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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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柚葉は驚きと焦りのあまり、身体が硬直していた。

何かを考える力も失神してしまったらしい。


「あ…」

喉から声を絞り出すのが精一杯だ。

遊馬は首を傾げてこちらを見つめている。

髪が夕日の光を反射してキラキラ光っていた。女子顔負けのつややかさだ。黒いカーディガンとグレーのスラックスがより彼のモデル的な体型を目立たせていた。

思いきり、目が合う。そこで柚葉は初めて女子たちが彼に好意を持つ理由が分かった。

視線を外すことができないのだ。彼の瞳はあまりに魅力的すぎる。不思議な引力が働くようで、逸らせなくなる。



「……」


気まずい沈黙があたりを覆う。

柚葉の思考はまだ膝を抱え込んで働こうとしない。

そこで遊馬が、くすりと微笑んだ。チョコレートのように甘く多数の女子を虜にする、いや、してきたであろう表情。


「驚いたな。人がいるなんて」


それはこっちの台詞だ。柚葉はそう言い返したくなった。どうやら徐々にフリーズが解けてきたらしい。


「…すいません、図書委員なもので」


そう返すと、ああ、と納得した顔で頷いた。


「でも俺が入ってきたときは誰もいなかったね」


どうやら彼は柚葉がレポート用紙を教室に取りに行っている間に図書室に忍び込んでいたらしい(忍び込むという表現は柚葉の勝手だが)。

ということは、レポート用紙を慌ててリュックの中から探り出そうとしていたところは見られなかったらしい。あ、でも本を取りたくて跳ねていたのは見られた────そう思うと恥ずかしくて顔を背けたくなった。

そこで、今だ同じ体勢でいることに気づく。遊馬は本を片手にその腕を棚に寄りかからせている。柚葉は遊馬の方を振り返ったままだ。距離が近すぎる。


「あのぅ…本を…」


おずおずと言えば、彼は彼女がそう言うのを見越していたかのような顔で本を差し出した。彼の身体が離れた。柚葉はそっと息をついた。


「ありがとうございます」


「なんで敬語?同じクラスだよね、加藤さん」

名前を呼ばれて再び仰天する。どうやら顔と名前は覚えているらしい。絶対、ありえないと思ってた。

けど彼に名前を呼ばれただけで心拍数が少し上がる気がした。そんな自分を戒める。



「名前、覚えてるんだ」


「同じクラスの人は覚えなきゃ、失礼でしょ」

彼は肩をすくめた。そんな仕草でさえ、さまになっていた。



(…ってか、なんで今ここに?)


疑問が沸々と湧き上がる。しかし同じクラスといってもほぼ初見の人にそれを言うのは憚られた。


(「付き合うときに条件を提示してるそうですが」…なーんて、言えるわけないよね)



結局柚葉は何も言わずにおいた。

遊馬はといえば隣の列から、バッグを取ってきたようだ。


「じゃあ、俺はもう帰ろうかな」


「あ、うん」


正直、ものすごく安堵して、何気なく彼のあとへついていく。カウンターの前まで来たとき、遊馬が突然振り返った。


「毎日いるの?」


「曜日制だから、毎日はいないよ」


「木曜日だけ?」


「そうだけど…」


何を急に言い出すのだ。柚葉は困惑するのをよそに遊馬はかすかに口の端を上げた。



「……たの?」


「えっ?」


彼が呟いた言葉はあまりに小さくて語尾しか聞き取れず、反射的に聞き返した。遊馬は逆にその声にびっくりしたように、何でもない、と首を振った。



何だろこの人。最初から最後まで変だ。

すると遊馬が柚葉との間合いを詰めた。素晴らしく整った顔が目の前に移動する。再びの不測事態に脳が混乱してついていけない。思いきり目をしばたたかせた。そんな柚葉の様子が可笑しかったのか、遊馬が笑い出しそうになる。柚葉は自分が彼に子供扱いされているような気がしてたまらなくなった。

そのまま、彼の人差し指が彼女の唇に触れた。───触れられた部分が、熱い?


「俺がここにいたことは誰にも言うなよ…内緒だからね」


そう言っていたずらっぽく微笑んだ。

柚葉はとりあえず機械的に頷いた。

人差し指が離れた。熱が消える。



「じゃあまた来週に」



そう言って彼は図書室を出て行った。

後には本を抱えたまま呆然として突っ立っている柚葉が残された。






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