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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
三章 村娘、都会へ赴く
17/25

武名

 ノーラは舞踏会場の壇上にいた。

 優勝者の儀式を執り行っていたのである。


 町長から冠をかぶせられ、『なんじ、フィルトラント一の武勇なり』と言葉をたまわる。

 そのあとにノーラという名前の札が、歴代の優勝者の一覧の横に新たに加えられた。


 聴衆も厳かに見守っていたが……ノーラはずっと、とてつもない場違い感を覚えていた。

 大体まだエプロン姿だった。


 しかし町長は気にした様子もなく、儀式を終えるとノーラと握手した。


「本当におめでとう、騎士ローレンスの一人舞台に、新たな展開を加えてくれた女勇者よ」

「は、はあ、勇者じゃないですけど……」


 またまた謙遜なさるな、と笑う町長だった。

 町長は後ろの宝箱から何かを取り出して、ノーラにわたした。


「今回の賞品を贈呈する」


 そういえば賞品があるとかいう話だったか、と見ると、金ぴかの派手な腕輪だった。


「これは王者の腕輪だ。王者のごとく、燃える闘志のような力で、装備者に炎の加護を与えるであろう――。これを持って、邁進して魔王討伐にあたってくれることを願う」


 いや魔王なんて討伐するか!

 叫びたくなったがまわりの見ている人たちはみんなマジっぽいのでちょっと怖い。


 結局、腕輪は受け取った。

 魔王討伐のためのアイテムなんていらないのだが……よく見ると中々にお洒落ではある。

 捨てるに忍びないこともあるし、一応装着しておくことにした。


 壇上から地面に降りてゆくとまた歓声に迎えられる。

 サミーが近づいてきたのでノーラは駆け寄った。


「サミーさん!」

「嬢ちゃん、中々いいものもらったな、いい装備だぜ」

「それより、もうわたし帰れるんですか」


 サミーが頷くと、ノーラは、はー、と息をついた。

 とにかく疲れた。


「もう、武闘会なんて出たくありません……」


 思い返すと、涙が出そうだ。

 よく死ななかったものだ、と今更になって怖くなる。

 やっと宿に帰れるんだ、と思った。


 考えれば、軽いけがだけで済んだのは幸運だ。

 ちょっとだけ、それで機嫌が戻った。

 武闘会云々はとりあえずなかったことにして、宿に戻ってまた明日から町で過ごそう。


 武闘会前の町での日々を思い出すと……これからまた同じ思いができるならプラスマイナスゼロだ、という気もする。


 うふふ、と笑みがこぼれてきて、ノーラは宿への帰路を急いだ。




 宿で一晩過ごして、朝。

 ノーラは疲労が残っていたものの、さわやかな気分で起きた。


 天気がいいのを見ると上機嫌に、すぐに身支度を調えた。


「よし。今日はのんびり買い物にでも行こうかな」


 笑みを浮かべて、その日はすぐに外に出た。


 町に出るとこれまで通り、人の往来が激しく活気がある。

 あの露店通りも見えてきて気分はうきうきしてきた。


 嬉しくなって、早速駆け寄る。

 がやがやと賑やかな中に入ると楽しい。


 が、ノーラはいつもより異質な騒がしさにまだ気付かない。

 周囲の人間がノーラに注目して、恐れ多いというように道を空けているのも気のせいだと思っている。


 えへへーと笑みを浮かべながら、ノーラはあの飾り物屋があることに気付いた。

 前は迷ったが……今更思い悩むこともあるまい。

 髪飾りを買ってしまおうと近寄った。


 あの、最初に自分をきれいと言ってくれたおじさんが店頭にいたので、早速話しかける。


「こんにちはー、おじさん」


 すると、おじさんは驚いておお、と近づいてきた。

 ノーラがにこにことしていると、おじさんは慇懃に言った。


「これは王者様。何がご入り用ですか」

「え? ……王者様?」

「先日の武闘会、拝見させていただきました、誠にすばらしい雄志で……」


 面食らうノーラだった。


 なるほど、露天商のおじさんでもあれを見ていたのか、影響力があるというのは本当らしい、などと思った。

 だがそのときはそれほど気にしないで、どうも、と言って前に見た髪飾りをつけてみたりする。


 やっぱりかわいいかも、わたしって、と改めて鏡を見た。


「どうですー? 似合ってます?」

「ええ、それはもう、とても勇壮に映ります!」


 おじさんは嬉しげにはきはきと言った。

 勇壮? ときょとんとすると、おじさんはまた言う。


「とても強そうに映ります!」


 ノーラはここにきて、やっと言葉を失った。


「やはり戦闘能力の優れたお方はお目も高いですな。でも、何ですな、あなたのような王者にはこちらの方がいいかと。こちらの方が、魔法防御が上がります」


 怪しげな木彫りの冠を出してきたりする。

 何かがおかしい、とノーラは思った。


「魔法……、わたし別に、そういうのは」

「求めてないので?」

「きれいかどうか、気になって……」

「き、れい……?」


 おじさんはなぜか急に言葉がわからなくなったかのようにきょとんとする。


「そんなことはどうだっていいじゃありませんか」

「そんなことって、でもわたし……」


 言って気付く。

 周りを見ると、一歩退きつつも、周囲の人間は皆ノーラを見つめていた。

 適度に距離を取りつつも尊敬と物珍しげなまなざしがいっぱいである。


『さすが王者様、勝ったばかりだというのに装備品のチェックに余念がない』

『あれが王者様か、確かに普通の娘とは違う、勇猛さとどう猛さがある』


 などと声が飛び交っている。


「ではお好きなだけごらんになってください、防御力などの説明は言ってくだされば説明しますので……」


 おじさんは離れ、商品のチェックに戻ってしまう。


 周りはいまだに注目している。

 なぜだか、髪飾り一つが異様に買いにくかった。


 結局、買わずに店をあとにした。

 他の店を見ようといくつかまわってみるが、申し訳ありません、うちには武器は……とか、攻撃力が二倍になる薬を調合したのでいかがですか王者様、とか言われて、居心地悪いことこの上ない。


 そんなこんなで何も買わずに露店通りから出てきてしまった。


「う、うう、なにこれ?」


 何だか求めているものと違う。

 おかしい、前に来たときには普通に町娘的な扱いを受けていたのに……。


 所在なげに歩いていると、そこのかわいいお嬢さん、と男に声をかけられた。

 言葉にぴくと反応して見ると、きざな服装に、髪の毛をなでつけた二十代くらいの男だった。

 ノーラは、前にもナンパしてきた軽薄そうな男だとすぐ気付いた。


 そして、はあ、またかぁ、とため息と同時ににやけ顔を作る。


「あら、わたくしに何か用ですかぁ?」


 と、さっきのことも忘れて上機嫌になって、と変な声を出した。

 男は近づいてくる。


「もしよろしければ僕とお茶でも……」


 だが男はノーラの顔をよく見て一瞬間を置くと、びくっと驚いて一歩退く。

 すぐに男は声色を変え、頭を下げた。


「こ、これは失礼しました!」

「え?」

「まさか王者様だとは気付かず、かわいいお嬢さんなどと失礼を言いました!」

「……べ、別に失礼じゃ……」

「どうかお許しください! もう二度と声をかけたりは致しません!」


 必死な様子で言うと、すぐに走り去っていってしまった。


 ちょっとぉ、とびっくりして少し追いかけると、彼は別の路地のところで、違う若い女の人をナンパしているようだった。

 ノーラは愕然とした。


「あの……。わたし、普通の、村娘なんですけど」


 町で一番誰も真に受けない言葉を一人寂しく呟いた。




 その後、そんな調子がしばらく続いた。


 宿に戻るときも、昨日はなかったのにいつの間にか王者様のご宿泊所、というのぼりが立っていた。


 町中に出たら出たで、人はひれ伏すような調子で接してくるし、ナンパしてくる輩はもちろん、普通の娘としてあつかうものはなかった。


 あるとき、道を歩いていると、酒場から出てきた酔っぱらいとぶつかった。

 よく見ると町に来てサミーと会ったときに目をつけられた、中年のおじさんだった。


 また絡まれるのかと思ったのだが、直後にはおじさんの顔は青くなった。

 ひいいいと声を上げ、済みませんでした、許してください、ぶつかったのはわざとじゃないんです、と尋常じゃない必死さで懇願した。


「殺さないでください、王者様! もう酒も飲みませんからあああ」


 最終的にはそんなことを言って逃げ出した。

 ノーラは様変わりしたおじさんの反応にぽかんとして、すぐにうう、と涙目になった。




 夜、ノーラは宿で一人、はあああとため息をついていた。

 連日の町民たちの態度に、何だか異様なまでに疲れている気がした。


「ひどいよ、わたし、ただの村娘なのにぃ」


 確かに武闘会で優勝はした。

 だがあんなものアクシデントだったし、それでそんなに人の扱いを変えなくてもいいではないか?


 個人としてノーラのことを知らないからかもしれないが、だからってあんなに百八十度扱いを変えなくても、と思った。

 いや、と思って、ノーラはベッドにうずくまる。


 やはり、町民がノーラがどういう人間だか知らない、というのはそういうことなのだろう。

 人間関係が希薄なのだ。

 だから、ノーラに掛かっている看板が変わると、別人のような扱いになる。


 村にいたとき、周りからの扱いに怒ったけれど、その点で言えば、むしろ村より町の方が変わり様はひどかった。

 はあ、とゆっくり起き上がると……首に掛かっている、エンブレムが目に入った。


 そりゃあ村ではめんどくさいことばっかり起こった。

 だから町に来たんだし、村でのことはまだ納得いってなかった。

 でも面倒なことが起こるのは、町にいても同じ気がした。


 少なくともノーラにしてみれば結果的にそうなった。

 村から逃げて町に来れば全部がまし、と思ってたのは、おろかだったのかも知れない。


 村でも面倒は起こる。

 でもまわりの温かさは違うのだ。

 村では村人のみんなや父さん母さんが優しくしてくれる。


 何だか無性に自分の家が恋しくなった。

 両親のことを思うと、二人に会いたかった。


 ジェフとクリスティーナが、小さい頃モンスターに襲われたときに体を張って助けてくれたのを思い出した。

 今だって目の前で襲われていればそうしてくれるだろう。


 そんなふうに二人に優しく抱かれたくなった。

 それに、村で働くことも何となく体が欲している気がした。


 考えると、畑仕事などをしないでいる体が、居心地悪いほどだ。

 そうなると……結論は早かった。

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