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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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24日の20:00に投稿するはずが、火曜日の投稿になってしまい申し訳ありません!!次話は10月1日の20:00に行うつもりです。よろしくお願いします!

柚葉が泣いているうちに、花火そのものは終了したらしい。生徒会のアナウンスが響き、わらわらと生徒が校舎へ帰っていく。柚葉もなんとか気持ちを沈めて、涙をハンカチで拭った。落ち着かない呼吸をなんとか元に戻そうと深く息を吸っていると、先ほどの彼がぬっ、と姿を現した。身長が高いのか体つきががっしりしているのか、あるいはその両方なのか、柚葉のいる場所は影ですっぽりと覆われてしまった。


「・・・落ち着いたか」

「あの、ありがとうございました。おかげで落ち着きました」

「顔、けっこうひどいぞ」

うそ、と思ったが鏡の類がない。

「腫れて、ますか」

「まあな」

下に戻れないな、とオロオロしていると、

「スマホあるんなら、適当に言い訳しとけば」

と彼が言う。現状、それくらいしか言い逃れできそうにないので、由理にそう連絡することにした。


『ちょっと屋上にいる。先生には保健室にいるって言っといてくれると助かる。先に帰ってて』

そう送るとすぐに返事が来た。

『分かった』

こういう時、あえて何も聞かないでいてくれるのが由理の優しさである。由理はきっと整理がついたのちに必ず話してくれると信頼しているからこそできることだ。


よいしょ、と隣で声がしたので見れば、彼が隣に腰を下ろしたところだった。

「帰らないんですか?」

と聞けば、彼はポケットから何かを取り出し柚葉の目の前で振って見せた。長さ5〜6センチの針金だった。

「無断で入ったの!?」

「まあな」

「それってやばいんじゃ・・・・・」

「見回りが来る前にお前帰るだろ。お前が帰らないと俺も帰れない」

「っじゃ、じゃあ今すぐ出た方が」

「・・・・その顔で人前出る気?」

柚葉の顔を指さしながら彼はそう言い放った。柚葉の顔はまだ目が少し腫れていて、赤い。

「・・・もう少しだけ、いいかな」

そう問うと、彼は頷いた。

会話が一通り終わると静寂が辺りを包んだ。秋の涼しい風が柚葉の髪を揺らした。泣いて火照った顔が徐々に冷やされていくのを感じる。柚葉の荒れた心もだんだん収まっていった。

二人でそうして半刻ほど経っただろうか。男子生徒が柚葉の顔を見やって笑った。

「もういいんじゃない、出ようか」

男子生徒はしなやかな動作で立ち上がり、柚葉へ手を差し伸べた。そこで彼女は初めて彼の顔をまともに見た。遊馬のような整った造形の瞳を持つわけでもなく、かと言って九条のような涼やかな一重でもなく、ひろのように微笑んだ時に穏やかな太陽を連想させるものでもなかった。

強いて言えばそうーーーーー水。全てを包み、潤いを与え、一度目が合えばどこか心地よさを感じさせるような、深海のような暗い色をしていながらも透明感溢れる瞳を持った男子だった。

柚葉は差し出された手を取り立った。これもまた、ひんやりとして気持ちのいい手であった。







                    ☆ー☆ー☆ー☆ー☆




「なんで私は、思い出を大切にしまっておけないのかな」


アイスを食べながら、ぽつりと柚葉はそうこぼした。

文化祭によって振替休日となった月曜日、柚葉と由理はICYアイシーへやって来て、花火大会での顛末を話し合っていた。由理は無事付き合うことになったことを報告し、柚葉はまるで自分のことのように喜んだ。しかし柚葉の番になると、由理の表情は曇った。自分が恋を進めている間に柚葉は一人で泣いていたという。傍にいてやれなかったのがひどく悔やまれた。


「大切に宝箱にしまって鍵をかけておけばいいだけなのに、不必要に出してはぐちゃぐちゃにして戻して。なんで、なんだろう。私はそんなに不器用なのかな」

柚葉の瞳は震えていた。怖かった。いつ同じようなことを繰り返さないとも限らなかった。過去の影がまた柚葉に忍び寄っているのは明白であった。現に昨日の夜は啓之の最期を再び夢に垣間見た。最近見ていなかったこともあって記憶が薄れたかと思いきや、全くそんなことはなかった。


「柚葉。そうだね。きっとあんたは不器用なんだと思う。柚葉は思い出をきれいに残しておきたい。でも心のどこかできっと、それじゃいけないって思ってるでしょ」

「・・・・・」

「ちゃんと、自分を納得させることが大事なんじゃないのかな。過去は過去で今は今。ひろくんはもう、いないのよ。それに・・・・・」

「それに?」

「柚葉が一番よく分かるんじゃない?ひろくんは柚葉にこういう形で自分のことを思い出してなんか欲しくないって思うんじゃないのかな」

柚葉は俯いた。彼は驚くほど優しかったが芯の通った人だった。自分との思い出が柚葉を苦しめているというなら、彼はきっと躊躇なく柚葉の記憶から自身に関するもの全て消去するくらいのことはしかねない。それは、それは分かっている。それでもやはり彼女は怖かった。宝箱にしまってしまったら忘れてしまうのではないかと。彼との思い出が薄れて消えてしまうかもしれない。それなら縛られた方が、ずっといい。

そう由理に打ち明けると、彼女は柚葉をじっと見つめた。哀れみの目だった。


「どうして柚葉はそう自分を傷つけたがるの?思い出は自分を傷つけるためにあるものじゃないのよ。それに柚葉は決して思い出を忘れたりなんてしない。あんたがそういう人間だってことは私がよく知ってる。だから・・・・・自分を傷つけるのはよして・・・・・」

由理が泣きそうな目をしてこちらを見つめていた。柚葉は言葉を失くしたように黙り込んでしまった。沈黙が流れる。


「・・・思い出はきっと捉え方によって色々変わるんだろうね。由理はきっと、思い出をあたたかなものとして受け取れる。でも私は思い出せば出すほど身を切られるようなナイフ、みたいなものなんだよね。今は」

「ナイフが希望に変わる時はきっと来るわ。だから信じ続けて。ひろくんとの思い出は、絶対に柚葉を強くする。それまで諦めたらダメなんだからね」

由理が柚葉の手を包むようにして握った。手のひらの暖かさが流れ込んできて柚葉のこわばった心をほぐしていくようだった。柚葉は目を閉じた。ひろとの過去は、ナイフにしない。今まで散々身を切り血を流し続けてきた。そうして生きていくことに不満はなかった。むしろ当然とすら思っていた。でも、きっとそれではいつか私は死んでしまう。血の最後の一滴まで流し尽くした暁に何が残るのだろうか。何もないというなら、その過去は希望として抱き続けるのが柚葉の使命なのだ、きっと。今までにできた傷を今度は癒していくのだ。それはきっと、忘れることと決してイコールじゃない。

柚葉は目をゆっくりと開いた。そこには先程とは全く別の強さを秘めた瞳があった。





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