9
赤竜との攻防から一週間後。花咲き乱れるノムイエット邸ではそよかぜとともに、小鳥が甘い旋律を紡ぐ。
白いテラスの天井からは、赤くて大きな実が付いてあった。背伸びしてもごうとジャンプしていれば、後ろからそっと抱きあげられた。優しい力加減、この感触なら分かる。旦那さまだ。
「タシュバ♪ おはようにょ」
「おはよう、今日もツキが早かったな」
茎の付け根からもぎると重みが無くなり、軽やかに葉がしなる。朝露がおでこに零れ落ちて、椿の丸い手でぬぐい取った。ペロリと舐めると、タシュバにぷにぷにと頬をつつかれる。
「あ、クロゼスさんもおはようございますにょ」
「おはようございます、若奥様、旦那様。」
「おはよう、クロゼス爺」
執事長のクロゼスさんは、タシュバとの仲を一番に喜んでくれた。彼も人間だし、種族も違うから反対されるかと思ったのだが。
「クロゼスさん、ここから見える朝の風景も綺麗ですよにょ。朝焼け……私の以前住んでいた場所では、朝日が見えなかったから」
人間だった椿の部屋は西日で、夕焼けなら少し見える程度だった。狭いお国柄だけに、密集した家々などでは当たり前なので悲しいとも思わなかったが。
窓から見える風景は数軒の家が立ち並ぶ風景で、車が道路を行き来するだけ。感動もクソもない。
豆腐屋さんや、灯油を乗せた巡回トラックの放送、線路が近いから電車が通る騒音などを見聞きするのが当たり前だった。けどここは――
「ぜんぶ、ないにょー……」
「ツキ、ないとは?」
心配そうに眉を下げるタシュバの頬を撫でて、固い胸板に擦り寄った。
「そうじゃなくて。えっと、私は幸せにょってタシュバに言いたいにょ~」
人間ではないし、雪うさぎで丸い体系となったけど。好きな人が傍に居てくれれるのなら、最高の幸せだとタシュバの耳元で囁いてやった。
赤くなったタシュバの頬に軽くキスしてやれば、おでことほっぺにされ返される。朝食にしようとクロゼス爺に進められるまで、キスの応酬は止まらなかった。
***
「ツキ奥様のお好きな焼きパンサンドと、フォーリン盛り合わせです。さ、どうぞ」
リンゴによく似た果物は太陽の恵みを受けつつ、冬にも負けることない、栄養価の高い果物だ。雪に挟まれつつも成長を止めないため、永久との名を絡めて世に広まる。雪うさぎの椿が来てから発見された、奇跡の産物である。
竜王ノティスとの相談で種は流通された。そして、誰にでも育てられるようにとの椿の願いで、庶民の間でも定番となりつつある。
大木になるまでが難儀らしいが実を結ぶのも多いため、農家のヒト達は苦にならないという。
竜騎士兼、領主としてのタシュバから教えてもらった土地柄情報は新鮮だった。ちなみに、ハルバーンでは極寒の地がない。のんびりとした気候も伴って、この土地に永住する移民も多いのだ。
ハルバーンにある領土もかなり広く、王城から離れたこの邸宅にも、多くの商人や客人、住民がやってくる。すべてタシュバの管理下にあるのだが、竜騎士と領主の仕事もしなくてはならない。多数の仕事を引き受けることもできないので、執事長クロゼスを筆頭にメイド長、信頼できる屋敷在住者に分担させていた。するとこう、シンクロするらしい。
中級から下級庶民だった彼らは下々の生活も把握しているため、商才の知識などを発揮してくれていた。
椿にも少しずつ教えてくれる。覚えられなかったらノートに書き、それを何回も繰り返す。飽きることなく、優しく教えてくれた旦那さまに椿は心底感謝した。
「王族はもちろん。竜騎士と縁通りのある者くらいだがな。ここに来れるの……」
ハルバーンに来る前の事を思い出す。
山脈に囲まれているため、人間や獣には容易に通れない場所でもあるのだ。それらを補うために、中型のフォルテッダのような騎乗型の竜が活躍している。
「翼のある種族か、飛行できる乗り物じゃないと無理だったにょ~。私もここへ来る時は、フォルちゃんが一緒じゃないと来れそうになかったし!」
あの時はそう、他種族との婚姻を仄めかされてフォルテッダの背中に自ら乗った。最初は苦いような思い出だった。今ではタシュバと一緒になれたから終わりよければ全て良しでと軽く考えている。
上空から見た景色は最高だった。自分が鳥になったみたいで、やっほぅにょと叫ばずにはいられない。高度を下げられて吸い込む空気を、肺いっぱいに満たして吐き出せば、高揚感に包まれる。
その事を思い出し、椿はニヤけ顔を晒しながらうへへと笑った。垂れ耳を撫でられて、朝食にしようと言われたから素直に頷いてみる。
「は~い! さ、タシュバ、エルザードくん、フィリーちゃん、いただきますをしましょうにょ!」
丸い手をパンッと合わせる。
音が合図と鳴り、各々が両手を合わせた。
「「「いただきます(にょん♪)」」」
「いっただっきま~すにょ♪」
可愛いメイドさんに果物を切ってもらった。
手近にある中くらいのお皿によそってもらい、果実を頬張る。
椿は少し逡巡した。フィレオニスタに色んな事を教えてやらねばと、母としての教育魂が湧きおこる。教育熱心な妻でもある雪うさぎを、執事長含めて皆に知らしめてやろうと奮起した。
「熟して柔らかそうな食べごろフォーリンが12個ありますにょ。タシュバ、私、エルザードくん、フィリーちゃんで何個分けると、配り終えれるかにょ?」
「はい!はい!」
エルザードの膝の上でころころ甘えてるフィレオニスタ。ぴょこぴょこ飛んだりして落ちそうなので、エルザードが咄嗟に抱き上げた。
「ん、フィリーちゃん、答えをどうぞ♪」
愛称で呼んであげると嬉しそうだ。
水色の垂れ耳が上下に揺れている。
「4個!」
「ブー、フィリーちゃん間違えにょ。エルザードくんは?」
「3個ですね」
「正解! エルザードくん、良い子良い子♪」
フィリーの水色の瞳が潤んでいる。
エルザードが垂れ耳と頭を撫でると、少し元気になった。
「フィリー、お前は産まれたばかりなんだ。少しずつ覚えていけばいい」
タシュバもそう言ってくれている。
少年よ、大志を抱けと椿も言うと、タシュバがくすりと笑ってくれた。
「そうにょ! 若いんだから、算数ニャンてすぐに覚えられるにょ~♪」
「そう、かなぁ。ボク、早く雪うさぎの王さまになりたいのにぃ」
エルザードによって、小さめに切られたフォーリンをお口によそわれる。フィリーは口をモグモグ動かした。水色の垂れ耳が少しだけ揺れると、椿とタシュバの顔を見る。
「ボクも、学校に行きたいにょん……」
「「え!」」
「ニャンとォォ~~!」
椿とタシュバ、エルザードの声が重なった。そして三人は顔を見合わせる。エルザードもぽかんとして、食卓の席はしばしの間だけ無言となった。
□のんびり進めて行きますね~……というわけで、こちらでもあけおめのお言葉を……※※小説で使う「フォーリン」は、リンゴのおうりんを文字ってみただけですw 英語の意味と違うのですが(フォール=落ちる)、これでも良いかと言う事で。作者はネーミングセンスがへたくそなのであしからずです。題名は恋に落ちるという意味で(ニャガガッ……!)
□続きを書くのが遅れてスミマセヌ。小説の構成などが上手く並べられずにうやむやしてました。雪うさぎの小説は息抜きを兼ねてるので、話に矛盾などが出てくるかと思いますが、しばらくこれでやってきます。あと、作者の書く小説は修正が多いです。これまたすみませぬ