7 雪うさぎ増える
「ママァ~、ママァ~」
「どうしたにょ? あなたのママはどこへ行ったにょ。一緒に探してあげようか?」
暗闇にプカリと浮かんだ深淵の世界で、小さな体を震わせた子供がいる。よく見ると同じ雪うさぎだ。泣いている同族が居ることに、不謹慎にも喜びを感じて私の心は幾分か和らいだ。
でも、私よりずいぶんと小さな雪うさぎの男の子は、涙で目を潤ませてはしゃくりあげるのを止めず。
悲痛な鳴き声が聴いていてつらい。
私も、家族と離れた時は散々泣いたから。
この子には同じ思いをさせたくない、お願いだから泣かないでと、せいいっぱい頭を撫でてあげたら笑ってくれた。
「……あなたのママさんの容姿を教えてにょ。一緒に探してあげるから」
「ううん、いいよ。ここにいる、目の前にいるあなたがボクのママだから!」
「にょ~~っ??」
「ママァ~!」
***
「ツキッ! ツキ!」
私を呼ぶ声は誰にょ?
おかーさんかにょ。それともおとうさん?
わかった、旦那さまのタシュバかにょ。うへへ、旦那さまは朝から大胆にょ。妻として求めに応じなくてはぁ?
「……(起きれんにょー)」
「ツキッ! 喜べ、ツキから雪うさぎが出て来たぞ」
なんのことにょ。
私はなんにもしてないにょ?
というか体も口も動きませんにょ……って、口から泡が出てきたわ。
――ブクッ、ブククッ!
鼻ちょうちんよろしく口ちょうちん。
おちょぼ口から透明な泡が出てきて、徐々に白く、白く形づくる。
体が丸く、お耳は同じ垂れ耳で、ピンク色かと思いきや水色の可愛いお耳だ。閉じられたお目めがゆっくりと開けられると、つぶらな水色の瞳と目が合った。色は違えど、本能で同族だと分かる。
「マ、マー……しゅきっ! ちゅっ!」
「んにょ~~!」
椿は歓喜した。
雪うさぎを増殖するのは諦めていたからだ。でもこれはどういうことだろう。タシュバと性行為などやってない、というか出来るわけがない。種族は違うし体格差もある。
嬉しさ半分、戸惑い半分で旦那さまのタシュバの顔を窺った。彼は心の底から喜んでくれている。
「ぜぇ、ぜぇ、にょぉぉ~……」
「ツキ、大丈夫か、体力が減ったんじゃないか」
全身から力が抜けたような感覚だ。
赤竜と戦ったときに神声を出しても、雪を降らせて氷の盾を作り上げた時も、力が減った感覚なんか起こらなかったのに――
よっこいせと態勢を変えようとしたら、子供雪うさぎが飛び掛かってきた。丸くて白い雪うさぎ。重くないし、ムニムニとしてぽにょぽにょだ。
「こら、ツキは今、体力が無いのだから困らせない」
「はーい、パパ! ボクはママをこまらせないもん!」
お父さんは旦那様のタシュバだった。
良かった、知らないとこでタシュバ以外の子供を身ごもるなんて、雪うさぎの風上にも置けないんだから。
***
タシュバのお屋敷で、はしゃぐ雪うさぎが二匹。
椿はタシュバの胸にダイブして頬ずりする。続いてちび雪うさぎも引っついた。さながら、コアラの様である。
「家族が増えた♪ 家族が増えた♪ やったにょ~♪」
「やった♪ やった♪」
「ツキ、よくやった」
タシュバから労わるように頭を撫でられる。
気持ちが良くてうとうとしてたら、ちび雪うさぎも少し移動してタシュバにひっついた。
「パパ、ボクも~♪」
「よ、よしよし」
あぁ、こんなに感極まる日はいつ振りか。
タシュバと出会ってからは、色が違う宝石の輝かしいメモリアルを、たくさんもらった気がする。
「ツキお母さん、僕が紅茶を淹れたんだけど、熱いのは飲めた?」
「大丈夫にょ! 熱では私は溶けませんにょ~♪ そうだ、チビちゃんはどうにょ?」
「ん~、ボクものめるよ♪ ママとおんなじ~!」
親子で固まって集まる姿はまんじゅうのようだ。
それでも嬉しさが勝っているから、誰かに中傷されても跳ね返してやれる面持ちだった。
「おいしぃにょ~。雪うさぎも情緒というもんはあるにょ」
「ママ~、じょうちょってな~に?」
「季節や、その場の雰囲気を感じる人の心というもんにょ。ちょっとしたお持て成しが、自分の心や誰かの心を幸せにしてくれるにょ。ねっタシュバ~!」
「あぁ。俺がいま幸せなのは、ツキやエルザードが傍にいてくれるからだ。変わり映えしない季節を幸せに感じられるのは、大切な存在がいてこその力だと思うし、お持て成しもまたしかりだ。人の心は変わりゆくからこそ、何度でもやり直せるのだろう」
タシュバの膝の上でゴクリ、ゴクリとカップに口を付ける二匹の雪うさぎ。エルザード君がクッキーを持ってきてくれたから、一緒に仲良く食べていた。
あ~、幸せにょと呟くと、垂れ耳と頭にキスをくれた。さすが旦那さまだ。妻の心をときめかせてくれる。
「ツキお母さん、その子は何ていう名前にするの?」
「いつまでもチビちゃんじゃ、可哀想だよなぁ……」
「ん~、私じゃネーミングセンスがないにょ。タシュバか、エルザード君が付けてほしいなぁ」
二人は顔を見合わせて悩んでいる。
タシュバが唸っていると、エルザードくんが候補を上げていった。
ちび雪うさぎくんが目を輝かせてうんうん相槌している。
「フィレオニスタってどう? クランティールの海神の名前をもじったんだ」
「にょ~、カッコイイ名前、どう、どう? チビちゃん」
「ママがいいなら、いいよ~♪」
「愛称はフィリーで決まりだな。ツキは良いか?」
「もっちろんにょ! グーにょ! あ~、フィリーちゃんきゃわい!」
ぐり、ぐり、と頬ずりすると、フィリーの瞳がとろんとしている。
椿の体に密着しながら眠りに落ちた。
「ね、寝ちゃったにょ」
「起こさないでおこうな。俺がベッドに連れていく」
タシュバの背中を見送り、エルザードと庭園でまったりしていた。
そのあと、椿は気になっていた事を口にする。
「ロンドゴッズていう太ったローブのおっさんがいたにょ? 大丈夫だった?」
「あの後、父さんの言うとおりに竜騎士養成学校から先生の資格を取られ立って。しかも、騒ぎを聞きつけた親御さんから苦情まで来てさ。ハルバーンの王宮内で縛られてるみたい」
「みたいって……」
「全部、父さんからの言伝だから、ボクも深くは分かんなくて。ごめんね、ツキお母さん」
エルザード君のお膝の上でコロンコロンと転げまわる。飽きるまで繰り返し、動きを止めると抱き上げてくれた。
「エルザード君が謝ることなんてないにょ。その、これからもこんなお母さんだけど、よろしくね?」
「ボクも家族が増えて本当に嬉しいよ。よろしくね、ツキお母さん」
紅茶は甘く、とろとろと体を温めてくれる。
雪うさぎだけど、人間じゃないけど、ともに歩める存在のために強くなろうと決心した椿だった。