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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
三章 村娘、都会へ赴く
11/25

ノーラの不機嫌

 ノーラはこの日も農作業をしていた。

 牛に刃のついた農具を引かせて畑を耕作していく作業である。

 四頭の牛を従えつつ、広い畑ひたすら歩いていた。


 あれから少しの間経っていた。


 自称勇者、アルフォンスたちの一行は村を追い出されていた。

 というかノーラが追い出すようにして旅立たせた。

 彼らのその後は知らない。


 今頃どこで何をしているやら知らないが、ノーラにはどうでもいいことだ。

 早く忘れたいばかりである。


「それにしても暑いなあ」


 労働と太陽の暑さに汗が滲み、手で顔をぬぐう。

 疲労も滲んでいた。

 というのも、なぜだか最近頼まれる仕事の量がやたら多くなっている気がするのだ。


 この仕事を頼んできたランディおじさんは確かに壮年だが、もう少し自分でやってもらいたい。

 そのランディおじさんが、畑の外から呼ぶ。


「ノーラちゃん。こっちは終わったよ。そっちが終わったら、こんどは干し草作りを手伝ってくれねえかい?」

「はあ、またですか、もう疲れましたよー。他の手伝いもあるし」

「だってノーラちゃん、体力あるからね。それに腕っ節もあるし」


 からから笑うおじさんに、むう、とうなるノーラである。

 すると、別のおじさんが通りかかってノーラに目をつける。

 これまた小麦を多く作っているポールおじさんである。


「ノーラちゃん。ちょうどいいところに。これからパンを焼こうと思ってたんだが、よかったら火おこし手伝ってくれないかい?」


 ノーラは少しだんまりになってから言う。


「火くらいおこせるのでは……自分で」

「まあ嬢ちゃんにやってもらうと早いし……。すぐ帰ってもらっていいからさ。頼むよ」


 えー、と不満の表情のノーラだが、さあさあ、と近くの小屋の中に案内されてしまった。

 パン窯があって、おじさんに、さあ、と言われる。


 ノーラは口をつぐんだが、さあ嬢ちゃんあれを! と期待のまなざしで見つめられたので……顔をゆがめつつも、窯に手をかざして、呟く。


「フレイム」


 ノーラの手から炎が生まれて、ぼうっ! と窯の蒔に勢いよく火がついた。

 おお~と感心して拍手するポールおじさんだが……ノーラは不機嫌な面持ちである。


「時間があればまた頼むよ、ノーラちゃん」

「……ってこんなのイヤだ! もう!」


 なぜ、すごいじゃないか、と怪訝なおじさんだが、ノーラは地団駄を踏む。


「すごくてもおかしいでしょ! こんなのー!」


 燃える薪を憎らしげに見つめる。


 洞窟の件があってから、こんなことが増えた。

 火種がなくても簡単に火をおこせるのが村人に好評で、よく頼まれるのだ。


 だが手から火を出すなんて非常識なことはしたくない。

 実はノーラ、テラーワームを倒したことでさらにもう一つレベルアップし、なんの才能か火以外にも風を操る魔法を覚えたりしていたのだが……そんなのは知られたくないので誰にも見せていなかった。


 と、パン窯から逃げ出したところで、今度は武器屋のグラントおじさんと出くわした。

 おじさんはノーラをみとめると、ちょうどよかったと呼び止めた。


「嬢ちゃん。実は新しい剣を作ってみたんだが。よかったら感触を見てくれないか」

「感触?」


 幅広の片手剣を取りだしたおじさんは、ノーラに剣を渡した。


 有無を言わさず握らされた剣を微妙な面持ちで眺めていたノーラだが……ひゅんっ。

 ふと振ってみると意外に軽い。

 見た目よりも使いやすそうな感じもする。新作と言うことは攻撃力もそれなりにあるのだろう。


 これでモンスターが倒せるというのなら悪くない気もする……。


「気に入ったんなら、買わないか? 嬢ちゃんなら安くしとくよ」

「えっ、うーん。そうですねえ……」


 ノーラは一瞬、真剣に悩んだ。

 それからはっとして、バンッと慌てて剣を捨てた。


「あああ! 何すんだ!」

「何でわたしに剣なんですか! 他の人に見せてください。剣なんか使わないですよ」

「い、いや。またどっかで戦うならいるかと……」

「た・た・か・い・ま・せ・ん」


 不思議そうな顔をしているおじさんに、ぷんぷんと憤慨して念を押すノーラだった。




 明らかにまわりからの扱い、というか見る目が変わっている。


 ノーラはむううとうなりながら村を歩いていた。

 体力があるとか腕っ節があるとか強いとか、よく考えればこの頃、そんなことしか言われてない。

 納得できない。というか、悲しすぎる。


 ぷりぷりしながら歩いていると、視界の端に若い青年の姿が入った。

 ユーリである。

 水くみをしていたらしい。

 水を入れた瓶を積んだ荷台を引いている。

 すぐに向こうも気付いて近づいてきた。


「やあ、ノーラ。この前は、洞窟についていってあげられなくてごめんね」

「あ、ううん。別に。もういいの」


 ノーラは首を振った。

 あのとき病気で寝込んでいてノーラを一人で行かせたことを、ユーリは前から謝っていた。

 他の人にも洞窟の件については言われたりしたが、こういう態度をとってくれるのはやはりユーリくらいに思える。


 それで何となく溜飲が下るような気になるノーラだった。

 ユーリはノーラの視線に気付いたそぶりもなく、思い出すように言った。


「でもあの洞窟のモンスターを倒すなんて本当にすごいよね」

「え? いやぁ、別に……。っていうか偶然、何とかなっただけだし。大変だったのよ」


 ノーラはことさらに強調したが、ユーリはううんと否定した。


「普通の人じゃできないことだよ。最近、よく働いているし、ノーラはたくましいね」


 純粋に感心するような表情に、ノーラは何だか雲行きの怪しさを感じた。


「そんなこと。わたし、その。普通の女の子だし……?」


 ノーラの言葉を無視して、不意にユーリは遠くに視線をやった。

 その先にいたのは……マリアだ。

 酒瓶を運んで、酒場に入っていくところだった。

 相変わらず女性的なワンピースを着て、髪をきれいになびかせている。


 その様子をユーリは熱心に見ていた。

 ……明らかにマリアに感心がある、とノーラは思った。


「ねえノーラ」

「な、何?」

「マリアって、どういう男性がタイプなのかな。僕でも、何とか気を引くこと、できるかなあ」


 がーーーーん!

 とノーラはショックを受けた。

 あっけらかんとしているユーリだが、その表情がノーラにはなお突き刺さる。


 マジで? マジで? と心の中で何回も確認したあとにゆっくり口を開いた。


「ゆ、ユーリ、マリアさんがいいの?」


 するとこともなげにまあね、という。

 ノーラはしばらくひゅーひゅーと呼吸に苦しんだ。


 いや、前から少しずつ感じてはいたのだ。

 ノーラがモンスター関連の騒ぎを起こすたびに、ノーラを女子扱いしない風潮ができていた。

 どんなに気を遣ってくれるユーリでも、例外ではない。

 どうやら、洞窟の件が本格的な引き金のようだ。

 あれを気に、ユーリの興味は本格的にマリアの方に行ったのだ。


 こんなのって、なくない?

 あんな目に遭って、ユーリにまで女子扱いされないなんて……。

 扱いが不当すぎる。

 自分は何かあるたびにアクシデントに巻き込まれているだけなのに……。


「どうかしたの?」

「い、いや……あ、その。わたし、忙しいから」


 声を絞り出す。

 そう? じゃああとで、と言うユーリに背を向けて、ノーラはふらふらと歩きだした。

 すると今度は酒場の横を通ったときにマリアが出てきた。


「あら、ノーラ。何してるの?」


 ぐっ、とやり場のない怒りを感じて、ノーラは別に、と答えた。


「ふうん? 変なの。手伝いはいいの?」

「もう十分やってきました。マリアさんこそ、酒場の中で準備進めなくていいんですか?」


 つんけんと言うしかできないノーラだった。

 マリアは、そこでそうそうと頷いた。


「ノーラを探そうと思っていたのよ」

「わたし?」

「ええ。今父さんから聞いたんだけど。また新しい冒険者が村に来たらしいわよ」


 ぴく、と反応するノーラ。


「だから、慣れてるだろうし、暇だったらノーラに対応させたらって話しになってるって」

「……」

「どう、ノーラ。ちょうど暇そうだし、行ってみたら……」

「……もういや」

「え?」

「もういやああっ! ていうか暇じゃないし! 暇じゃないしいぃい!」


 大声で叫ぶとマリアをほっぽって駆け出した。

 ぽかんとするマリアを背に、その場を去っていくノーラだった。


「うわあああん!」




「というわけで村長。わたし、家出します」


 ノーラは、ぬん、と村長を真顔で見据えながら言った。

 ただでさえ面食らっていた村長のドロワおじいさんは、さらに不可解な顔になった。

 ノーラは突然に村長の家を訪ねたのだった。


「ふうむ。……家出とは?」

「だからもうイヤなのでしばらく出ます」


 村長はいまいちわかっていない様子で髭をなでた。


「寝泊まりは他の家でするのかね」

「そうじゃなくて。しばらく町に行きます。『フィルトラントの町』に」


 フィルトラントの町、というのは村の西方向に位置する大きな町だ。

 商業都市でもあり、村に比べると大きくて人も多く、栄えている。


 大陸の離れたところまで行けば城もさらに大きな町もあるのだが、少なくともこの近辺では他に町はない。

 なので、このあたりで町といえばフィルトラントのことを指した。


 村民も奮発した買い物や出稼ぎのときに赴くのはもっぱらフィルトラントで、距離があるためめったに行きはしないが、名は皆知っていた。


「何でまた町なのかね」

「もうモンスターとか勇者とか、魔法とか宝探しとかたくさんなんです! 意味がわかりません。わたしは、村娘です。町へ行ったら町娘です。とにかく危険なのはこりごりなんです」

「なるほど」

「なので、しばらく身を隠します。今のような感じじゃ、村にはいられません」

「ノーラがいないと困る村人もおるじゃろうて」

「それは、まあ……でも、わたしがいないと全くだめ、って仕事があるわけじゃないし、とにかくしばらくごめん被ります」

「金銭の方は大丈夫かね」

「ずっと最近手伝いをしまくっていたんでお小遣いは貯まっています」


 直接お駄賃をもらったりするケースや、他にも収穫したものやもらった家畜を行商に売ったりして、実はかなり貯め込んでいたのだ。


 村長も仕方なしに頷いた。


「なら大丈夫そうかの」

「今すぐ町に出たいんですけど……」

「なら今、ちょうど町からの行商団が村に来ているところじゃろ。今日には帰路につくはずじゃ。それについて行かせてもらえばいいじゃろ」


 そうですか、じゃあすぐに準備しますありがとうございました! と急ぎ足で出ようとするノーラ。

 うきうき、というよりは鬼気迫る表情である。


「フィルトラントは最近、流行病があるらしいから気をつけるんじゃぞ。うちの村人も何人か寝込んどったからな」

「大丈夫でーす! わたし、病気にはめっぽう強いのでー!」


 振り返りもせずに大声で答えると、そのまま走り去るノーラだった。

 見送っていた村長は、ふぅ、と一仕事したような疲労を顔に浮かべた。




 その足でノーラは自分の家にまず帰った。

 それから食卓の席で、律儀に両親に事情を説明し、これから家出しますと神妙に告げた。


 ジェフとクリスティーナは驚いて顔を見合わせたが、真剣な顔で頷いた。


「そうか、残念だが、ノーラが決めたことなら仕方ない。なあ、クリスティーナ」

「ええ。ノーラ、早めに帰ってきてね」


 そんなことを言って、二人はノーラを抱きしめた。


「あげられるお金もあまりないのが心苦しいけれど……」

「大丈夫。お小遣いはあるし。それに、これもあるから寂しくないよ」


 言って、あのエンブレムのついた首飾りを示してみせた。

 洞窟の時にもらったものだが、何だかんだでお守り代わりにずっとつけていた。


 昼過ぎ、それじゃあ言ってきますと少し寂しげに告げると、ノーラは家を出た。

 だが歩き始めると、すぐに楽しい、安堵したような気分になって、ふんふん鼻歌など口ずさみながら進んだ。


 村長で聞いたとおりの場所に、行商団がいた。

 十人以上の商人たちで、村や町をまわっては商売をしている、旅に慣れた人たちである。


 彼らに合流すると、ノーラは早速彼らにいくらか払って、町まで一緒に連れて行ってもらうことになった。

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