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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
二章 村娘、洞窟へ行く
10/25

テラーワーム

「た、助けてえええ! 勇者さんたち!」


 閉じ込められた空間の中。

 ノーラは大声で叫びながら、内側から壁をどんどんと叩いていた。

 しかし先ほどから反応は全くない。


「っていうかいないし!?」


 向こうに人の気配がないと知ると愕然として、きぃいいー! とまた声をあげた。


 ずうん……、と音がした。

 ノーラが背後を見ると、部屋を振動させながら、背後でテラーワームが足を動かしていた。


 体の伸縮も同時にさせつつ、ずりずりとノーラに近づいてこようとしていた。

 動きは鈍重だが、何しろ大きい。

 かちんかちんと歯を鳴らす仕草も猛獣のようだ。


「い、いやああああ!」


 ノーラはすぐそばに迫っていた化け物から、岩壁にそってまわるように逃げる。


 テラーワームは何十もある足をうねうねと動かして旋回し、すぐにノーラを追ってきた。

 足が動くと粘液がまわりに飛び散る。

 ノーラは怖気に襲われてより必死に逃げた。


「き、気持ち悪っ……!」


 だが、それが相手を刺激したのかどうか、テラーワームはスピードを上げてずぞぞぞっと旋回すると――ぐおん!

 胴体で突撃してきた。


「きゃあああああああ!」


 ばいんと胴体にはじき飛ばされて、岩の床を転げるノーラ。

 壁にぶつかって、痛た……と慌てて立ち上がる。

 幸い胴体が柔らかかったため致命傷でないが、それでも、派手に転げて体は傷だらけだった。


 エプロンとシャツ、スカートにテラーワームの体の粘液がついて、べとべとである。

 お気に入りの服がめちゃめちゃで、ノーラは涙目になっていた。


「ううう、もういや……」


 気持ち悪すぎるし。

 何なのよもう、と、うねうねしているテラーワームの胴体にぼごっと蹴りを入れた。


『ボヴァアア!』


 すると、怒ったように敵は速度を上げて、口元の触手をしゅうっと伸ばしてきた。

 瞬時に、それはノーラの胴体に巻き付いた。

 ぐいっと触手で持ち上げられたノーラは、テラーワームの口元の空中まで持っていかれる。


「ぎゃ、ぎゃあああああ!」


 我を失って、ノーラはめちゃくちゃに暴れた。

 と、触手のぬめりのおかげか、ぬるっと滑り降りるように地面に墜落する。


「ぎゃふん!」


 追突した顔を押さえてうめく。

 ……が、触手からは何とか助かったようだ。

 ノーラは慌てて距離をとった。


 だが、元々広くない部屋なのである。

 すぐ近くでふしゅふしゅと口から吐息を漏らすテラーワームを見る。

 そうしていると、今、こいつはひょっとして、わたしを食べようとしたんじゃ……などと思えてきた。


 テラーワームは、かちかちと歯を鳴らして、いっそう唾液だか粘液だかを口から垂らしてきた。

 ノーラはぎょっとして、慌てて首を振った。


「わ、わたしなんて食べてもおいしくないよ!」

『ボヴァボヴァ』

「『いやいや』じゃなくって……っていうかそう言ってるのか知らないけど」


 するとすぐにテラーワームはそれを実行するように、ずずずっ、と真正面からノーラに突進してくる。


「ひいいっ!」


 間一髪で真横に飛んですっ転んだので助かった。

 ごおん! とテラーワームは壁に激突し、一瞬止まる。

 が、胴体からうねうねと動いてすぐに戻ってくるのは明白だ。

 何とかしないとやばい。


 ノーラは冷静になって考えた。

 逃げることはできない、何とかしてこいつを殺さないと、わたしは食べられることに……。

 それはいや過ぎる。


 テラーワームがまだ壁で藻掻いている間に、ノーラは、地面に落ちている尖った大きな石を、両手で持ち上げた。

 そしてテラーワームの胴体に近づく。

 ふんっ! と思いきり振りかぶって、先端が刺さるように石をワームにたたきつけた。


 つるん。

 ゴッ!

 胴体の粘液で滑って、ノーラのすねを強打した。


「いだっ!? 痛いよもおおおお!」


 一人で怒るノーラだった。

 だがしばしのあと、はっとしてテラーワームを見ると――傷一つできてないなかった。

 人間だったら致命傷になるような一撃だったはずである。


「全く意味がないなんて……これじゃ、剣で切っても倒せないんじゃあ……」


 戦慄していると、テラーワームは壁から顔を離してうねり、ぐるんと顔をこちらに向けた。

 周りを見ると、後ろは壁で、あとの三方はワームの胴体と顔で囲まれていた。

 しまった――と思うと同時。


 しゅううっ!

 また触手が伸びてきてノーラに巻き付き、ノーラの体を持ち上げた。

 今度は厳重に、何重にも触手が巻き付いている。

 もちろんぬめりで落ちるようなことはない。


「ど、ど、どうすりゃいいのよぉ」


 かぼそい声を出すと、ふしゅふしゅと音を出しながらテラーワームが口を近づけてきた。


「た、食べられる! たすけてえええ!?」


 ノーラはがなり声で叫ぶが、テラーワームは当然止めるようなことはしない。

 触手を器用に動かすと、舌を出してノーラの体を口の中まで運んでいこうとする。


 丸飲みにしようという算段らしい。

 歯を通り過ぎて口内に入れられた。

 かみ砕かれるよりはましかなぁ……と一瞬思ったものの結果は同じことと気づいた。


 それで何とか暴れようと思ったが……もうすでに、舌が体を包むところまでいってしまっていた。

 ノーラは涙目に叫んだ。


「お、おとうさーん! おかあさーーん!」


 だがそんなことを口にしつつも、あぁもうだめだ……と観念しかけていた、そのときだった。


 ワームが遅まきながら何かに気付いたようになり、急にノーラをペッ、と吐き出した。

 え、何……とノーラが混乱していると、まだ巻き付いている触手を、今度は口元に持っていきつつそこで止める。


 怒ったように歯をがちがち鳴らし、ノーラの足下をかみ砕こうとする。


「な、なんで丸飲みにしようとしてたのに急に歯を……!?」

『ボヴァァァァアーッ!』

「な、何よ!」

『ツルペタヴォヴァー!』

「……!?」

『ムネナシ、ヴォヴォヴァー』


 ノーラはしばし黙った。


「……、何でどいつもこいつも……」

『ヴォヴァ……』

「少なくともあんたに馬鹿にされる筋合いはなあああああああいい!?」


 ノーラは自分を掴む触手を一本掴んで、思いっきり両側から引っぱった。


 ぶちっ! と音がして触手が切れる。


『ボヴァッ!』


 ノーラは体に力を入れて思いきり腕を広げようとする。

 すると……ぶちぶち、と巻き付いている触手がちぎれて落ちていく。

 きいい! と力を入れると、そのうちに全ての触手が切れて、ノーラは地面に降り立った。


 今まで思いっきり力を込めたりはしていなかったが、どうやら触手は切れるものらしい。

 いや、単に触手が弱い、とそういうことだけではなさそうだ。


 ノーラは何となく気付いた。

 今まで意識していなかったが、体にみなぎる力が、村にいたときよりなぜか一段上のものになっている気がした。


 別人になったかのような感覚すらある。

 でもそれよりノーラは理不尽な怒りにさいなまれていた。


「このキモミミズぅ……!」


 手近な触手をまた一本ぶちぃっ、とちぎる。足も思いっきり引っぱってちぎる。

 胴体以外は結構脆いらしく、力を入れれば根元から引きちぎれた。

 そのたびに黒い血液がどばっと出たが、ノーラはそれでひるむような状態でもなくなっていた。


『ボヴァー!』


 悲鳴のような高音を出してテラーワームが振り返ると、ノーラにまた突っ込んできた。

 さすがに正面から来られるとどうしようも無い。


 慌てて顔からそれるように逃げる。

 その途中にも目につくたびに苛々してくるせいか、うねるワームの足を掴んでは引きちぎっていく。


 しばらくしてかなりの足をもぎとった。

 だが、ワームにはそれほど痛手ではないらしく、ノーラを追う速度は弱まったものの、気勢は衰えない。


 ノーラは力任せに胴体を殴る蹴るしてみたがそれも効果はない。

 背面よりは腹面の方が効果があり、ちゃんとした剣などがあればここを狙えただろうことはわかったが、結局こぶしでは意味がなかった。


 だがこのときのノーラは怒りにまかせているため、絶望はしなかった。

 胴体そのものに巻き付かれるようになって、テラーワームがまたかみ砕こうとすぐ近くまで顔を寄せるが、ふー、ふー! と獣のような吐息と眼光を相手に向ける。


 変なものが体からこみ上げてくる感覚があった。

 これも前にはなかったもので、気持ちの悪い感覚だが、本能がこれを使うように体に命じているのだけはわかった。


 ワームが大口を開けてノーラに襲いかかる瞬間。

 ノーラは右手をその口につきだして、半ば切れ気味に叫んでいた。


「いい加減にしてよもおおぉおおお! ふれいむううううぅっ!」


 その瞬間、突き出したノーラの手が、部屋を包むほど発光し、そこから火炎が生まれた。


 火炎は玉になってワームの口に吸い込まれた。

 間もなくそれは小爆発を起こし――ワームの体全体を焔に包みこんだ。




 アルフォンスたち四人は、村人と共に村からまた出ようとしていた。


 洞窟内をまわって、何とか別の通路からボス部屋に入る方法を見つけた。

 だが入ったボス部屋に既にノーラがいなかったため、帰ったと思って自分たちも村へ戻ったのだ。


 しかし村にノーラはいないので、再度村人と共に探索に出ようとしていたのである。


 と、ついてきた村人の一人が、不意に遠くを指した。


「あれ? 誰かいるぞ?」

「ノーラちゃんじゃないか?」


 他の村人も、気付いたように遠くを見て、口々に言う。


 実際、アルフォンスたちが見ると、遠くから人影が歩いてきていて……確かに、ノーラだった。

 洞窟がある方向から、野原をゆっくり歩いてきている。


 のだが……実際ノーラかどうか、かなり近づいてくるまで、村人は半信半疑だった。

 というのも、ようやく姿の見えてきたノーラは、見た目があまりにも変わり果てていた。


「ノーラちゃん……か?」


 ふふ、と薄暗い笑みを浮かべながら歩いてくるノーラは、ボロボロであった。

 服もスカートもエプロンもすり切れて、なぜか何かの粘液でべとべとになっている。


 体の各所を擦り傷、切り傷で痛めて血が滲んでいた。


「ただいま……帰りましたぁ」


 そんなノーラが鬼気迫るような顔をしていたので、村人が迷ってからたずねた。


「どうしたんだい、その、ノーラちゃん」


 ノーラはふ、と声を漏らして手を前方に出す。

 何かがごろっとと転がる。

 ひっ、と村人が飛び退いて見たのは、黒い血が滴る、テラーワームの巨大な目玉であった。


 ノーラはテラーワーム撃破後、モンスターに出会っては逃走を繰り返して村まで戻ったのだった。

 本気でやばいときには、ジェフからもらった回復薬を使って事なきを得た。

 あれがなければ確実に死んでいただろう。


 瞠目している村人を尻目に、アルフォンスが前に出てたずねた。


「その目玉は、洞窟のボスモンスターのか」

「え、嬢ちゃん、洞窟のモンスターを倒したのか?」

「倒しましたよ、それが何か!?」


 急に切れるノーラに一歩引く村人だった。


「い、いや……だが、どうやって」


 ノーラは薄暗い顔になって、手をゆっくりとかざした。

 ぼうっ! と手から炎が生まれる。

 うお、と村人たちは目を見開いた。


「そりゃ、魔法か……もしかして。噂に聞く」

「勇者さんたちがモンスターを倒すのに同行しているうちに……レベルアップとかいうのをしていたらしくて……」

「へえ……そりゃ、すげえな」

「すごくないですよおおお!」

「いや……すごいだろ」

「何がすごいものですか! 何ですかこれ! 火を出すなんてどう考えても普通の人間じゃないでしょ!」

「いや、まあ。それは……」


 おじさんたちが答えに窮していると、ノーラは頭を抱えてうずくまるのだった。


「火を出す女なんて、嫁に行けないですよぉおお、もぉおおおおお!」


 地面に手をついて、ノーラはほろほろと泣いた。


 マリアには馬鹿にされるし、モンスターとは戦わされるし、レベルは上がるしで……考え得る限りで人生最悪の日であった。

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