武闘会
「武闘会になんか出るわけないでしょ! ちょっとぉ」
ノーラは控え室で、入ってきた扉をどんどんどん! と叩いていた。
「だ、出してくださーい! 出場というか受付というか……さっきのあれ、取り消してください! キャンセルで、休みます――」
さっきからずっとこうしていた。
と、しばらくしてからドアの向こうから声がした。
「参加者のかたですか。申し訳ないですがトーナメントはもう組んでしまったので途中退場はできません」
そのあとにすぐ、その人の気配は消えていなくなる。
「え、あ、ちょっと何でよー!?」
涙目でノーラはわあああとがちゃがちゃノブをひねりまくった。
当然開かない。
サミーが頭をぽりぽりかきながら室内を眺める。
「まあ、自分で受け付けておいていきなり途中退場するってのも中々、ないだろうしな」
「自分で受け付けてません」
きっとにらむノーラだったが……受付されたと見なされたらしいのはわかっている。
このままじゃ本当に武闘会に出て、誰かと戦わなきゃいけなくなる……。
ぞっとして胸の前で手を握りしめると、サミーに詰め寄った。
「何とか、出なくて済む方法ないんですか? あの、棄権するとか……」
サミーは部屋の武具を触ったりしながら、あっけらかんとして言う。
「いやあ。わからんが、でもあんまり棄権だとか、退場だとか言わない方がいいぜ」
「何でですか?」
「曲がりなりにも武闘会に出場したのに、途中で逃げ出したとなると、腰抜け野郎の烙印を押されるからな。街中で評判がすこぶる悪くなるんだ」
「え……」
「本当に逃げ出したら、今後町で過ごしにくくなるぞ」
「な、何で、そんな理不尽な……」
「注目のイベントだからな。その代わり、優勝者は尊敬の目で見られるぞ」
優勝なんかどうだっていいよ……。
ノーラはやりきれなくなって突っ伏した。
「まあ、戦って負けるぶんには構わないから、とりあえずやってみればどうだい?」
「やってみろって……言われても」
ノーラはおそるおそる、まわりを見た。
狭い控え室に、十人以上がいる。
全員が参加者であろう。
サミーもでかいが、それよりさらに体の大きい武闘家や、岩石のような体躯に巨大な斧を持った男がふしゅーふしゅーと息を繰り返している。
全員が揃って装備に身を固めた、本気で戦いをしようという男たちであった。
ちなみにノーラは一人だけシャツにスカート、エプロンという出で立ちだった。
明らかに浮いている。
既に色物を見るような目でじろじろと見られていた。
「あんな人たち相手に何をやってみろって言うんですかっ」
「ふむ。まあ負けるにしても、それほど手ひどくはやられまいさ。殺されまではしないから大丈夫じゃないか」
それを大丈夫と言えるのか?
もういや……と縮こまっていると、サミーは物色していた武具から、腕にかぎ爪をつけてしっかり固定した。
ひゅん、ひゅん、と感覚を確かめてから、よしと呟く。
「俺はせっかく出ることになったんだし、上を目指してみるかな。……面白そうな相手もいることだし」
「面白そうな相手……?」
「ああ。有名な騎士の、ローレンスというやつが出るんだ、今日は。何でも、どんなに固い装備でも一刀に切り伏せてしまう特技を持っているらしい。今日の優勝候補だな」
装備があっても一刀で切られるって、それ生身だったら死ぬんじゃないか?
ノーラはすっと立ち上がった。
「うん、わたし決めました。そんな人とあたることになったら……いや当たる前に、とっとと降参して負けを認めさせてもらいます」
出場を取り消すことができない以上、ルールの上で負けてフェードアウトするしかない。
決心していると、巨大な羊皮紙を持った人が大きな方の入口から入ってきて、それを壁に貼り付けた。
トーナメント表であった。
三十二人参加するようで、一対一で戦い続けて五回勝てば優勝というシステムらしい。
ローレンス、という人は結構遠いところにいた。
勝ち上がっていかないとあたらないのだとわかってノーラは安心した。
あとは、サミーと初戦にあたれば八百長ができそうなのだったが……サミーは隣のブロックということらしく八人分ほど離れていて、ノーラの最初の相手はトンプソンという知らない男になっていた。
「それではノーラさんは試合なので出てください」
その声にノーラはしばらく気付かずにいたあと、周りの視線にはっとする。
「ってわたし、いきなり!?」
大入口から出て、野外の通路を進むと、もう、すぐに舞台だった。
石畳の四角いステージ――そこへ、ノーラはおそるおそる歩いていた。
わあっ、と会場が歓声に沸いた。
中央の舞台を囲うように、まわりは全部観客席だ。
彼らが皆、舞台に登場した出場者に注目していた。
歓声を一挙に浴びたノーラは、逃げ場がない、と思った。
こわごわと周りを見渡す。
「ううう。う、何でこうなるのよう……」
涙混じりの声も、歓声にかき消される。
舞台に現れたエプロン姿のノーラに、最初は困惑したようなざわめきも交じっていたが……次第に細かいことは気にならなくなったか、ただの賑やかなものに変わっていた。
帰りたいよう、とノーラが思っていると、またいっそう騒がしくなる。
ノーラと反対側の通路から、対戦相手が出てきたのだ。
筋肉隆々じゃない人お願いします……などと願っていたノーラだったが、その予想は裏切られた。
そもそも腕に自信のないものは出てこないわけで、彼も少なくとも体躯は大きい男だった。
戦士というよりは町の無法者という感じで、乱暴そうな髭の男だが、控え室に備えてあった装備は一通り身につけ、大きな剣も持っている。
歓声に気をよくしてか、へへ、と剣を振り回していた。
何でよ……とノーラが悲しくなっていると、間もなく鐘が鳴って高台から声が響いた。
『ノーラ対トンプソン、試合開始!』
えっと驚いて、心の準備が、とわたわたとしていると……相手の男、トンプソンがすたすたっとすぐ間近に迫ってきた。
「何かと思ったら弱そうなガキか。しかも女じゃねえか! こりゃもらったな」
ノーラを見て小ばかにしたように、はっ、と笑う。
愉快そうなままに、剣を構えた。
「しかしこんなガキがてっぺん目指そうなんて、武闘会もずいぶん格が下がったな、一発で仕留めてやる!」
と、いきなり跳躍して剣をぶん! と振り下ろしてくる。
「わー目指してません目指してません、そんなの!」
ノーラはびっくりして、後ろにつんのめる。
かろうじて剣をよけ、どすんと尻餅をついた。
痛あい……とお尻をさすっていると、トンプソンはまた剣を上げて、近づいてくる。
「おめえ、何言ってんだ?」
「わああ。あ、いやだから。てっぺんなんて、わたし別に勝ちたいわけじゃないですし!」
ひゅう、と空を裂く剣。
ノーラは今度は這いつくばってよけながら、ぺたぺたと四つん這いに逃げた。
それに不審げな顔をするトンプソンである。
手を一瞬止める。
「わけのわからないことを抜かしやがる」
好機、と見たノーラは急いで口を開いた。
「いやだから。そのぅ、わたし、出場したのは手違いというかなんというかあれなんです。だから、えと――わたし降参するのであなたの勝ちでいいですっ!」
「問答無用!」
「ぎゃああ何でっ!?」
思いきり斬撃を見舞ってくるトンプソン。
ぎんっ! と石畳に剣がぶつかり、軽く火花を散らした。
ノーラは驚いて転げている。
大ぶりの剣がスカートの端をかすめていた。
髪の端も切られてブラウンの髪が数本、風に舞っていく。
鼓動を強くしながら、唖然とする。
「こ、降参するって言ったのに……」
「ふん、そんな作戦に乗るか!」
「作戦なんかじゃないのに……わたし、ほんとに降参しようと」
「じゃあお前の持ってるそれは何だ」
「え?」
彼はノーラの装備を指す。
ノーラは、木の棍棒を手に持っていた。
控え室で装備品が借りられるということで、何もないよりはと、出てくる直前に急いで手に取ったのである。
「しっかり武器持ってんじゃねえか!」
「い、いやこれは、だって何もないと不安だし、自衛のためにというか……一応戦いの備えは、その」
「やっぱり嘘じゃねえか!」
トンプソンは怒気を含めて迫った。
ノーラは走って狭い舞台を逃げはじめた。
「嘘じゃないですよぉおー!」
「テメエ、俺は頭悪いと言われることはあるが、いくら何でもそんな嘘にだまされとでも思うか!」
「知らないですよそんなのぉおおおお!」
ノーラはだだだだ、と全力疾走する。
馬鹿にしやがって、ぶっ殺してやる! とトンプソンは頭に血を上らせて剣をぶんぶん振り回してくる。
ノーラは涙目でしばし走り回っていたが、狭いので割合すぐに壁に追い込まれた。
「はあ、はあ。くそう、ちょこまかしやがって、やっと追い詰めたぜ」
髭面を歪ませて、息を上げながら柄を握り直すトンプソン。
「娘一人に手こずったとあっちゃ外聞に関わる。ここらで仕留めてやる」
目が本気だった。
本当に殺されるかも、とノーラはぞっとして手をぶんぶん振る。
「わああ、ま、待ってください!」
誰が待つかとばかり、今度こそはと剣を振り下ろすトンプソン。
叫声を上げるノーラだが、今度ばかりは本当に相手も待ってくれない。
剣線がノーラに向かってくる――が、必死のノーラはふとそこで気付いたようにごろっと転がる。
カンッ。
ぎりぎりのところで剣が外れて壁に当たる。
「何、こんな近くで……ッ」
彼は信じられないように見る。
すぐにもう一度持ち上げて振り下ろすが、わ、わっ、と反対側に転げたノーラには、またもあたらない。
「この、っ、ちくしょう、なんでだ……!?」
ノーラははぁはぁ言いながらも思いついたことをおそるおそる聞いた。
「も、もしかしてあなた、レベル1だったりします……?」
「? 何がだ、というか俺はレベル2だ!」
ノーラは何となく理解する。
2でもノーラよりは低いのだ。
何となく攻撃が見える気がしたのはそのせいだったのだろうか?
「それがどうした、ごちゃごちゃうるせえ。いい加減に喰らえッ!」
再度剣を両手で持って、トンプソンは攻撃した。
ノーラはびくっとして持っていた棍棒を水平にして前に押し出す。
こん、と言う音がして、剣の動きが止まる。
棍棒が剣を止めていた。
驚愕を浮かべるトンプソン。
必死にノーラが押し出すと、ぐぐ、ぐ、と力負けして彼の方が後ろにつんのめった。
おお、と周囲がどよめく。
「や、やっぱり……」
ノーラが言っていると、逆上したようにトンプソンが憤怒を浮かべた。
「このやろう、ガキのくせになんて力だ……ちくしょうっ!」
思いきりまっすぐに突っ込んできた。
闇雲に剣を振り上げて、跳躍してノーラに斬りかかる。
反応が遅れたノーラは、今からよける暇もない、と気付いた。
それで本能的に、棍棒を振りかぶっていた。
「わああっ。もういやーっ!」
そう叫んで、棍棒を宙に投げた。
それは適当に放ったのだが――バキッ!
棍棒はまっすぐな軌道を描いて、トンプソンの顎にクリティカルヒットした。
直後、彼と一緒に地に落ちる。
ずうん、という音のあと、あたりは静かになった。
しばしノーラがぽかんとしたあと……ワアアア! と歓声が上がりはじめた。
ノーラがはっとして見ると、トンプソンは……地面で気絶していた。
『勝者ノーラ!』
声が上がってノーラもようやく気付いた。
感嘆の声に囲まれているのを見て、きょろきょろしてから自分を見下ろした。
「え、や、やった! ……じゃない、あれ!?」
びっくりしてまた見回す。
さっと顔が青ざめた。
「違うって、勝ってどうするの!」