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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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文化祭から一週間ほど経ったある日の放課後。

柚葉は部活が終え、友人と下校するために階段を降りていた。由理と話し合って以来、少しずつではあるが過去との折り合いがつけられるようになってきていた。忘れない。でも自分を傷つけない。心の中では以前の柚葉が時折顔を出すこともあるが、そんな自分とも上手くやれるようになってきていた。

柚葉が友人と談笑しながら玄関口への階段を降りると、壁に寄りかかるようにして誰かを待っているような女子生徒の姿があった。その側を通り過ぎようとすると、その女子生徒が口を開いた。


「加藤柚葉先輩」


柚葉は立ち止まった。振り返ってみても知らない顔だ。友人たちは知り合い?と言いたげな目を柚葉に向けるが彼女も見覚えがないので答えようがない。


「私・・・?」

「そうです。少しお話があるんですけど、いいですか?」

そう彼女が言うと、友人たちは先に帰るね、と言い残して二人を残した。呼び止めた女子生徒は付いて来るようにと手振りで示して、近くの空き教室に滑り込んだ。時間もそれなりに遅いので教室には誰もいない。彼女は窓に寄りかかって、柚葉は近くに釈然としないまま立った。


「あの・・・・・なんで私の名前を・・・・・」

柚葉がおずおずとそう話しかけるとその女子生徒はにこり、と笑顔を返した。かわいらしい顔立ちなので笑顔がよく似合う子だ、と柚葉は感じた。


「図書委員だから、かな」

「なんで私が図書委員だって知って・・・?」

図書委員なんてこの学校で存在を知られているかすら怪しいはずなのに、さらにその名前まで知っているとは一体どういうことなのだろう。

「それはおいおい。まず、自己紹介でもさせてください。私は一年の高羽美郷といいます。それと・・・遊馬博之先輩と付き合ってます」

くらり、と目が回った心地がした。


『この子は本気そうだな、付き合ったら好きになれそうって思えたらいいのかな?』


以前二人でパンケーキを食べに行った時の彼の言葉が蘇る。彼は好きという気持ちが分からずにいた。それを求めるがために複数の女子と付き合っていたが、無理はしなくてもいいと柚葉は遊馬に言ったのだ。自分も相手も本気になるような相手が現れたら好機なのだと。そう話したのは覚えている。目の前の彼女が遊馬と付き合っているというなら、遊馬は彼女をそういう・・・・人間として認めたことになる。

明るめの髪の毛先を少し巻いて、スカートはそれなりに短い。全体的に華奢な印象だが、その瞳が持つ光は強い、と柚葉には美郷がそう見えた。

彼はきっと美郷のことを好きになる。その考えにたどり着くと、足元が妙に不安定になり、自分が崩れてしまうような錯覚に陥った。


「そうなんだ。それで話って・・・・・?」

内心の動揺を押さえ込んで問いかけると、またしても美郷は笑った。しかし柚葉はその笑顔に不穏なものを感じた。


「毎週木曜日、放課後遊馬先輩と二人で図書室にいますよね。あれやめてくれませんか?」

柚葉の背中を冷や汗が伝った。なんで、彼女はそのことを知っているのだろう。


「なんで二人ってわかるの?他に人がいるかもしれないじゃない」

「本当に他に人がいたなら、『かもしれない』なんて表現使わないと思いますけどね。他の曜日の図書室、覗いてみたんです。そしたら見事に図書委員しかいなくて、木曜日の担当みたら加藤先輩だったってことですよ」

「二人だとしても遊馬君は勉強してるだけだし、別にそんな・・・・・」

「勉強してるだけだって言える?」

ぐっ、と柚葉は黙り込んだ。何もなかったといえば多分嘘になる。でも、自分と彼の間柄はただの友達だ。

そんな柚葉を見て、美郷はクスクスと笑った。

「いえないんだ」

「違うっ、別に何もない!遊馬君とはただの友達だよ」

「博之先輩はきっとそう思ってるだろうけど、加藤先輩はどうですか?博之先輩と二人きりでいて特別な感情を持たない女子がいるとは考えにくいですよね」

確かにその意見には一理ある、と柚葉は思った。あんな美形と二人きりで平然としていられる生徒はきっと少ないだろう。自分もきっと、彼に魅了された一人だとも思う。それでも、今それをここで認めるわけにはいかなかった。

「私が遊馬君のこと好きだっていうの」

「違いますか?」

「違う!」

「じゃあ、放課後のこともやめてくれますよね?」

「私にそれを止める権利はない。あくまで遊馬君の判断に委ねるしかないよ」

「私は今図書委員の先輩に話してるわけじゃありません。加藤柚葉っていう一個人に話してるんです。図書室で博之先輩と接してるのは間違いなく一個人の方ですよね?」

何も言い返せなかった。その通りだった。確かに最初は図書委員だからという理由で彼を受け入れた。それでも時間が経つうちに、遊馬といる自分は図書委員としてのものではなくなった。図書室という特別な空間を利用して私は遊馬君と二人でいた。下心がなかったとは否定できない。

「別に図書委員をやめろって言ってるわけじゃないんです。遊馬君を木曜日図書室で勉強させないような口実を作ってくれればいいんです」

「・・・・・そんな口実、ない」

「じゃあ、遊馬博之は彼女がいるにも関わらず、加藤柚葉っていう他の女子と図書室で会ってるって噂、流してもいいんですか?」

「・・・・・何それ」

「事実じゃないですか。でもそれだと流し方によって博之先輩もイメージ悪くなっちゃいますよね。加藤先輩としては見過ごせないんじゃないですか?」

「高羽さん・・・だっけ。遊馬君のことが好きなら、どうしてそんなことするの?」

「私だって流したくなんかないです。でも私は加藤先輩が博之先輩と二人で会ってることが許せない。しかも今までの様子から見るに、下心を持って会ってる。逆の立場でも嫌だと思いませんか?」

「・・・・・・・・」

「だから、何か口実を作って博之先輩を図書室から追い出してくれればいいんです。そうすれば私は噂を流さなくて済むし、加藤先輩も博之先輩も傷つくことはないです。どうですか?悪い条件じゃないと思いますけど」

私が遊馬君を突き放したら彼はきっと傷つく。きっと今まで築いてきた関係は崩れる。『傷つく』というワードに今柚葉は敏感な時にあった。自分で自分を傷つけない。そうするために努力している。しかしこの条件を飲まなければ自分のせいで遊馬を傷つけてしまうかもしれない。それだけは。それだけは絶対に。人一倍努力している遊馬に対しては特にしてはいけない。同じ傷つくでも私との仲が悪くなる方が彼にとっては軽い。噂を流されるよりはよほど。



「・・・・・一つだけ約束して」


「なんですか?」


「私がそうした後でも、遊馬君には満足できる環境を整えること」

お前は何様だ、と罵られるかもしれないと柚葉は恐れた。


「もちろんです」

驚いたことに美郷は了承した。

「私は博之先輩が好きだからこそ、応援こそすれ、邪魔なんて絶対にしません。だから安心して下さい。加藤先輩が約束を守れば、私が図書館以上の快適な空間を見つけます」

それを聞いて柚葉はなぜか安堵した。彼女が遊馬のことを本気で好きでなければこういう言葉は出てこない。きっと、遊馬は傷つかずに幸せになれるはずだ。


「約束、か・・・・・」


「守って下さいね」


約束なんて破るのは簡単だ。その瞬間無意味なものに変わる。けれど守ろうとするがために心を強く縛るのも、また約束なのだと。






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