魔王城
城の入口前に降り立った勇者一行があたりを眺めている中、ノーラは突っ伏して涙を拭いていた。
空に飛ばされたノーラたちは黒い空間に突っ込んでいた。
それからワープするようにこの通路の上空に移動して、あとは自由落下して地面に不時着したのだ。
着地時に体を打ったノーラは、ワープの恐怖も相まってしばらく立てなかった。
他のみんなはおおむね無事だ。
レオナールは相変わらず無口だがけがなどはない。
エリーゼも、陰気なところ、やあねなどと言っているだけ。
ナディアなどは、魔王城魔王城、早く行こうラスダンラスダン、と意味不明なハイテンションだった。
「なるほど、魔王城へはワープするようになっていたわけか。想定が甘かったな」
「甘いとかそういうことじゃないですよ」
ノーラは涙をふきふきゆっくり立ち上がる。
「何なんですか、ここぉ」
あたりは黒い空に淀んだ灰色の雲が浮かぶ、何とも不気味な空間が広がっていた。
ノーラたちは城の一部とも言える褐色の石造りの通路に降り立っており、そこからずっとまっすぐ進んだところに、巨大な魔王城の扉がたたずんでいる。
「何って魔王城だろう」
「それはわかってますけどぉ。何でわたしまで。……早く帰してください、帰り道はどこですか、送ってください」
すると、みんなが何となく考えるような感じになる。
どうしたんですか、とノーラが言うと、サミーが出てきて言った。
「嬢ちゃん、それはもしかしたら難しいかもしれねえぜ」
は? と言うと、ずっとあたりを眺めたり調べたりしていたアルフォンスが言った。
「ふむ、さっきから探していたが帰り道はないようだ」
「はあ、……え!?」
「どうやらワープは一方通行だったらしい」
「にゃんですかそれは!」
「そういうタイプの洞窟や城もあったが、魔王城までがそうだとはな」
ノーラは絶句してゆるりと周りを見る。
左右は通路のあるここ以外は切り立った崖になっている。
おそるおそるうしろを眺めると、通路は行き止まっていて、ただの壁である。
その先はもちろん真っ黒い空と底知れぬ崖。
それを見て固まっていると……アルフォンスは結論を出した。
「どうやら魔王を倒さない限り出られないらしいな、お前も来い」
「ぴきぃいいーッ!」
ノーラは切れて、アルフォンスに掴みかかった。
「あなたなんなんですか、わたしに何か恨みでもあるんですか、わああああん!?」
「こっちだって、少し探索したら一度帰るつもりだったんだ」
「そんなこと言われてもおお……」
エリーゼが、そんな二人をあんたたち何やってんのよ、と面倒げ見ていた。
「はあ、それにしても帰れないなんてね。それならそうと言われれば、そのつもりできたのに、ろくに準備もできてないわよ」
「準備なら別に問題ないだろうが。回復薬も魔力薬も持てる限界個数まで買ってあるし、状況的にはいつでもいける状態だった。帰れないなら魔王を倒すしかしょうがない」
そんな会話の横で、ノーラはもう、くずおれていた。
野原に連れて行かれたり洞窟に置き去りにされたりはいい、武闘会も、まだよかった、けど魔王城は死ぬ。
わたし死んだ、お父さんお母さんごめん、などと呟いていた。
ひとしきり感情の波が行き来したあと、ノーラはそこにちょこんと座り込んだ。
「村娘。何している?」
「わたし動きませんから。魔王城になんか入ったら確実に死にますし、ここで待ってます。魔王を倒すのは勇者さんたちにまかせますから、倒したら知らせてください。そして連れて帰ってください」
「わがままな娘だな」
「だ、だってわたしのせいじゃないもん! これ!」
「ずっとそこで待つのか? 十中八九このあたりもモンスターは出るぞ」
「えっ……」
「魔王城に安全地帯はないだろう。一人でいればモンスターに襲われるぞ、ここのモンスターは強力だろうしな」
「……」
「大体、一人でいるより俺たちのパーティと行動を共にしていれば、多少は経験値も入るしレベルも上がる。その方が安全だと思うがな。一人でいたいのなら止める気はないが」
アルフォンスは歩き出した。
レオナールが、待ちくたびれたぞ、と言うと、エリーゼも、早く帰って水浴びしたいわ、やることもあるしなどと言ってついていく。
サミーは残っていたがアルフォンスの方を見ていた。
「嬢ちゃん、ここはさすがにアルフォンスたちの言うとおりだよ。……しょうがないさ。魔王を倒すまでアルフォンスたちと行動を共にしよう」
「……ええぇええええん!」
ノーラは泣きながら魔王城の扉までダッシュしていった。
「結局こうなるんじゃああああん!?」
ノーラは、一ツ目の巨大なモンスターから逃げ回っていた。
魔王城に入って最初のフロア、石床に大きな柱の立ち並ぶ見通しのいい部屋だった。
ここに踏み入った瞬間、ごごご、という地震のような鳴動と共に巨人みたいなモンスターが壁から生まれて、ノーラを襲ってきたのだった。
身長の何倍もの大きさのモンスター――一ツ目の顔に角を生やした、怪力と素早さを兼ね備えたキラーサイクロプスだ。
「わたし何もしてないのにいいいい!」
「体力の少ないメンバーから狙うらしいな、見た目に似合わずクレバーなモンスターだ」
「さすがラスダンだね!」
傍でアルフォンスとナディアはそんなことを言った。
ノーラは涙目で叫んだ。
「早く助けてー!」
のっしのっしと、悠長な足取りに見えるが猛スピードで追いかけるサイクロプス。
いつの間にか、ノーラは壁に追い込まれていた。
すかさず相手は腕を振りあげ、ノーラを壁ごと粉砕でもするかのように拳を放った。
ひいいいんとノーラは悲鳴を上げたが――それと同時。
『巨人切り!』という叫びと共に巨大な剣線が走ってモンスターの動きが止まった。
直後にサイクロプスの肩から袈裟懸けに血がほとばしる。
見ると剣士のレオナールが高く跳躍して、二本の剣でモンスターを切っていた。
ノーラの前に着地するレオナールは落ち着いて言う。
「巨人切りは巨人族に大ダメージを与えられる。あんな敵などわけもない」
「そ、そんな都合のいい技が! も、もう少し早く使ってもらいたかった気もしますけど」
サイクロプスは轟音を上げて地面にくずおれ、消滅していく。
あんなやばそうなモンスターを一撃なんて、やっぱりすごいのはすごいんだ、と思った。
少なくともあの系統のモンスターに対しては、心配する必要もないのかもしれない。
ノーラは、はー、と安堵した。
気も抜けて尻餅をついていると……しかしアルフォンスの声が飛ぶ。
「レオナール、まだいるみたいだぞ」
ノーラはびくっとして、慌てて見回す。
と、巨人はいなかったが……ぎょっとする光景があった。
トカゲと悪魔を混ぜたようなモンスターがいた。
人間くらいの大きさだが、何とも禍々しい褐色肌は巨人より不気味だ。
魔法の杖のようなものを持っていて、それが三体、勇者とノーラたちを囲むように立っていた。
同じく強力な戦闘力を持つ、マジックデビルである。
「な、なんですかあれは、気持ち悪……」
「特殊攻撃をしてくるだろうから一応気をつけろ」
アルフォンスが少々まじめにパーティに言う。
ノーラは、特殊? 何のことだろうときょとんとするが……。
レオナールが前に出て、アルフォンスとナディアもそれぞれ敵の前に出た。
エリーゼは相変わらず戦闘に参加しているのかしていないのかわからないが、それでもモンスター一体に一人ついている。
近くにサミーが歩いてくる。
「嬢ちゃん、平気か。すまなかったな、俺の素早さじゃどうにも追いつけなくてな」
「いえ、もうしょうがないですよ……」
ノーラは戦闘を遠巻きに眺めるように、立ち上がって距離を取る方向に歩き出す。
すると予想通りに一人ずつモンスターを押しとどめた。
レオナールはセイントソード! と叫びながら、剣を光らせて攻撃をしている。
マジックデビルは苦悶の表情を浮かべてギシャアアアァアァ! と悲鳴を上げていた。
アルフォンスは……剣士のような技が使えないのか、または何かの理由で使うのをケチっているのかどうか、ひたすら単調に切る動作を繰り返していた。
ナディアは、呪文を唱えていた。
「ストーンレイン!」
そう叫ぶと……頭上の彼方から、ズゴゴゴゴッ! と巨大で鋭い岩石が雨あられのように振ってきて、目の前の一体だけでなく、既に瀕死の残りの二体までを襲った。
わ、すご、と小石から顔を守りつつも感心するノーラだった。
石の雨が収まると、ようやく全部倒したか、と思ってノーラは近づいた。……が。
『ギシャアアアアッ!』
ナディアの前にいたマジックデビルは、何のダメージも受けていないかのように吠え猛っていた。
そしてナディアを即座に突き飛ばすと、走り出す。
「あ痛ー!」
ナディアが転んでいるのを見ている間に……マジックデビルはノーラの方に近づいてきていた。
「え? あ! わ、わあああ何で!?」
「痛た、……土属性が全く通じなかったね!」
「おそらく聖属性なのだろうが、攻撃魔法にはないからこういうときは面倒だな」
起きたナディアとアルフォンスはそんなことを言った。
そういう問題なのか? どう考えても致死性の打撃を岩石で受けまくっていたように見えたが……剣で斬りつけるのは効いて何で岩石が刺さるのはノーダメージなんだ?
だが、考える間もなくデビルが目の前にいた。
「あぶねえ、嬢ちゃん!」
サミーが飛び出るが、デビルにあたるだけで、サミーは遠くに飛ばされた。
「ぐわあっ!?」
サミーにしても、アルフォンスたちに比べれば圧倒的にレベルが低いから仕方がない。
さ、サミーさん、とノーラが愕然としていると……デビルが今度は、杖から変なもやのようなものを発してきた。
ぼわん、とそれを受けると……ノーラは、急に、体に猛烈な違和感を覚えた。
何だか全身が動けないほどだるくなって、手先が紫色に変化する。
というより、全身が変色した。
動かそうと思うと、強烈な攻撃を喰らったようなダメージが全身を襲った。
体から脂汗が流れる。
生まれてこの方、こんな状態になったことはない。
ノーラの知っているモンスター性の毒でもこんなことにはならない。
ノーラは恐怖に襲われた。
かちかちと歯を鳴らす。かろうじて息をして音を発する。
「な、何こ、れ。あ、アルフォンス、さん、た、たすけ……」
「ただの死毒状態だ。普通より強いだけの毒状態だし落ち着け」
アルフォンスは向かってきながら言った。
落ち着けだと。
こんな状態になっているのに落ち着けだとは何だ、と思った。
こんな怖い状態ないというのに。
こっちは全身変色してるんだぞ!
だがあまりにだるくて反論もできない。
ああ意識が……と思っていると、アルフォンスが到着して、デビルの背中をずばっと一直線に切る。
助かった、とノーラは思ったが、それもつかの間。
デビルが体勢を立てなおして、ノーラにひとっとびに近づく。
しっぽをぶんぶん振り回して勢いをつけてから、思いきりノーラをはたき倒すように、ぐしゃっ、とぶつけてきた。
「ぎゃんっ!」
ノーラは勢いそのままに地面を延々、すっころがって倒れた。
ノーラは、ひどすぎるよ、と思いながら気絶した。
……目覚めるとモンスターはいなくなって、アルフォンスたちだけが立っていた。
さっきと同じフロアだ。
ノーラは、現状を把握しつつゆっくり起き上がる。
するとナディアが近くにいて、起きた起きた! と勇者一行を呼んだ。
アルフォンスは、よし、行くぞ、とノーラを確認してすぐ歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください、何が起きたんですか、わたし、どうなったんです?」
ノーラは慌てて立ち上がりながらたずねる。
「そりゃあ、わたしが魔法で回復させたんだよ!」
魔法……。
いつだか回復魔法がどうだと言っていたのを思い出して、感心した。
自分の体を眺めて見ると、死毒とかいう体の変色もなくなっていて、体も楽である。
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「いやーでも戦闘不能で済んでよかったね!」
「は……」
「戦闘不能状態でさらにしばらく襲われてたら蘇生魔法も聞かないし助からないところだったよ!」
「……助からないって?」
「だから死んでるところだったよ、よかったね!」
ナディアは明るく笑った。
横でサミーが申し訳なさそうにしている。
すまねえ、俺も力が足りなくて……などと言っていた。
いえ……とか何とか言いながら、ノーラはもはや怒るのも通り越して呆然としているだけである。
だが、さて行くか、とアルフォンスたちがフロアの奥に進み始めて少しすると……だんだんとどこからか感情が帰ってきて、すっと立ち上がるとかんしゃくを起こした。
「ええ!? もういやぁあああああぁあ! 帰るうぅううううう! うええぇぇぇ!」
壁にがんがんと頭をぶつけた。
エリーゼが面倒くさそうに、まだ言ってるの? と呟くと、アルフォンスもそっけなく言った。
「だから出口はないと言ったろうが」
「うるさぁぁあーい! 馬鹿勇者! ばーかアーホ能なし!」
涙目で叫ぶノーラだった。
ひとしきり罵倒すると珍しくアルフォンスがぐっといらだつような顔をした。
だがノーラに言い返したり手を出すのもどうかと思ったのか、別に何も反抗してこない。
ノーラはそれをいいことにまた馬鹿アホと続けた。
そんなことをしばらく続けて、ようやく少しすっきりするのだった。
それからしばらくだだをこねつつ、ノーラに危害が行かないように最大限努力する、というのを約束させてからようやく、ノーラはパーティのあとについていくことになった。
ノーラとしては最大限の譲歩だったが、勇者たちはひどく面倒くさそうな顔をしていた。