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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
四章 村娘、最後の戦いへ
18/25

変化

 野原の向こうにテトラ村が見えてくると、ノーラは自然駆け足になってそちらへ進んだ。


「わああ。村だぁ、何だか、懐かしい気分」


 町を出ると決心して、二日後にはもう、行商と共に村のそばだった。


 そうして今、すぐに商人たちと一緒に村の入口についた。

 急に帰ることに決めたので、さすがに誰かが迎えに来たりはしないが、それでも帰ってきた、という感慨でいっぱいになった。


 上機嫌になって、ノーラは村の敷地に入った。

 見慣れた緑と家々が広がる。

 村の空気はやっぱり気持ちがよかった。

 こうしてたたずんでいるだけでいい気分だ。


 誰かしらに声をかけよう、と思って見回した。

 誰でもいいから話したかった。

 だが……久しぶりに村に帰ったノーラは、それでも自分の知っている村との違和感を、このときに何となく覚えていた。


 何だか人通りが無い。


 夕方で、そろそろ皆が家に帰る時間だということを差し引いても、変に思えるくらいに屋外にひとけが無かった。


 そのまましばらく歩くと、次いでふと妙なものを目にした。

 それは村にある柵の一つだったが、それが――焼け焦げて大きく欠損していたのだ。


 さらにはその近くの草むらも荒れ果てたようになっている。

 これは……? と不審に思って見ると、村中でそういう場所が多くあるのに気付く。

 ノーラはごくりと唾を飲んだ。


 いつもの村じゃない。


 家々を見渡すと、柵だけでなく、家の壁や屋根まで、いくつか崩れていた。

 周辺の草も荒々しく踏みつぶされたように元気がない。

 中には敷地全体がボロボロになっている家もある。倒壊までしている建物はないにしろ、よく見ればどの建物も以前よりダメージを受けていた。


 ノーラは顔を青ざめさせた。

 商人たちも、皆見回していた。


「驚いた、こりゃ、もしかしてモンスターに襲われたのか? そうでもなきゃ説明がつかんくらい、荒れているな」


 モンスター――と聞いて、ノーラははっとした。

 すぐに、手近の家に入る。


 その家の中は、それほど荒れていなかった。

 ぱっと見は、いつも通りの眺めだが……奥まで踏み込むと、ノーラは足を止めた。


 一人のおじさんが、ベッドで横たわっていた。


「ポールおじさん!?」


 ノーラはびっくりして、寝ている彼に駆け寄った。

 ポールおじさんは顔にも体にも包帯を巻いて、周囲に薬が置いてあった。


「ど、どうしたんですか、これは一体」

「やあ、ノーラちゃんか……、いててっ」

「け、けがしてるんですか。どうして」

「モンスターだよ。最近なんだが、急に村を襲ってくるようになってな、このざまだよ」

「村、って……。モンスターが? 村全体に?」

「全部じゃないが、結構襲ってきたときもあったよ、特に三日前なんかは、ってて!」


 ノーラはポールの包帯を外して、薬を塗り直した。

 ポールはその間も話した。

 みんながみんなじゃないが、結構けが人も出た、という話だった。


 それでノーラは、あっと手をとめた。

 す、すみません、と言って駆け出す。

 家を出て、急いで向かうのは、自宅だった。




 家に帰ると、いやな予感はあたっていた。

 ジェフがけがをして、寝込んでいたのだ。

 ノーラは焦って駆け寄った。


「お父さん! 大丈夫?」

「おおノーラか、お帰り。ぶじだったかね」


 そんなふうに優しくほほえむジェフは、ベッドで身動きができないらしかった。

 顔や肩にけがを負っているようである。


「母さんは……」

「母さんは無事だよ」


 ジェフが言うと、クリスティーナがちょうど奥から出てきていた。

 ノーラを抱きしめるクリスティーナは、確かに無傷のようだ。

 水に浸した布をジェフに持っていっているところだった。


「ノーラ、おかえりなさい。道中、無事だった?」

「わたしのことはどうでもいいから、それより、モンスターに襲われたの?」

「ああ。最近、急な変化があったようだ、モンスターにね。詳しくはわからないが……」


 ジェフによると、モンスターが急に凶暴になり数も増えたという。

 以前は越えてくるはずのなかった村との境界も侵し始めて、村を襲いはじめたらしい。


「男たちを動員して、何とか村でモンスターを追い払おうとして守っているんだが、いかんせん、モンスター相手では中々耐えることは難しくてな。このとおり、けがしてしまったよ。他にも、けがを負ったのは大勢いるよ」


 ノーラは、淡々と語るジェフに、ふるふる、と肩をふるわせた。


「そんな、いつの間にそんなことになってただなんて……知らなかった、わたし」

「知らないのはしょうがないよ。ノーラは町にいたんだろう。あそこは警備もしっかりしているし……」

「で、でもわたし……だって」


 ノーラは、自分はなんて馬鹿なことをしてたんだ、と思った。

 町で遊んでる間に、村人がこんなに苦しんでいたなんて。


「わたしがもっと早く帰っていたら、もしかしたら他の場所に助けを求めに行ったり、そういうことができたかもしれないのに」

「ノーラは悪くないよ。それに他の場所に助けを求めても、それが来るまでの間や、ほんの短い時間でモンスターは襲撃してきたりするし、中々難しいよ」


 それでも、ノーラはすんなり受け入れられない。

 クリスティーナが頭をなでてくれた。


「ノーラが思い悩むことなんてないわ」

「お母さん……」


 何だか、涙が出てきそうな、やるせないような気持ちだった。


「もしまた襲ってきたら……」

「大人たちで結託して、何とか周囲のモンスターはある程度追い払ったから、多分、しばらくは平気だろう」

「そうなの?」

「ああ。ただ、それも長くは続かないだろう。モンスターがあの状況だと、またいつ襲ってきてもおかしくない」


 ノーラは、ただ、うつむいて、黙っていることしかできなかった。


「今は、けがを治しつつ、村の仕事に専念するしかないよ。ノーラは、町から帰ってきて疲れたろう、まずはゆっくり休みなさい」


 ノーラはそこから何も言えなかった。


 それでも、とにかくノーラは、父のけがの看病にいそしむことにした。

 それがやるべきことだった。

 そんなことでその日はくれていったが、どこかノーラの中に、胸のつっかえは残っていた。




 夜が明けると、ノーラは朝から外に出て村の家々をまわることにした。


 少しでも動ける自分が、できることをやろうと思った。

 そうして、けが人がいると聞いた家にまわって、手伝えることを探した。


 さらに、町で使おうと予定していたが余ったお金で、まだ町に戻っていなかった行商人たちから回復薬も買って、けが人に届けた。


 ほんとうは、非常事態だし商人には恵んで欲しかったが、そこは商魂たくましい商人たち、かたくなに定価でうろうとはばからなかったので、しょうがなく購入した。


「はーぁ、もう。商人の人たちって融通が利かないんだから。お金なくなっちゃったよう」


 ノーラは、ぷくうと頬をふくらませながら歩いていた。


 翌日のこと、今日は村の北方を見てまわるつもりで、急ぎ足だった。

 村長の家とその連なった小さな家、つまりユーリの家にも行くからである。


 ユーリの存在に意識が行くと、やっぱり微妙に緊張した。

 別に緊張することはないのだが、久しぶりに会うと思うとどうしてもそうなる。

 町に出る前の会話が会話なので微妙な気分でもあったけれど。


 村長は、村人たちに守られていたこともあってか、無事だった。

 村長自身には特に手伝うこともなさそうだったので、すぐ横のユーリの家に足を踏み入れた。


 ユーリは中にいて、料理を作っていた。


「やあ、ノーラ! 町に行って以来だね」

「うん。ユーリも、無事そうで……よかった」


 ユーリはけがもなく普通にしていた。

 ユーリは料理を示してみせる。


「けがで、料理を作ることができない人もいるし、こうやって作ってるんだ」


 同じように家をまわっているらしかった。

 はー、よかった、とノーラは安堵した。

 が、ノーラは不意に、ユーリの様子が普段と違うのに気付いた。


 けがとかはもちろん、ないが……ユーリの顔が、どうもさえないというか元気がない。

 笑顔を浮かべてはいるが、長年の付き合いなので何となく、何かあったらしいことがわかった。


「ユーリ、どうかしたの?」

「え? ああ。その……実はね」


 ユーリは少し迷ったようにしてから口を開いた。


「実はマリアのことなんだけど……」


 ノーラは、微妙にどきっとした。

 ユーリは苦笑した。


「実はね、マリアの気を引こうと一応、想いを伝えたんだけれど、結果が芳しくなくて」

「……え? 芳しくないって……? その、マリアさん、オーケーしなかったの?」

「うん、少なくとも今はね」


 何とも微妙な言い回しだったが……ノーラは驚いた。


 マリアが断る?

 ユーリが告白したのに、彼女に限ってそんなことがあるだろうか?

 マリアだって気にしないふりをしてはいるが、どう考えてもユーリに色目を使ったりしているのだ。


 でも、ユーリが言うなら、事実なのだろうか。

 本当にマリアが断った、としたら……。

 何となくノーラは機嫌がよくなってくる。


 まあ、別に、今ユーリとどうこうという話ではないが……それでも何だかにやけてきて、表情を抑えようとする。


「そ、そうなのー。へえー。マリアさんが」

「まあ、この話は忘れてよ。みっともないし」


 ユーリは早々に話を終わらせると、料理に戻った。


「これから向かいのジャックさんのところに持っていかないと。ノーラはどうする?」

「あ、えっと。わたしもまだ仕事は、残ってる」


 じゃあ、またね、と言ってユーリは出ていった。

 何だか淡泊だ。

 はあ、と少し気の抜けた様子で、ノーラも外に出て自分の仕事に戻った。




 仕事の中途、ノーラはふと、マリアの酒場の前を通った。

 思わず立ち止まる。

 ユーリの直後に行くのもどうかと思ったが……、迷った挙げ句に入ることにした。


 一応、手伝いがいるかどうか確認する必要もある。

 酒場の入口から入ると、さすがに今飲んでいる村人はいない。


 と、扉の鈴の音を聞いてマリアが奥から出てきた。

 いつものドレスっぽい服を着ているが……何だか、足取りが軽い。


「あら、ノーラ、帰ったとは聞いていたけれど。どうしたの?」

「ああ、えっと。けがした人とかの手伝いでまわってるんですけど、もしかしたらマリアさんの家でも何か手が要るんじゃないかと思って」

「わたしは大丈夫よ、モンスターになぜかすごい襲われそうになったけど、男の人たちがみんなで守ってくれたしね?」

「ああそうですか……」


 なぜかその光景はすごく想像できる気がする。


「ま、お父さんは小さいけがをしたけど。仕事に支障が出るほどじゃないわ」


 ふうん、じゃあ帰ろうかな……と思ったノーラだったが、そこで、今度はマリアの変化に気付いた。


 マリアは、ユーリとは異なって、いつもに比べて顔がにこにこしていた。

 だけじゃなく、何かノーラに対して余裕を見せつけるかのような態度をしているように感じられる。


 聞くのもしゃくだったけど一応、たずねた。


「マリアさん、機嫌良さそう。何かあったの?」

「あ、わかる?」


 マリアは上から見るかのように言った。


 この時点でノーラは少々むっとしたが、表情には出さずにしていると、マリアはわけもなくふんふんと口ずさんで、軽くその場で踊りだすかのようにステップした。


「うーん、言いたくないけど特別に教えちゃおっかなあ? おほほ」


 嬉しくてたまらないというような感じがにじみ出ていた。

 いや、なら別にいわなくても――と言いかけたノーラだが、すぐにマリアは自慢げに語った。


「ユーリに告白されちゃったのよねえ、私ぃ」


 そこでノーラの反応をうかがうかのようにたっぷり間を取る。


 明らかにこっちがびっくりするのを期待している表情だった。

 ノーラは眼中にないのか、悔しがることを期待している風ではないが、事実をよく見せつけたいようではある。


 ノーラはあれ? と思った。

 確かマリアはユーリのことを断ったはずだ。

 嬉しそうにしているのは何か、おかしい。

 するとマリアは、おほ、と笑いをこぼした。


「でもねぇ。今すぐにどうこうっていうわけにもいかないし、ね。わたしって忙しい身だし、みんなからそういう目で見られるし、だからすぐには無理かなーって」


 どう? この私のあしらいかたどう? と自慢するかのようにノーラを見た。


 そこでノーラは理解した。

 断ったというより、意図的に答えを濁したままにしているらしい。

 このマリア、どうやら、男に好かれているのに自分は余裕で相手を袖にしている、という状況にいるのに異様に興奮しているようである。


 ひくひくと怒りがこみ上げるノーラだった。

 マリアは自分に酔っているというか、勝ち誇って楽しんでいるようだ。

 ユーリの気持ちも考えないで……。

 ノーラは、あーこの人だけモンスターに二、三発殴られてればよかったのになどと思った。


 そ、それは、大変だね、と一応返すと、そうなのよぉ、とマリアは上気した顔で答えた。

 はあ、と息をついたノーラは、手伝うこともなさそうだと見て取って酒場をあとにすることにした。


 以上のように、比較的若いものたちは元気もあるようで仕事をしていた。

 ただ、家や柵や草木などは以前として荒れていて、モンスター襲撃の爪痕は多く残っていた。


 それらを修復しながら、ノーラは村での日々を、とりあえずは忙しく過ごすのだった。

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