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柚葉は酷いショックを受けていた。
まるで引き抜くことのできない何かに刺されたような。
さらに足元が崩れ、虚無へ放り込まれるような感覚。
なぜ、今。なぜ、このタイミングで。
知らず知らず手が震えだした。
どうして、彼と同じ名前の人がここにいるの?
どうして、どうして?これはあの転校生が悪いのではなくて、自分自身の問題ではあるのは分かっている。分かっているがあまりの衝撃の大きさに耐えられない。柚葉は転校生を睨むようにした。なぜ今、こんな人が私の前に?どうして、どうして。神様がひろを忘れないようにって言ってるの?私にいつまでも、彼の思い出を抱いて生きていけと?言われなくても忘れられないわよ。生きていくつもりよ。それなのにどうしてこんなこと。こんなこと。
「柚葉」
その一言で、我に返った。見れば由理が不安そうな目でこちらを見つめている。
行き場のない気持ちが鳴りを潜めた。周囲のノイズが耳にざわつき始める。
柚葉がショックを受けている間にSHLは終わってしまったらしい。教室をぐるりと見渡せば、男女に囲まれている転校生の姿がチラリと見えた。
ああ、現実なのか。柚葉は長くため息をついた。
由理へも返事ができなかった。何と言えばいいのか、選択に困ったからだ。ごまかして笑ったところで見破られるのは決まっているし、かと言って今の心境を洗いざらい話す気には到底なれそうにない。
「一時間目、現国だよね。教科書、取りに行かなきゃ」
とりあえず無難な話題を振り、柚葉が腰を浮かしかけると、由理が柚葉の肩に手をかけて再び座らせた。
「現国は有村先生が風邪で出てこれないから、自習になったの」
「あ…そうなんだ。聞いてなかった」
「……」
そこから沈黙が流れる。それを打ち破るようにチャイムが鳴った。しかし自習の上に監督者がいないことをいいことにみんなは噂の転校生を横目で見ながら話をしたり、一部の男女(クラスの派手な)が変わらず転校生の周りを取り囲んで騒いでいた。
柚葉の席の前が空いている。由理はそこへ座った。
「柚葉、大丈夫…なわけ、ないよね」
とりあえず、何か話さなきゃ。そう思って柚葉は慌てた。
「え、ううん、大丈夫。なんか、驚いたよね、急に転校生なんかさ。すごい人気ありそうだよね、女の子に」
「柚葉、無理しなくていい」
「名前もひろと同じだし。いや、漢字は違うけどっ!」
漢字は違った。ひろは「寛之」で、転校生の方は「博之」なのだ。一字しか、変わらないけど。
性格も、似てないといいな。思い出すと、辛くなるから。
由理の顔が驚きの色を示した。
柚葉が疑問に思い、首を傾げると、自身の頬に何かが流れているような感触に気づく。手で触れると濡れていた。どうやら知らぬうちに泣いていたらしい。
由理がティッシュを渡すと柚葉は周りに気づかれないよう、そっと顔を拭った。柚葉の席は端の方だから、気づかれる心配はほとんどないはずだ。
柚葉は絞ったような声を出した。
「由理。どうすればいいの。私、怖いよ」
「柚葉…」
由理も言葉が出ない。彼女も突然やってきた出来事に対し、どう柚葉を慰めればいいのか分からなかった。
「私、怖いよ。あんなに人目を引く人が、みんなの注目を浴びないわけない。私の中のひろとあの人が頭の中で混ざらないか怖い…」
柚葉にとって「ひろゆき」は一人だった。
小さい頃からずっといた、優しく、暖かく、ひなたのような存在だった。
それなのに、急に見知っただけの「ひろゆき」にその思い出を変えられてしまうようなことがあっては。柚葉も転校生が入ってきたとき、普通の人にはない魅力を確かに感じ取ってはいたのだ。今後、日常のいろんな場面で、彼を知ることになるだろう。もちろん、特別な感情なんて持つ気はさらさらないが、それをひろとの思い出と区別できる自信が彼女にはなかったのだ。
あの転校生を「ひろゆき」だと、認めたくなかった。認めてしまえば、柚葉にとっての「ひろゆき」が二人いることになってしまう。それが彼女にとってはどうしても耐え難いことだった。
自分の文章力が足りなくて、柚葉の気持ちが全体的に分かりにくいです。申し訳ありません…