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高校二年の特進クラスに格好良すぎる男子が転校してきた───その話題は今や学校中を騒がせるものとなっていた。
おかげで空き時間には必ずと言っていいほど特進クラスの前には女子の人だかりができるようになった。
後輩から同級生、先輩まで。
彼は身長が高く、スタイルが良く、凛々しい顔立ちにしかし瞳は人を惹きつけて離さないものがある。髪は明るい茶色でさらさらしている。一回にこりと微笑むだけで、クラスの気温が五度は上昇しそうだ。
決まってこの転校生を垣間見た女子生徒たちは、目をとろりと、心をうっとりとさせて、口惜しげに帰っていくのだ。
特進クラスの女子はさらにそれを自慢するかのような風潮が出てきている。余所から来た女子たちに見せつけるためにことあるごとに彼の名を呼び、その反応を楽しんでいるのだった。特進クラスの名折れといっても過言ではないはずだ。
「遊馬先輩、格好良すぎ!」
「ねーねー、ウチの学年の特進に超イケメンが転校してきたって知ってる!?」
「年下に見えないっ!彼氏にしたいっ!」
「え、でももう彼女いるんでしょ?」
「え、いるの?」
「隣のクラスの子だって」
「え!女遊び!?」
「じゃない?でもかっこいいから許せる」
「遊びでいいから、彼女にしてほしいっ!」
柚葉にとって救いだったことは、その転校生の遊馬博之が、思い出の同名の人物とは、あまりにかけ離れた人格であったことだ。
遊馬はプレイボーイだった。告白してきたのか、隣のクラスのバスケ部のマネージャーと既に付き合い始めているらしい。その上、名前も知らない女子でも名前を呼ばれれば笑って手を振る。とても高校生の男子では言えないような言葉をさらっと言う。可愛いね、だったり髪型変えた?似合ってるね、だの…。そしてその甘い言葉に心惑わされる女子がどれほどいるか。
「はーー…。何というか、助かった」
「周りの女子が見てて痛々しいわ」
そう評する由理にうん、と頷いて柚葉は自販機で買った紙パックのカフェオレを飲んだ。
あの衝撃は何だったのだ。私の涙を返してほしい。
遊馬がこんな人だったと分かっていればあの時あれほど悩まずに済んだだろう。あれは遊馬の人格がまとも(それこそ本当に標準)であればこその話だったのだ。勿論、標準だった時は柚葉は更なる深みにはまっていったかもしれない。そういう意味では遊馬に感謝してもいいかもしれない、が。それにしても、
(だって標準の人である確率の方が圧倒的に高いじゃん!)
そう心の中で毒づきながらカフェオレを一気に飲む。パックが凹んでずずず、と情けない声を上げた。
その日の夕方。
柚葉は再び亡き彼へ会いに、寺までやってきていた。
(聞いてよ!ウチのクラスにひろと同じ名前の人が転校してきたの。でもひろと全く違ってね、チャラくて、女遊びで、でも顔だけはいいの。ひろみたいに普通の男子っぽくなくてね、今や全校中の女子の目線が彼に向いてるんじゃないかな。私はずっと、ひろだけだけど。改めて再認識させられたかな。)
今日は怒涛のように言葉があふれでる。
(好きだよ、ひろ。あんな人よりずーっとずっと)
最後まで遊馬のことを考えている自分に、苛立ってしまった。絶対に、みんなが考えるような意味はないが。
遊馬が転校してきて一週間ほど経った。
当初のように爆発的な注目を集めるようなことはなくなったが、休み時間にわざわざ特進クラスの前を通って移動教室する女子が増えているように感じる。
この日は珍しく部活はオフだという由理と、カフェに入り浸ろうとなり、彼女と向き合って世間話をしている最中である。
「相変わらずすごいよね、遊馬」
由理がそう吐き捨てた。柚葉にはその名を呼び捨てにする勇気がなかった。男子にはみんなそうだが、「くん付け」が精一杯である。
「ね…。なんか拍子抜けしたよ」
「そうそう、でもアイツさあ、変なんだよね」
「何が?」
元々変ではないか、という疑問はこの際無視する。
「りぃから聞いた話なんだけどさ、アイツの彼女になるには条件を呑まないといけないんだって」
りぃとは同じく特進クラスのチア部、葉山梨花のことを指している。
「条件?」
「そ。何でも、学校の間は彼女を一番に優先するけど、放課後は一切一緒にいられないっていう、謎の」
柚葉は口をOの字に開けた。
「何それ?」
「本当、何それって感じ。でも今の彼女はそれ了解してるわけだから、付き合ってられるわけじゃない」
「そうだよね」
柚葉の中で遊馬の人間偏差値が少し下がった。
放課後何も彼女にしてあげられないというのは、一緒にどこか行ったり、食べたり、会話ができないということだ。それは大半の女子は嫌がるだろうに、彼女がいるのが不思議である。そもそも、動機がさっぱり分からない。
「土日とかはどうするのかな?」
柚葉がそう訊くと、由理はスプーンをカップの中でくるくる回しながら、
「ねだれば、どっちかは空けてくれるみたいだけど」
とつまらなそうに答えた。
「じゃあ、デートとかはできるんだ」
「らしいけどね。でもウチは絶対に嫌だわ、あんな人。いつ浮気されるか知れたもんじゃない」
そう言って、由理は髪をかきあげた。
こんな仕草一つにも由理は色気があるように感じるのに、なぜ彼女はこうも男女関係に淡白なのか。
クラスの中でも由理に視線を向けてくる男子がいるのにも柚葉は気づいていたが、当の本人は知ってか知らずか平然としている。
(もし由理が私の立場だったら、こんなに思い詰めてたりしないのかなあ)
ぼんやりと柚葉は考えた。
この思いをずるずる引きずることなく、前を向いていけるのだろう。そんな所を柚葉は羨ましく思った。
「何、ぼーっとしてんの?」
由理に問われ、今の考えを話してみる。
それを聞いた由理は苦笑を浮かべた。
「私だってそんなに強くないわよ。だから柚葉はよくやってると思うしね」
「そうかな…」
柚葉が照れると、由理は
「そうよ。だからあんたみたいな純粋で可愛くて可愛いのは遊馬みたいな奴に絶対に引っかかっちゃいけないのよ」
と顔をしかめながら言った。
(私、あんな人には引っかからない程度にはちゃんとしてると思うけどなあ)
そう思ったが、口には出さなかった。
こんにちは。本日二回目の投稿になりました。
思ってたより長くなりました、うん。
次回、遊馬と柚葉が急接近…(かは分かりませんが)!?お楽しみに。