革命
この作品は魔王と王の二人が主人公の作品です。
どちらかというと魔王の方が主人公なのですが後半になるにつれ空気になっていきます。
良い意味で、空気になります。たぶん。
キャロリアの屋敷に招待されてから三日が過ぎた。屋敷についたときには使用人達は俺の姿に驚愕はしたが、そこに恐怖や畏怖の念は映ってはいなかった。単純に驚いていただけでキャロリアが言っていた様に歓迎された。前魔王を倒す為の戦いからここまで一切の休みを取らなかったので屋敷の中で大人しく休息を取った。そして昨日メネレアの王子からの招待状が届いた。そこにはいつでも来てくれてかまわないが、気分を害してしまうかもしれないので先に詫びておきたいという内容が綴られていた。気分を害する理由が何なのかは分からないが危険がないのならとシアを半日かけて説得して、キャロリアとシアの三人で王子の屋敷に向かった。正体を隠す為に俺は外套のフードを深くかぶり顔を隠している。王子の屋敷はキャロリアの屋敷から馬車で二刻程離れた所、この国の最も開発が進んでいない部分に建っている。明らかに人目につかない様に建てられている屋敷はこの国の貴族の屋敷とは思えない粗末な物だった。大きさはそこそこの物だが質素な作りで装飾は見られない。魔王になったからこそ分かるが近くに魔物の巣があるようだ。
「屋敷というより、でかい宿屋っぽい感じがするな」
「そうですね。本当にこんな所に王子が住んでいるのでしょうか」
「確かにすんでいますわよ」
キャロリアが馬車の中から用心深く辺りを見渡してから降りてくる。
「どうしたんだ。近くに魔物は居ないし結界も張ってある。もっとも俺が居る限り安全なんだがな」
「そんな事は分かっています。それとは別の心配事があるだけです」
キャロリアが言い終わる直前に空気が動いた。シアも気づいたのか戦闘態勢をとる。一番最初に動いたのはフェルザーだった。全力で気配がした方向に殺気を振りまく。
「うわあああああ」
たくさんの小さな人影が草むらや岩の後ろなど隠れられる場所から飛び出して逃げ出していった。
「子供?」
呆気にとられたフェルザーが棒立ちになったのに気づいたの何人かの子供が手に持っていた泥団子を投げつける。だが、所詮は子供が逃げながら投げる物、元勇者のフェルザーに当たるはずもなく地面に落ちる。
「心配事ってこの事か」
「そうです」
最初に言っておいてほしかった。ああ、扉の影からそんな目で見ないでくれ。子供相手に全力で威嚇するとか恥ずかしすぎだろ俺。
「みんな扉に隠れてどうしたんだい?」
扉を開け眼鏡を掛けた青年が現れた。
「ごきげんよう、オスタリク殿下」
「おや、これはミス・キャロリア。ごきげんよう、子供達がご迷惑はかけませんでしたか」
「ええ、私も彼らも大丈夫ですが、子供達を怖がらせてしまったのを気にしているみたいですが」
「構いませんよ。子供達が先に悪戯をしたのですから」
「違うよ。あのフードをかぶっている人と青いお姉ちゃんの方が先にいじめてきたんだよ。それでね、慌てて逃げながら泥団子投げたんだけど、みんな躱しちゃったんだ」
「ほう、それはすごいですね。なら、きっとあの人はこの国の人ではないんでしょうね」
「どうして?」
「この国の人は自分で何かをしようと思う人が少ないからですよ。何かに頼ってただ生きているだけ、生き物として一番最低な事です。貴方達はそんな人になってはいけませんよ。それから、あの人達は僕のお客さんですから迷惑をかけてはいけませんよ」
「「はーい」」
「いい返事ですね、さあ部屋に戻っていなさい」
青年に促され子供達が屋敷の奥に入っていく。
「それで、何者ですか貴方達は。結界を簡単に抜けてきて」
今まで見せていた柔和なまなざしが一変し、戦士のまなざしに変わる。
おもしろいな、この国でこんな顔ができる奴が居たとは。こいつが国の頂点に立てば計画は簡単に進むだろう。だが、成長途中と言った所かな。色々試せば良いか。
「結界ねぇ、あんなちゃちな物で一体何が守れるのやら」
「少なくともこの近くに居る魔物は屋敷には入れはしません」
「入れないんじゃない、入らないだけだ。わざわざこんな所に来なくても餌が豊富だからな」
実際の所は結界に関しては嘘だ。この屋敷の周りに掛けられている結界は上級クラスの魔物でなければ入る事は不可能だろう。そして、入った所で全身に痛みが発するだろう。
本当に殿下なんだな。こんな強力な結界を張ってもらってるんだから。ちょっと痛いぞ。少しいじらせてもらうか。
「破らせてもらおう」
手をかざす。精神を集中させ結界の術式を調べる。
なるほど、感知と嫌悪と消滅の三重層か、こういう発想はなかったな。複合の結界を張るよりも簡単で一つ一つが協力に作用する。そして外部からの書き換えにも強い。
「だが甘すぎる」
結界を破る作業は単純だ。結界の魔力よりも大きな魔力をぶつけるだけ。しかし結界は人間が使える最強の魔法でもある為、魔力量も相当なものである。普通なら不可能だが魔王となったフェルザーにとっては容易な事だった。かざしている手に魔力を込め結界を掴み引きちぎる。
「まず一枚」
そして、同じ事を二度繰り返す。わずか十秒で屋敷を覆っていた結界が消え去った。
「私の結界をいとも簡単に破るとは。一体何者ですか、名乗りなさい」
自分で張っていたのか。ますます欲しいな。
「何者かと問われれば、元勇者と答えよう。名を問われればフェルザーと答えよう」
「ミス・キャロリアを通してまでここに来た理由は」
「元勇者という事に対しては何も聞かないのか」
「肩書きになんの意味がある」
「全く持ってその通りだ、なら率直に言おう。この世の中への反逆に協力してほしい、オスタリク・フォン・メネレア殿下」
「世の中への反逆?どういう意味ですか」
「どういう意味か、聞く必要があるのか」
「ああ、なるほど。あなたも私か」
「そうだ、だからあの子供が何なのかも分かる。だからこそ手を組みたい」
「何を望むのですか」
外套を脱ぎ捨て正体を晒す。
「世の中にとけ込む為の体裁を。何を望む」
フェルザーも姿を見ても臆する事なくオスタリクは答える。
「力を振るう為の知恵と覚悟を。何を目指すのですか」
「平和の先にあるもの。何を目指す」
「恒久の平和、武器や強力な攻撃魔法がいらない位の平和を。そのために」
「そのために」
「「世界を一つに」」
打ち合わせでもしていたかの様に同時に答える。
「殿下とはうまくやっていけそうだ」
今までの緊張感が一気になくなり、フェルザーとオスタリクは構えを解き、互いに手を差し伸べ握手を交わす。
「私もですよフェルザー。中でお茶でもどうですか」
「いや、遠慮しておこう。万が一子供達に見られたら怖がられるからな。俺は子供に怖がられるのが一番堪えるんでね」
「それは残念です。なら表舞台に上がった時にでも」
「ああ、そうしておいてくれ。俺の連絡先だが」
「その必要はありません」
「どういう事だ」
「現在の王政に対して異を唱える一部の貴族が革命を画策していましてね。そのうちの一人が私の存在を知っていましてね」
「キャロリアか」
「ええ、その通りよ」
悪びれた風もなくキャロリアが肯定する。
「どういう事か説明してもらえるのだろうな」
「事の発端は一週間前の事です。その日この国に重大な報せが入りました。歴史上初の魔王討伐の報せと魔物の沈静化の報せです。その報せはすぐに国中に伝えられました。そこまでは良かったのです。その日の夜、一定階級以上の貴族と将軍が召還されました。そして王は言いました。今まで魔王に対して向けていた兵力を使って他国を侵略すると」
「父の事です。おそらく金を、物を、女を欲したのでしょう。今までは世界中が魔物に襲われる危険が有ったので奪われない様にと考えていたのでしょうがその心配がなくなった以上」
「奪う為に軍を動かすのか。誰もその場で止めようとはしなかったのか」
オスタリクはそれを無言で肯定した。
「それどころか賛同する者ばかりでしたわ。私一人が反対した所でどうにもならなかったでしょうね。でも、まだ希望は有った。腐った貴族の親たちを反面教師として育った者たちが居ました」
「そいつらをまとめて殿下を御輿にして革命を起こすのか。冷静に考えたら」
「負けるでしょうね。だから殿下に賛同していただけませんでした。
ですが、そこにフェルザーが現れました」
「つまり、魔王と魔物の力を使って革命を成功させるつもりか」
「ええ」
「だめだ」
「無理です」
フェルザーとオスタリクが同時に答える。
「どうしてですか」
「俺が参入すれば、それは革命ではなく侵略になる。そうなれば勇者達が一斉に襲いかかってくるだろう」
「じゃあ、どうやって」
「今回のような革命を成功させるには兵力はいらない。この国の兵は基本的には傭兵達だ。つまり金が目当てで戦っているだけ。なら王たる資格の有る者が資格なき王を排すれば良いだけの事だ」
「つまり私の役目です。私としても無駄な血は流れて欲しくありませんから。父と最後まで父と在ろうとする者だけを排すればすむ事です」
「では、なぜ今まで私たちに賛同していただけなかったのです。もうすぐ王は軍を整え、侵略を開始するでしょう。それなのに」
「怖いんですよ。父を排する事も、父を排した後の事も」
「王を排した後の事?」
考えた事がないのだろう、キャロリアが首を傾げる。
「分からないのか、キャロリア。此所の王が考えるということは他の国の王も同じ事を考えていてもおかしくはない。つまり戦争は必ず起こる」
「そんな」
「ですが、今は彼が居ます。革命を成功した後、魔王である彼と同盟を組めば、それが抑止力となります。つまり以前の様な状況になります」
「最初は誰も信じないだろうが俺が魔物を統率し国の治安が保たれ、更に魔物達が労働力になる事を証明すれば少しずつではあるが信じられてくるだろう」
「その間にも他国からの軍や勇者の方達が彼を討とうとするでしょうが、もちろん彼を守る為に戦います。ですが、その為には」
「キャロリア、君の研究が必要になる」
「私の研究が。ですが私の研究は理論だけで一度も実験は」
「理論があればそれで十分だ。後は俺が居る」
「けれど時間が」
「急に何でもできなくても良いのです。少しずつ確実に成果を出していただければ」
「研究が完成すれば俺の負担が減ると考えてくれれば良い」
「ですが」
キャロリアが一歩下がる。
「逃げる事は許しません」
今まで傍観を決めていたシアがキャロリアの退路を塞いだ。
「今になって怖じ気づいたのでしょうが話を聞く限り、貴方には責任と義務があります。貴方は単に王がする事を止めたいだけだったのでしょう。ですが事はそう単純ではない事に気づいて、いえ最初から責任や義務を全て誰かに押し付けたかったのでしょう」
「違います。私は」
「違いません。貴方が真に王を止めたいと思うなら既に行動を起こしているはず。少なくともフェルザーが協力を要請した時点で行動を起こすはず。わざわざ殿下を巻き込まなくても革命は成功させれます。しかし、フェルザーでは責任を押し付けるには不十分と考えたのでしょう。世間から見れば国を魔王に売ったと見られるでしょうから。だからフェルザーを餌にして殿下を表舞台に引きずり出そうと此所に連れてきたのでしょうがフェルザーは最初から気付いていますよ。気付いている上であえて利用されてやるとも言っていますが」
「シア、止まれ」
シアの早口に気圧されていくキャロリアが見るに耐えられなくなりフェルザーが止めに入る。
「ですが」
「止まれ。命令だ」
「………わかりました」
不満なのだろうが命令という事なので大人しく引き下がる。今度はキャロリアに向き直る。
「正直な話をしておこうと思う。よく聞いてくれ。殿下に会わせてくれた事には感謝する。殿下は俺の想像以上に出来た人だった。キャロリアが想像していた以上でもある。やろうと思えばずっと以前に一人で革命を成功させれていたと思う。それだけの才能が殿下にはある。けどな、殿下が言った通り覚悟だけが定まらなかった。俺も殿下と同じで覚悟が定まっていなかったから」
「ではどうしてその覚悟が」
「似ているからです。私と彼が恐れているものが」
「恐れているもの?」
「大きな力に溺れて道を踏み外す事にですよ」
「そして自分が道を踏み外している事に気付けない事にだな」
「歴史上にいくらでもあるでしょう、革命後は善政を行っていた王がどんどん欲につられて革命の時の志が変わってしまう。そしてまた革命が起こり滅びていく国々を」
「ここから先はそういう世界になる。引き返すなら今が最後だ。だが、連いて来ようと思えばいつでも来れる」
それだけ言うとフェルザーは再びオスタリクと向き合う。
「では殿下、俺は時期を見計らって独自に動く。信用しているぞ」
「お待ちしておきます」
「行くぞシア」
「はい」
シアを抱きかかえ翼を広げる。
「お待ちなさい。私はどうすれば」
キャロリアの質問を無視してフェルザーは飛び上がる。
「殿下。私はどうすれば」
「こればかりはご自分で解決するしかありません。それと私は今から動き出しますから」
オスタリクはそれだけ告げると屋敷に戻ってしまった。キャロリアをその場に置き去りにして。
事件はすぐに起こった。今まで隠匿にされていたメネリア国第一王子オスタリク・フォン・メネリアが一人で王城を制圧し父親である王を殺害。王の地位に就き遠征軍の解体を行った。その後も法の改正を始め、税率を緩和、奴隷商人の取り締まり、前王派の貴族達の反乱の鎮圧、そのすべてを一人で指揮していく。メネレアは良き方向に導いていかれた。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。貴族達の反乱を鎮圧して二日後、突如魔物の軍勢がメネレアに進行してくるという報告が入った。そして、軍勢の中に魔人らしき影があるという。貴族達は一目散に国から逃げ出した。軍の中からも続々と脱走兵が相次いでいく中、王は退く事なく残った兵を集め魔物達との決戦に望んだ。
決戦場はメネレア国唯一の平地部分を選び両軍が相対した。そして、報告に有った魔人が戦場のど真ん中に一人で歩み出て高らかに宣言した。
「我が名はフェルザー。新たな魔王だ」
新たな魔王。その言葉に人々は動揺し怯んだ。だが、王は怯む事なく自らの馬を駆り魔王の前に躍り出る。
「我が名はオスタリク・フォン・メネレア。魔王フェルザー、我が国に何のようだ。侵略が目的なら私は全力でそれを阻止する」
王は剣を抜き魔王に突きつける。
「侵略するかどうかは王次第だ」
「………話を聞こう」
そう言って王は剣を鞘に納める。
「全てを語るには時間が少ないので簡潔に言わせてもらおう。貴国と同盟を組みたい」
「同盟だと。一体何を考えている」
「我らと人間はこれまで長い間争ってきた。我らはもう疲れきったのだよ」
「だから同盟を組んで争いをやめたいだと、ふざけるな。お前達にどれだけの人が殺されたと思っている」
「それはそっくりそのまま返してやる。我らも生きたいのだよ。襲われたら生きる為に戦うしかない」
「………………」
「分かってくれないか、我らと人間は争わなくともやっていけるはずだと」
「具体的な話はどうなんだ」
「分かってくれたのかね」
「納得はしていないがな」
「それで構わない」
「それでこちらはどうすれば良い」
「我らを狩るのをやめてもらいたい。代わりにこちらは労働力と兵力となろう」
「労働力?」
「大まかな力仕事しか出来ないだろうが人間が嫌がる事でもやろう」
「対価はどうするつもりだ」
「餌を与えてくれれば良い」
「餌だと?まさか人を」
「種類にもよるが基本的には何でも食う。腐っているのはだめだがな」
「それだけで良いのか」
「それだけだ」
王は少しの間悩む。そして結論を出す。
「だめだ、それだけでは」
「これ以上何を望む気だ」
魔王の腕が剣にかかる。
「私個人はそれでも良いと思う。だが国民が、そして他国がどう思うか分からない以上同盟は組めない」
「ならば戦う気か」
「そうではない。魔王よ形だけで良い。私の部下になれ」
「部下だと、この私にか?」
「そうだ、人間同士の戦争では敗者は勝者に己の命を差し出さなければならない。つまり勝者は敗者を好きにしても良い事になる」
「貴方は勝者として敗者である我らを受け入れると」
「そうだ」
「分かった。我らはそれを受け入れよう」
そう言うと魔王は膝をつき頭を下げた。
こうして戦いは行われる事なく終結を迎えた。そして歴史書にはこう書かれる。
『魔王をも跪かせた偉大なる王の誕生』と。
だが、その場に居た誰もが気付かなかった。これが仕組まれていた茶番劇である事を。
そして新たな物語が始まる。主役と作者しか知らない壮大な劇。作者は二人で即興で作る。誰も知れない、誰も語れない。だが誰もが役者の一回限りの公演を。
さあ、始めよう。
とりあえず第一章終了。