6
溶岩地帯を氷の世界へと変えた雪うさぎ。
傍らにはこんもりと出来あがった雪の山。
即席のちゃぶ台を指示してタシュバに作ってもらってから、家族三人で席に着いた。
「は、初めまして! タシュバの妻となった雪うさぎの椿ですにょ! タシュバからは可愛いツキとか、俺のツキとか、独占欲丸出しで呼ばれてるにょ。夜は激しく求められムガムガっ……」
「こらこらっ、途中から話が誇張してるぞ。誰が独占欲丸出しだ。それにまだ手も出してないし……まぁ、でも妻になったのは本当だ。エルザード、家族が増えたんだ。認めてくれるかな」
言いたい放題の椿の口を閉じようとするが、ムニムニと口を伸ばして引っ張ったりしているだけである。二人はとても仲睦まじい。笑いそうになったエルザードは話を聞くことにした。
「えっ、あの、家族は分かるけど、つまってあの妻ですよね? え、てことは僕のお母さんになるの? えぇっ!」
凍った大地に正座した旦那・子供・雪うさぎ。
雪うさぎの椿は寒さを感じず、タシュバとエルザードに耐性はない。二人は体を震わせていた。
「そうですにょ! あなたの母です。マイマザー、おかん……はダメにょ。やっぱりオーソドックスな言い方はお母さんかにょ♪ ん? あぁっ、二人とも寒そうにょ! やだ私ったら気が利かないんだから……ちょっと待っててにょぉ~」
うへへと呟きながら、椿が視界から消えた。数秒後、二人は目を見開く。赤竜がちゃぶ台の近くまで自ら近づいて来たのだ。凶暴さの性質さはなく、何かに怯えている赤竜。尻尾はさらに凍りつかされ、巨体を震わせている。
頭の上に乗った椿がコロコロ転がり飛びあがって、赤竜が丁度いい高さまで手を持ち上げるとそこに移り、地面に着地した。
「うへへ、この子も家族にしたいにょ~。家族は多い方が楽しいにょ? ね、エルザードくん♪」
つぶらな瞳を輝かせ、興奮しながら話す雪うさぎ。
どれだけ家族に執着しているのかと、エルザードとタシュバは若干引き気味だった。
「は、はぁ」
「エルザードくん。私とこの子を認めてくれるにょ?」
「はっ、はい、よろしくお願いします。その、ツキおかあさん……」
驚く事が多すぎるエルザード。
目の前の後景が凄すぎて、楽しそうに喋る雪うさぎにつられてつい、了承した。
「タシュバぁ~、私、私、嬉しいにょぉ~、うおぉぉ~~ん!」
タシュバにしがみつく椿。
騎士服に涙と鼻水が付くのもお構いなしだ。丸い体を抱きよせて優しく撫でるタシュバに、たくさん甘えた。
「ツキ……」
「否定されないか心配だったにょ。でも、エルザードくんが認めてくれた。私、これから頑張るにょぉ~」
ヒトでないから、否定されて仲間外れにされるのが一番怖かったと話す椿。
椿に頼られるのが嫌いでないタシュバはにやける顔を引き締めて、つぶらな瞳から流れる涙を拭ってやった。できるだけ優しい声音でささやき、きちんと見つめながら家族会議に入る。
「ツキ、ところでこの赤竜はどうするんだ。家族という名目で従わせ、赤竜を使役するというなら先程のロンドゴッズと変わらない。そんな理由で共にするというなら俺は断固反対だ。黒竜騎士隊長として真っ当な答えを求める。答えろ、ツキ」
タシュバと椿の目から火花が散る。
愛してるがゆえにどちらも引かない家族バトル。だけど、議論して話すのもお互いに楽しい。
タシュバの胡坐の上で、椿の体が揺れ動く。ピンク色の垂れ耳も上下に動いた。先手を打ったのは椿。流れる涙はそのままに、構うもんかとまくし立てた。
「どうとはなんにょ? ハルバーンの国まで持ってく……ゲフンッ、連れてくにょ! 家族として一緒にいるのはいけないにょ? なぜ。どうして私は良いのに赤竜はダメにょ? タシュバこそ答えるにょ!」
口をへの字がたにする椿。
タシュバはいじってみたくて、口の真中に人差指をプスリと差し込んで反応を確かめた。わたわたと慌てる椿の頬は、ほんのりと赤味を帯びていく。
――これが可愛いというやつか。自分の中で芽生えていく感情がくすぐったく感じる瞬間だった。
「椿は俺の妻だろう。俺もエルザードも認めた。赤竜は根本から違う!」
大型の竜を家族にして国まで持ち帰るなどの前例はない。せいぜい一時だけの相棒止まりだ。だが赤竜を打ち負かしたのは椿であるし決定権がある。だが、それだけではダメなのだ。
「名前どうしようかにょ~。そもそも、女の子か男の子かも分かんないにょ~」
ぷくぷくの頬、ピンク色の垂れ耳、おちょぼ口の中と、タシュバから椿への一方的な人差指攻撃が終わらない。プニプニ、ムニムニと感触を楽しみながら家族会議は中盤を迎えた。
「赤竜の意思はどうなんだ。嫌がってるかもしれないのに?」
震えている赤竜に一同の視線が集中する。タシュバから離れた椿は、赤竜に近づき聞いてみた。
「よっしゃ、本人に聞くにょ! 赤竜ちゃん、私達の家族になる? それとあなたは男、女、どっちにょ?」
「私はメスだ」
一瞬の静寂。その後、赤竜から美女となった。真っ赤な長い髪を持つ美女。裸だったので、急いでタシュバとエルザードの服を貸して着せた。
***
エルザードの服を着込み、タシュバのマントを纏った美女は、喉元を擦りながら流暢に喋った。
「先程の答えだったな。けほっ、答えはダメだ」
椿の瞳から大粒の涙が零れる。欲しい返事がもらえなかったので、雪で作ったちゃぶ台と氷の大地も次第に溶け始めた。
椿の心情を察したタシュバは丸い体を抱き寄せ、赤髪の美女の答えを促した。
「私はすでに番いを得て、子供をもうけている身だ。もうすぐ卵も孵るし、ここから動く事はできん。貴殿らの家族になるなど到底無理なのだ」
「君の番いはどこへ行った? この大変な危機に何故現れない? 君はもう少しでロンドゴッズに狩られる所だったんだぞ」
椿の体を力強く抱きしめながら、人化した赤竜に問う。黒竜騎士隊長としてのタシュバは、全ての所存を把握しておかねばならなかった。
「……私の番いはここから少しばかり遠い、クランシュ村に物資の支給をしに行った」
「まさか……竜騎士隊長の中にいるのかっ?」
「人間達の属語でいう、赤竜隊長だな。私が口説き、子種を貰って孕んだ」
タシュバは硬直する。
まさか、赤竜隊長が目の前にいる美女と交わっていたと思わなかったのである。
「体格が合わないと言われたから人化したまでのこと。別段、驚く事もあるまい……子供達が生まれたら、奴の元まで私自ら会いに行く、そう思っていたのだ」
「口説いたって……ファルレイに打ち負かされたのか?」
「あぁ、奴は強かったよ。そして私は心を持ってかれた。気付いたら奴の事しか目に映らなかったよ」
「ニャンと、そうだったにょ……」
ファルレイと美女のいきさつを知った椿は納得した。
か細い声で喋ると、タシュバに力強く抱きしめられる。そうだ、自分もタシュバしか目に入らない。恋する女の気持ちは同じだなと、デジャブを感じずにはいられなかった。
「私はファルレイのモノだから、貴殿らと共になることはない。決して、ツキ殿が嫌いというわけではないから。もし、ファルレイよりも早くにツキ殿に敗れてたら、共について行っていたよ」
美女は微笑んでくれた。
これで良いじゃないか。
好きな人と一緒に居られればそれでいい。
タシュバと私が同じように赤竜もそうであれ。
願いを込めて、わた雪だけを降らせて祝福した。
正月休みがもうすぐ終わる…ということは、雪うさぎの小説の執筆速度も遅くなります。すみませぬ~。