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村娘のノーラさん  作者: 松尾 京
序章 村娘、日常を過ごす
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プロローグ

 冒険者たちが、村で看板を眺めていた。


 へんぴな村である。

 大陸各地にある町などとは比べるべくもなく、どころか村としても小さい。

 実際「はじまりの村」という名の由来さえ、村人自身がよくわかっていない。


 つまり気にされるようなことがほとんどない、変哲のない村である。


 その村に、普段はいないような、甲冑やらマントやら様々な武装をした冒険者たちが集まって看板を見ていた。

 誰が立てたのかもわからない看板な上、やたら剣呑な集団に、正直村人は迷惑していたが、冒険者たちは一生懸命に見つめていた。

 そこにはこんな文句が記されている。


  かの魔王、時を経て再び復活したり。此を討伐する勇者は英雄となるであろう


 これを見て、我こそは、と旅立ちの決心をしているのだった。


 実は魔王が復活したのは噂にもささやかれていた。

 古代勇者の英雄譚を知るものは、モンスター凶暴化などの環境変化からそれを知っていたし、そうでなくても、この中の自称勇者たちの何人かは、精霊の導きを受けたり、言い伝えに従っていたりして、それぞれ魔王の復活を前提として知っているのだった。


 だから別にここに来なくてもよかったのだが、一応、儀式であるかのように、皆がこの看板を眺めていた。

 気合いを入れるかのように拳をならしたりしている。


「魔王が復活したな。倒すのは間違いなく俺だ」

「いや、何を言っている。僕に決まっているだろう」

「何を言う。俺が先だ」


 などと皆が皆アピール合戦である。


「何言っているのよ、わたしよ」


 と、そこで皆が振り返った。

 ここでは珍しい女の声だったからで、全員が全員で後ろを見る。


 このとき、実は声を発したのは斜め後ろにいた背の低い女勇者だったのだが……その目立たなさ故にスルーされてしまい、皆が見たのは後ろの、離れたところであった。


 そこに一人の少女がいた。


「えっ、……何? わたし? え、何?」


 少女はびっくりして集団を見返す。

 冒険者たちは、あんな少女も魔王を倒そうとしているのか……と敵意やら呆れやらを飛ばす。

 その少女は、なんということもない、平凡なシャツにスカートにエプロン、という格好をしていたのだ。


 まったく勇者の権威も落ちたもんだ、とにらみをきかせる冒険者たちに、な、何、怖い、と呟く少女だった。




 冒険者たちは看板を眺める作業に戻ったが……。

 少女の方はしばらくの間、怖くて固まってしまっていた。

 見ての通り、本当にただの平凡な少女である。

 ノーラという、一介の村娘だった。


 不運にもタイミングが悪かったのでにらまれてしまっておびえている、十五才の少女である。

 魔王など倒そうと思っているわけがない。


「ノーラ、どうしたんだい?」


 父のジェフが言う。

 この父と一緒に、自分の故郷の村からここでしか手に入らない、薬膳につかう草を買おうと行商について村に来ただけだった。


「何でもないけど……うう。怖かったあ。何なの、あの人たち……」


 ノーラはちょっと涙目になって冒険者たちを見るが、人だかりがあるだけでそこに何があるのかはわからない。

 関わらないのが一番だ。

 そう決めると、ノーラはそそくさと父のあとを小走りした。


 早く村に帰りたい。

 そう思う村娘のノーラは、すぐに冒険者たちの記憶から消えた。




 ところでこのノーラの故郷は、先の村から、西の離れたところに位置するテトラという村だった。

 村人が日々せわしなく労働に励む農村である。


 この日もノーラは朝早くから手伝いに出ていた。

 朝を告げる鐘が響く前から畑に出る。

 で、収穫時期に来ていたので、鎌で土から生えている作物の茎をどんどん刈っていく。

 畑を管理しているおじさんの手伝いだった。


「いやあ、ノーラちゃん、いつも悪いねえ」


 畑の中、中年のおじさんが作業しつつ横で言う。

 いえいえ、と返すノーラは上機嫌だ。


 おじさん一人だと大変だから、というのもあるが、ノーラも別にボランティアなわけではないのだ。

 大体の場合、お駄賃をもらったり、収穫の一部をもらったりする。

 稼いでいると考えると、うふふ、と笑みさえこぼれるくらいだ。


 ただ、駄賃のためだけでもない。

 大きくない村では、当たり前のことだが、村人の利益はみんなの利益になる。

 いっぱい仕事をすれば、食料もお金も出回る。

 そうでなくても、村人は家族のようなものでもある。


「にしてもノーラちゃんは、ほんと男みたいによく働くねぇ」


 ノーラはそこでぴた、と手をとめた。ぷくっと頬をふくらませる。


 ……これは最近の悩みだ。


 どうも、一生懸命働いているのが評判で、この頃そんなことを村民から言われはじめていた。

 いや、考えれば昔から言われていたかも知れない。

 ただ昔は子供ながらに、という前提があったのだが……十五才になったノーラの働きぶりは今、大人も凌駕するほどだった。


 それがノーラにはあまりありがたくない。


「わたし、女の子ですよぅ」

「いやそりゃ知ってるよ。男並みに、ってことだよ」


 おじさんの顔には感心しか浮かんでいない。

 これも最近気付いたことなのだが……おじさんの目は、女性を見るような目つきではない。

 どうやら、ノーラはあまり女性扱いされていないようなのである。


 むう、と考える。

 理由は、まあわかる。

 ノーラがよく働く、という以外に、この村には酒場の娘に妙齢の美女がいて、村の男連中の注目はその娘が一手に引き受けていた。

 なのでわざわざノーラの方をそんな目で見る村民がいないのだろう。


 別にノーラが美女でない、と言うわけではない。

 ノーラはきれいな少女だ。

 村人の中では際だって珍しい、美しいブラウンヘアーは肩口までのびて整っている。

 顔は小さくそれなりに均整もとれて、肌は白い。


 元来小綺麗にしているために、それなりにかわいい子、などと言われることはある。

 だが、その酒場の娘というのが二十代で、その上出るところの出ているスタイルのために、おじさんには人気があるのだ。

 若い男がほとんどいないこの村では、ノーラは女性というよりは未だ子供扱いされているというのが実際だった。


 くぅ、と憎らしげな気持ちになるノーラだった。

 でもまあ、いい。

 気になるほどのことでもない。

 毎日を忙しく楽しくやっているのである。

 ノーラは他の地域は詳しくないが、少なくともこの村がそれなりに好きだった。


 テトラ村は五大陸のうちの右端にある、バンデオン大陸の中程にある。

 川の清流を挟むように位置し、まわりに森や野原などが広がる。

 農地があり、敷地はそれなりに広く、村人もそれなりに騒がしい、典型的な農村である。


 それくらいの知識しかない。

 けどそれで別に不便はない。


 毎日が村の中ではじまり、村の中で終わるのだ。

 水は川から汲み、基本的な食料は畑で全て育てている。

 若い男衆は出稼ぎに出たりしているが、ノーラが生活の上であえて外に出ることはない。

 村の外に買い物に行くのは基本的に例外で、薬膳の草を買いに行ったのも久しぶりの外出だった。


 何より、外にはモンスターがいる。


 モンスター、というのは名前の通り怪物で、人の集まる村や町のある場所をのぞいて、大陸全土にうようよいるらしい。普通の人間などまず太刀打ちできない恐ろしい存在だ。

 そんななので、出たくても容易に出られないという方が正しい。


 だから生活のほとんどは村の中で完結する。

 モンスターは賢いのか感覚が鋭敏なのか何なのか、人の集まる村にはよってこないし、村にいるぶんには平和そのものだ。


 若い男、どころか若い女すら他にいないので、手伝う仕事は山ほどある。

 それが村娘のノーラ、ひいては村人全員の過ごし方なのだった。


 ……が。

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