんなりした。


「はあ、でも剣一本のためにこんな目に遭うなんて釣り合わないよぉ……」


 言ってきびすを返すが……帰り道も当然マグマだらけだ。

 ノーラはしばし黙った。


「おい村娘。早くしろ。マグマでそんなにダメージを受けたのか?」

「……。マグマじゃありません、これは」

「? 何を言っている、どう見てもマグ――」


 あーあーあー! とノーラはアルフォンスの声をかき消して、赤い地面を駆け抜けていった。

 あああ温泉熱いなああ、とヤケ気味に心の中で唱えながらの疾走だった。

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