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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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一方その頃。

由理と九条が去った後に柚葉は他のクラスの友達と混ざって花火を見ることにしていた。由理と仲がいいことを知っている女子たちは柚葉が彼女と行動を共にしないことに疑問を抱いたが柚葉が事の顛末を話すとすっかり場は盛り上がった。


「由理、かわいいのに彼氏とか作んないじゃん?だからめっちゃびっくり」

「でも確かに九条と一緒に買い出しとか行ってたよね!今思い返すと!」

「九条は結構あからさまに態度に出してた感じあるけど・・・まさか由理がねえ」

などと互いに友人の恋愛沙汰について好き勝手話し合っている。話をすること自体は由理から了承をもらってはいたものの、いざ口に出すと自分のことではないのに面映ゆい。

「由理はまあともかく、柚葉はどうなの?」

ひとしきり由理たちの話題に興じると友人は今度は柚葉に焦点を当ててきた。

「えっ、私!?」

「由理もだけどさ、あんま柚葉もそういうの聞かないじゃ〜ん?」

「好きな人とかいないの??」

「それかもう彼氏いたり?」

どきり、とした。好きな、ひと。彼氏。二つの言葉から浮かび上がる人物像はなぜか異なっている。彼氏。死に別れたひと。死ぬその直前まで彼氏だったひと。大好きだった、ひと。それに比べて好きな人というワードが導くイメージはあまりにもおぼろで、掴めない。否、そのイメージははっきりしているにも関わらず柚葉は無意識でピンボケさせていた。だから、掴めない。掴もうとしない。それでいい、と柚葉は感じた。好きな人が誰か、なんて分かってしまったら私は。きっと私は。


「私は今のところは・・・どっちもいないかな」

そう言って曖昧な笑いを返した。

「なあんだ〜〜でも柚葉だってかわいいんだからきっと引く手数多だよ〜」

「そうかなあ」

「そうだよ〜〜だから好きな奴できたらさっ、自信持ってアピれば勝てる!」

応援してくれてるような友人の声はしかし、今の柚葉にとってはノイズも同様だった。

「・・・・・ありがと」

その自信を持つことがどれほど難しいことだろうか。



やがて花火が打ち上がり始めた。周囲が歓声でわあっと湧き上がる。由理と九条は今頃どうしているのだろうか。上手く、いっていればいいのだが・・・。柚葉も色とりどりの花を咲かせる花火を目の当たりに、記憶のページが煽られてめくれていった。








まだほんの少しあどけなさを残した顔が不安そうに歪んで、全身鏡をジーーーッと睨みつける。帯よし、襟よし、髪型よし、下駄もよし。全体的なよれもない。ただ普段滅多にしない母に施してもらった化粧が薄いながらも幼い顔から浮いて見えるのではと心配である。鏡の前で何度もくるくると回ってから、外へ出た。そこには同じく浴衣を着た啓之が玄関から姿を現した柚葉を目にして見とれたように照れて笑った。


手を繋ぎながら海辺に向かう。途中で買ったたこ焼きをお互い食べさせあって熱いと口を押さえながら笑いあった。

二人で花火を見るのは毎年のことだけど、でもやっぱり緊張してしまう。それは彼も同じようで笑顔が少しぎごちない。やがて花火が始まると二人は無言になり、夜空の花火を眺め続けた。来年も、再来年も、その次の年も。ずっとずっとずっと、彼の隣で見たいと幸せに満たされながら、そう願った。


『今日はありがとう』

柚葉の家の前まで彼女を送り届けた啓之はそう言った。

『こちらこそ。花火、きれいだったね』

啓之は頷いたのち、おもむろに切り出した。

『それと・・・その・・・浴衣、すごい似合ってた。かわいかった』

『なんで最後に言うの!嬉しいけど!』

『んな恥ずかしいだろ・・・言うの・・・・』

顔を赤くした彼を思わず柚葉は抱きしめた。

『私も言わなかったから、おあいこ。ひろも浴衣着てるとすっごいかっこいいよ』

『・・・・・おう』

『来年は最初に言ってね』

『分かった。来年は最初に言う・・・いや、来年は、じゃないな。来年も、その先もずっとそうする』

啓之の抱きしめる力が強くなった。


『約束。ずっとだからね』








とびきり大きい花火が上がった音で、柚葉は現実に引き戻された。約束、なんて消えてしまった。どれほど約束が壊れやすいものなのか、柚葉は身をもって知ってしまった。それから、約束なんて簡単にするものではないと、そう思った。ふと何かを感じたのか、彼女は校舎の方を振り返った。たくさんの窓に花火が反射して写って、光沢がさらに増したように感じられて眩しい。そこで彼女の視界に屋上にいる人影が写った。息を飲んだ。


思い出の中にいる彼が、フェンスに寄りかかって、佇んでいた。






                ☆ー☆ー☆ー☆ー☆



遊馬も別の場所で、クラスの男子友達とともに花火を眺めていた。数人では効かない人数の女子から誘われたものの、誰とも一緒に見る気にはなれなかった。ただ一人、自分から声をかけて断られた存在だけが、心に引っかかっていた。

俺は、加藤さんのことが好きなんだろうか。そう自問してみる。明確な返事は得られなかった。ただ、彼女がこれまでに見せた様々な表情が燻っている。笑顔、困った顔、照れた顔、怒った顔、涙に濡れた顔。その全てに今まで関わってきたどの女子よりも惹かれているのは間違いないだろうが、それは果たして好きという感情に繋がるのか否か。

それに彼女には好きな人がいるかもしれない。それは夏に二人で出かけた時に得た可能性だった。好きな人がいるかと問うた自分に彼女はこれ以上ないきれいな表情をして瞳を伏せた。それは一体何を意味しているのか、知りたかった。




「遊馬先輩!」


斜めうしろから声がした方を振り返る。そこには見知らぬ顔の女子生徒が立っていた。遊馬が訝しげな顔をすると、「お話があるんです」と彼女は言った。

「後でもだめ?」

「「「いいわけねーだろ!!」」」

とそれを目にした周りの男子が行ってこいと次々に背中を押し、気づけば女生徒の前に放り出されていた。

自分の意思とは裏腹に、友達に締め出されてしまった。困ったなあと頭を掻くと、その女生徒は言った。

「ここだと人の目があるので、少し移動しませんか」

それには遊馬も賛成だったので、玄関口の方へ移動する。ここからでもよく花火は見えるが、なんだか邪魔されたような気分になってしまった。


「で?話って何かな?」


短めの髪を明るく染めた彼女はまず1年の高羽美郷です、と名乗ってから女生徒は大きく息を吸い込み、一息に吐き出した。



「私、先輩のことが好きです。よかったら、先輩の彼女にしてもらえませんか」








定期的な投稿のために毎週日曜日20:00の投稿を目指します。

そのため、一話分の文章量が少なくなりますが、続けてお読みくださるととても嬉しいです。

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