どんより
どんよりしている。
私が大学に通い始めて最初に感じたことはそれだった。
講義棟は、研究棟にすっぽり覆われていて、ほとんど日が入らない。だから教室や廊下、トイレまでもが薄暗く、全体的にどんよりとした雰囲気が充満している。おまけに微生物や実験動物を取り扱っているせいで常に気温を二十度前後に保つようにしなければならず、肌に触れる空気は夏場でもひんやり冷たい。
学生達はいつも胸のポケットにボールペンを付けた白衣を着て、分厚いテキストを持って何かに追われているように、早足でつかつかと薄暗い廊下を歩いている。
どんよりしている。
普段、ぎりぎりまでベットの中にもぐりこんで寝ている私が、今日はなぜかいつもより二時間も早く起き、そのまま二度寝もせずに二時間も早く誰もいない教室の真ん中に座っていた。明かりもついていない、空調の音もしない、宇宙の最果てのように静まり返った教室の中で私はそっと目を閉じ、いつもの教室の喧騒をぼんやりと思い浮かべる。
たくさんの付箋が張り付いた分厚いテキストをめくる音。先生がスライドを変える度に聴こえる、はっという溜息。血管が切れたみたいな音を立てて、飛んでいくシャーペンの芯。授業が終わった途端、今まで爆睡していた子にノート貸してって言われて眉間にしわがよるのを必死に隠そうとしているいかにも扇情的な彼女の顔。
夢希望野望目標。これらの反対語はいつだって現実だ。
現実はいつもどんよりしていて、暗く、冷たく、地団駄を踏みたくなるような葛藤をゆるやかに心に溶かして、ナメクジみたいにずるずるねちょねちょ這いつくばっていく日々の繰り返しだ。
その現実に引きずられないようわざと楽しそうにしてみたり、物思いにふけってみたりする彼女たちが、時々ほんの一瞬、気を緩めて半ばあきらめたような形で見せる、どんより、な雰囲気。日常の中に確かに存在する、現実的すぎる瞬間。
私はそっと立ち上がり誰にも聞こえないような小さな声で、すき、とつぶやいてみる。
私が放った蚊の泣くような小さな声は、まだ静寂を保ちつつある教室の中にじんわりと溶け込み、そのまま静寂の一部となっていつまでも、帰ってくることはなかった。
理系女子大学生ってこんなかんじかなーと思いながら書いたもの。