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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
四章 村娘、最後の戦いへ
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日の出の丘

 間もなく六人は森に到着し、そこからはノーラの案内を元に進むことになった。


 森の中は、木々に囲まれた深い緑だったが……ノーラはここでも心が休まらない。

 昨今のモンスターが多くなる前に来て以来だが、今は平原より凶暴なモンスターも出るという話だった。


 ここに来るまで、運良く平原ではモンスターに会わなかったが……ここで襲われれば、よりいっそう命に関わる問題だ。


「ああぁ、やっぱり帰りたいよぉ」

「日の出の丘まで案内してもらわないと意味がない」


 どこまでも事務的な口調でいうアルフォンスだった。

 こんな時襲われたらたまらないのだが、そう思っているときに限って――がさ、と木々がうごめく音がするのだった。


 ぎょっとして見ると、近くの気が一本、脈動している。

 すぐに枝が手足のように動き、しゅるしゅるしゅるっ! と勇者たちの前に躍り出た。


 木に擬態する大きなモンスター、モンスターウッドである。

 ギョギャーッ! と叫び声を上げるウッドは、見た目が木なだけに、人間の背丈よりもかなりでかい。


 ノーラははじめて見るモンスターだが、確かに平原で見るモンスターより、迫力があって、明らかにレベルも高かった。


 ひゅんひゅんと枝を手足のように振り回すウッドに、ノーラはひいいと叫んで、後ろに逃げだす。

 だが直後、ノーラが逃げた先にも、同じ一体が現れて道をふさいだ。


『ギョギャアアアッ!』

「ぎゃああああ! やだ、死ぬ!」


 だがそのとき。

 アルフォンスが前に歩いて、ウッドの幹をどん! と蹴り飛ばした。


「出現モンスターも変わってるかと思ったが、序盤のままだな」


 ウッドはその一撃で派手に奥まで吹っ飛ばされて、そのまま遠くで倒れて消滅した。


 目の前のモンスターが一瞬でいなくなったのに驚いて振り返ると……そっちでは、サミーの代わりに入っていたあの剣士が、すでに剣をさやに収めているところだった。


 そのウッドも真っ二つになって、即座に消えた。

 瞬間のことだった。


 森は静かになった。

 ノーラは、言葉が出ない。

 モンスターはノーラが見る限りかなり強そうだったが……。


 ノーラは勇者たちを見る。

 と、アルフォンスの体は、よく見ると以前よりも引き締まって強そうになっていることに気付く。


 他の面々も変わっていた。

 ナディアは魔法使いというよりはもっと厳かなローブを身にまとっていて、見たこともない材質の杖を手に持っている。


 ノーラの視線に気付いて言った。


「わたしのこと気になる? あ、そうそう、わたし、魔法使いから聖賢者になったんだよ」


 と杖を掲げ、急に呪文を唱えた。

 すると、キラキラ――と、心地のいい光が全員を包みはじめた。

 元気が溢れそうな光だ。


「おいナディア、全体回復を無駄遣いするな。これから魔王城だぞ」

「あっはーごめん! アルフォンス!」


 ナディアは笑って、ノーラに、ちなみにそっちの剣士はレオナール、剣士っていうかソードマスターねと紹介した。

 剣士は軽く頷くのみだった。

 クールなタイプのようだ。


 何だか、よくわからないが、相当強くなっているらしい。

 魔王を倒す……何だか、嘘じゃないんじゃ? そんな気になってしまうノーラだった。


 ……が、ふと思い出したようにパーティの四人目に目が行く。

 踊り子のエリーゼだ。

 彼女は、今回も戦闘に参加する気はなかったかのようだが……まじまじと見ると、なぜか彼女だけ全く雰囲気が変わっていなかった。


 相変わらず体の一部だけを隠したような露出しまくりの服。

 というか高級感は増したもののむしろ露出面積は多くなっている。


 体を守るつもり、というかモンスターと戦うつもりあるのかという格好だった。

 ふざけているのか?


「なあに?」


 エリーゼがノーラの視線に気付いた。

 ノーラは言葉に困ってもごもごした。


「いや、その。あの、その装備で、体を守れるのかなって……」

「あら、結構これ防御力高いのよ?」


 とてもそうは見えなかった。

 腹に拳を一発喰らっただけで失神しそうに見える。


「……あのぅ、エリーゼさんって、踊り子なんですよね……?」

「え? そうよ悪い?」

「いや、でも、その。踊り子、ってそんな、魔王を倒したりできるようなものですか……」

「あら、結構補助系の特技があるのよ。まあ肉弾戦はごめんだけどね」

「正直、育成し損なった感は否めないな。だが今更他の職業も遅いし、装備自体は高いのを与えてあるから平気だろう」


 アルフォンスがそんなふうに口を挟んだ。


「ひどい言いぐさねぇ。私だって仕事だからやってるわけで、別に魔王退治とかに興味があるわけじゃないわよ」


 エリーゼはそんなことを暴露しつつ、髪の毛をいじくり出した。


 ふと、横の剣士、レオナールを見ると我関せずという感じで剣に光を反射させたりして眺めている。

 パーティの中では途中参加だからだろうか、勇者たち三人の個人的な事柄には興味なさそうだ。


 うん。やっぱりこのパーティ不安だ、とノーラはここまででわかったことを再確認するしかなかった。




 とはいえモンスターに手こずることはなく、すぐに日の出の丘には着いた。


 森の中の崖の近くで、木の途切れた一帯にあり、狭い空間だが日の出がよく見える小高い地面のある草原だ。

 ノーラとアルフォンスたちはそこに上がった。

 サミーも一緒になって眺める。


「なるほど確かに日の出の丘だなこりゃ」

「確かに、いかにも何か重要なイベントが起きそうだ」


 そういうアルフォンスだが、ノーラはここで手持ちぶさたになった。


「やっぱり何もないですよ。こんなところに魔王の城があるなんて思えませんが」

「だから、隠れているのだと言ったろう、……よく見ろ」


 ちょうど、ノーラたちは一番よく日の出が見えるであろう場所に立っている。

 その地点で勇者が指している空を見ると、今までは見えなかったそれが急に目に入った。


 空は空なのだが、水面がぐにゃりと歪んだようになって、空間がひずんでいる。


「わ、な、何なんですかあれ……」

「あれがゲートだろう。この辺のモンスターの凶暴化も、あの向こうの魔王城からの魔力の影響だろう」

「ゲートって……扉みたいなものですか?」

「そう言っているだろう」

「あ、あの向こうに魔王城があるってことですか……、でもどうやってそこまで?」

「そのために色々面倒をくぐり抜けてきたんだ」


 アルフォンスは道具袋から、派手な色合いの手のひらサイズのものを取り出す。

 金ぴかに縁取られたわっかで、手に持つ部分がある。

 わっかの中はガラスのようにも見えた。


「何ですかそれ、拡大鏡?」

「これは『曇らぬ瞳』だ」


 アルフォンスは、そう言ってそれを空にかざした。


 ――と、その『曇らぬ瞳』が急にキュイイイイ、と光り出して反応する。

 ノーラはびっくりして、それをのぞき込んだ。

 すると……そのレンズを通して空を眺めると、空間のひずんでいたところが、ひずみではなく、黒い空に映って見えた。


 そしてその先には……褐色の巨大な城塞建築が見える。


「こ、こ、これって魔王城……っ?」


 思わず震えると、レンズから空に向かってビュイイイッと強烈な光線が投げかけられた。


 すると……空が割れるようにして開いていく。

 ごごご、と雷と嵐のような音があたりに響き渡ると……空の一部分にだけ穴が開いたかのように、青空の中に魔王城が浮かぶ黒い空が現れた。


「出たな。全く手間をかけさせてくれる」


 ……本当に魔王城が現れてしまった。

 たいていのことを経験したと思っていたノーラも、さすがに腰が抜けそうだった。


 あそこに諸悪の根源である魔王がいて……彼らはそれを倒そうとしているんだ。

 散々迷惑をかけてくれた勇者たちではあるが、ノーラはこの瞬間だけは何となく厳かな気持ちになって彼らを眺めた。


「今から行くんですね」

「まあ、すぐに帰ってくるかもしれないが」

「……って、あれ、そういえば……あんな高いところにあって、どうやってあのお城に行くんですか?」


 とてもではないが徒歩で行ける位置にはない。

 そう考えていると、急に空の穴が明滅したようになった。

 直後、ごうっ、と突然勇者たちを強い風が包んだ。


 風というよりは、吸引されるような感覚だ。

 ず、とノーラの足が引っぱられて草原を少し、前に滑る。


「嬢ちゃん、そこを離れた方がいいぞ」


 えっ、と思って見ると、サミーもこっちに手を伸ばしているが、途中で引っぱられたようになって転げた。

 ごう、と強い力が働いて、ノーラは穴の方にずりずり滑る。


「わああ、あ、え、な、なあにこれ? ちょっ」


 見ると、アルフォンスたちはずるずる引っぱられながらも、無表情だった。


「あのう、これ、いったい何が起こってるんです」

「ゲートが開いたから、おそらく魔王城に移動するのだろう」

「なるほど。……って、あの、あ、わたしは?」


 ふむ、と言ってからアルフォンスが視線を向けたのは、徐々に近づいてくる魔王城だ。


「どうやらここにいる全員が飛ばされる設定になっているようだな」


 ぎゅん、とスピードが上がって、ノーラたち一行は全員で魔王城に吸い込まれた。


 木の葉のように風に体をもてあそばれながら、ノーラは黒い空に突っ込んでいった。


「うそでしょおおおお!? だ、だからやだったのよおおおぉおおっ!?」

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