知らないうちに
「嬢ちゃん、中々すごかったなあ」
トンプソンに勝利し控え室に帰ると、サミーが感心したように出迎えた。
ノーラは頭を抱えていた。
「いやすごくないですよ! 勝ったら帰れないじゃないですかぁ!」
「一撃で相手を倒しておいて言われてもな……」
「いやだからあれは相手の人のレベルがあれで……その」
しかし言い訳する前に、サミーは入れ違いに大扉の方に向かった。
「俺もそろそろだから、行かなきゃ」
「えっ!? あっ、ちょ、わたし一人? サミーさん!」
ノーラは手を伸ばしたが、サミーはすぐに出て行ってしまった。
唯一の相談相手が消えた。
一気に心細くなる。
当然、勝ち残ったノーラは帰ることは許されていない。もちろん控え室の入口も閉まったままだった。
控え室の中を見渡した。
室内にいる戦士たちは明らかにノーラに注目している。
色物を見る視線というよりは、普通に警戒するような雰囲気だった。
違う、とノーラは弁明したくなった。
自分はうら若き村娘以外の何者でもないのに……。
壁を見ると、トーナメント表でノーラが次の勝負に進んでいるのが見て取れた。
普通に考えて、勝ち上がるほど相手は強くなるシステムであるから、次でどうにか穏便に負けないと……けが程度じゃすまなくなる可能性もある。
でも、さっきの相手を見るに、歴戦の猛者とかそういうのばかりじゃなさそうだ。
まだ大丈夫、次の試合で何とか穏便に降参できれば、たいしたことにはなるまい。
ぐっと拳を握って希望を新たにした。
と、サミーが舞台からすぐに帰ってきた。
「やあ、終わった終わった」
特に疲れてもいなさそうに、ノーラの元まで戻ってくると、椅子に座った。
「あれ、サミーさん、どうしたんですか、何かあったんですか?」
「いや、戦ってきたが、すぐに勝てた」
「えっ。……サミーさんて強いんですね」
「いや、相手が弱かったな。旅人っぽいマントを羽織った、格好は勇者っぽいやつだったが、いかんせんレベルが低かったな」
旅人っぽいマント?
ノーラは、何か引っかかったように、マント、と反芻した。
どこかで聞いたことがあるような気がする。
壁のトーナメント表を確認すると、サミーの相手は勇者ブライアン、となっている。
「ブライアン。って……あの自称勇者の人かぁ」
げんなりしたように思い出す。
かなり前、最初にノーラに面倒を運んできた、レベル上げをしたがっていた冒険者だ。
レベル上げ、うまくいってなかったんだ……と何だかわびしい気持ちになった。
このあと会うことがあったら、パーティは組んだ方がレベル上がりやすいと教えてあげようか、とちょっと思ったりした。
「って、そんなことはどうでもいいんです。サミーさん。わたし次は絶対負けますから」
「降参の通じる相手だといいな」
「降参がだめなら死んだふりしてでも何とかします」
力を込めて言った。
考えてみれば、武闘会から逃げ出すのが評判に関わるなら、第一試合でいきなり降参しなくて、むしろラッキーだったとも言える。
少し機嫌をよくしてサミーに向く。
「死んだふりの練習したいので手伝ってもらえません?」
「ええ? いや、まあいいが……」
サミーが何となく答えた……そのとき。
どたっ。
不意に横で、誰かが倒れる音がした。
見ると、控え室の戦士のうち一人が急に倒れていた。
「え、何?」
ノーラは思わず近づく。
倒れた男は顔を青くして苦しげにうう、とうなっている。
「ど、どうしたんですか?」
「……、俺にあまり近づかない方が、いいぞ」
倒れた男は、苦悶をあらわにしつつも声を出した。
どういうことかとたずねようとしたが……今度は、すぐ横にいた男が、膝をついた。
「くそ、俺も実は昨日から、具合がよくなくて……」
ええっ、とそっちを見ると、同じように、青くなった顔をゆがめている。
脂汗を浮かべて、どだっ、とすぐに床に倒れ、はあはあと息を継いでいた。
「な、何これ……」
仮病、というような感じには見えない。
ざわつく控え室の中、ノーラもわたわたとして見ていると……ばたっ。
何と、さらにもう一人が不調そうに伏せていた。
ノーラは軽くパニックになった。
すると、扉が開いて、運営側の町民と思しきおじさんが入ってきた。
倒れた三人を見ると、すぐにはっとして、額を触ったりした。
「いけない、これは医者に見せないと」
すぐにおーい! と仲間を呼んで、入ってきた幾人かと協力して、倒れた戦士を担ぎ上げて出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと。あの、いったい何が……?」
「待て、嬢ちゃん。近づかない方がいいぞ。ありゃあ、明らかに流行病だ」
サミーがノーラの肩をつかんで引き留めた。
「は、流行病?」
「ああ、最近町で多いんだよ。命に別状はなくてすぐ治るが、結構苦しいらしい。あの男たちも、わずらってたのに無理して参加してきた部類だろう」
「びょ、病気、ですか……」
「ああ、体に自信があるやつに限って、注意が足りなくてやらかすんだ。あのさ三人は、おそらく棄権だな」
ノーラは思っても見なかった事態に唖然とした。
きょろきょろと、周りを見る。
「えっと、じゃあ、試合はどうなるんですか?」
すると、また運営側の人間と思しき男が入ってきた。
壁のトーナメント表の前に立つと、参加者の名前が書かれたところを一人また一人と消していく。
ノーラたちに向いた。
「流行病による急遽の参加停止があったので、彼らとあたる予定だった人は不戦勝で勝ち上がりますんで」
ノーラはちょっと驚いて近づいた。
「不戦勝? 不戦勝って。三人もいなくなったら、結構不戦勝、ありますよね……」
「ああ、いや、三人じゃなくて六人です」
「ろ、六人!?」
「向こう側の控え室でも三人ほど、具合を悪くしてたみたいなんで」
そんなことある?
あんぐりとして表を見ていると……あれ、と妙なことに気付いた。
トーナメントのうち、ノーラに隣り合った位置にいる六人が、きれいに消えていた。
運営の男が線を引いて……表の上でノーラの勝ちが勝手に進んでいく。
えーと、と確認してからまた向きなおって告げてきた。
「第一試合で勝ったノーラさんが二戦不戦勝で、準決勝進出ですね」
ノーラは固まった。
時間をかけて固まりから立ち直ると、震えながら口を開く。
「え、あの。準決勝なんて……いやですよぉ、そんな嘘ついて……?」
「本当ですけど……」
ノーラは死んだふりだか本当に死んだんだかわからないくらい意識を混濁させた。
しばし考えた挙げ句、手足をばたばたさせて詰め寄った。
「何それぇ! 何で何もしてないのに準決勝!? わたしイヤです!」
「いや、まあ、規則なんで……」
彼はそう言うと、面倒になりそうだと悟ったか、そそくさと扉を開けて去っていった。
「何で、棄権は認められないんでしょー! ちょっとー!」
「そりゃ自主的に棄権するのは認められてないが、病気なら仕方ないだろ」
横から言ったのはサミーだ。
「あ、待って、待って! じゃあ、じゃあわたしも流行病! 実はこの前から調子悪かったんです! 待って!」
「いや嬢ちゃんのどこが病気だよ。顔とかツヤツヤじゃねえか。第一、最初の試合も普通に出たんだし」
ぐうの音も出なかった。
とっくに運営の人もいなくなっていたので、ノーラはそんなぁ、とひざまずいて放心するしかなかった。
そのうちに周りは元の雰囲気を取り戻して、すぐに試合の準備が始まっていた。
「嬢ちゃん、元気だせよ」
「だって、準決勝まで上ってくるような人とやらなくちゃいけないんですよ、次……」
「まあそうだが、でも、何とかなるかもしれんぞ。表を見ろ」
「え?」
「もし俺が準決勝まで勝ち進めば、そこで俺と嬢ちゃんがあたることになる」
何、と表に駆け寄ってサミーの線をたどると、確かにそうだった。
「そうなれば、嬢ちゃんが負けたいならそうしてやるさ。俺は決勝に進めるしラッキーだ」
ぱあぁ、とノーラの顔が明るくなって希望に満ち始めた。
何だ、まだ絶望するに早すぎたんだ。
すぐにそんなふうに思い直した。
むしろ、そうなれば一番いい感じに終われるかも。
ふんふんと興奮したように見つめて、ノーラはエールを送った。
「サミーさん、そういうことなら、ぜひ、勝ってくださいね! ファイト!」
「まあ、努力するさ」
態度をくるくる変えるノーラに苦笑しつつも、サミーは試合に備えて準備運動をはじめた。
舞台から控え室に戻ってきたサミーは、体が切り傷だらけだった。
頭をかきながら快活に笑う。
「いやー、悪い、負けちまった!」
ノーラは言葉を失って、サミーの前で立ちつくした。
準々決勝戦。
試合に臨んでいったサミーは、ものの一分も経たずに負けて帰ってきた。
いまだ残る歓声が控え室を満たしている。
ノーラは事態が理解できなかった。
「な、なん、どういうことで……というかその傷は……」
傷一つなかったサミーには、今は明らかに剣で切られたと思しき傷が各所にあって、腕や足は布でぐるぐる巻きにされていた。
回復薬を飲んでいるからか本人は平然としているが、見ているだけで眩暈がしそうな程、血が滲んでいる。
サミーはふむとうなった。
「相手がやつだったんでな」
「え? やつ……誰ですか」
「最初に言ったろ、優勝候補の騎士ローレンスさ」
ローレンス、と鸚鵡返しにするノーラ。
サミーは考え考え言った。
「普通の攻撃はたいしたことなかったけどな、最後の一撃が痛かった。特技なんだろう。評判通り、一刀のもとに切り捨てられたよ。意識まで失っちまった」
言って、へへっ、あいつはレベル二桁だな、正真正銘強い、と笑った。
笑っている場合ではないだろう、とまじめに思うノーラだった。
と、遅まきながらノーラははっとした。
準決勝に上がる予定のサミーが負けて、そのローレンスが勝ったということは……?
「そういうわけで嬢ちゃんの準決勝の相手はローレンスになった。まあ、がんばれよ」
「いやぁあああああー!」