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一か月ぶりほどです。
九条は由理を校舎の側へ連れて行った。生徒たちが多い場所とは間隔を開けて、校舎の壁に背を預けた。由理もそれに倣う。自分たちも何かしら話していれば周囲の喧騒は気にならないはずだが、お互いに沈黙を守っているため余計に騒がしいのが耳につく。
「・・・・・・・・・」
由理は気づかれない程度に九条をちらりと伺った。ぼんやりと中央の火を見つめているようだ。こういう時は普通誘ったほうが会話を振るもんじゃないの、と心でため息をつきながら話しかけようとしたが、声が何かに突っかかったように出なかった。そこで初めて自分が緊張しているらしいことにようやく気が付く。緊張、してるのか。彼とこうして二人でいることにわたしは。
「加藤に、なんか申し訳ないな」
ぽつりと九条がこぼした。
「・・・別に、柚葉は大丈夫よ」
由理は機械的に答えた。実際、柚葉はクラスの友達と一緒に見ると言っていたので一人になることはないだろう。心配はあまりしていなかった。
「・・・・・・・」
再び沈黙に戻ってしまった。心臓が早く波打つのがわかる。指先が震える。こんなにどきどきするのは久しくなかった。何を期待しているのだろう、自分は。くだらないと切り捨ててみても、今はあのジンクスが心にへばりついて離れない。打ち上げ花火を共に見た男女は恋がうまくいく。以前は鼻で笑い飛ばしていたものだが、いざ自分に無関係ではないとなるともしかしたら、なんて淡い期待を抱いてしまっている。そもそも彼が今日行動を起こすとは限らないのに。でも一緒に見たい―――—そう言ってくれたのは、そういうことではないのか。
その時、細長い音が上へあがっていたかと思うと、次の瞬間夜空に大量の花火が咲いていた。
その美しさに思わず魅入る。大きな音とともに幾余もの花火が打ちあがる。
「はじまったね」
横から聞こえた声に振り向くと九条が柔らかな笑みを浮かべて由理を見つめていた。彼女は目が合ったことに内心動揺し、返事を逸してしまった。返事をしない由理をそのままに彼は頭を掻きながら言葉を紡いでいく。
「ああ・・・・緊張するな。どうしよう、いろいろ考えてきたんだけど、こうも花火がきれいで葛城もかわいいと言葉を忘れる」
「はあっ・・・はあっ!?ななな何よかわいいって!!あんただって人のこと言えないじゃない!?」
さらりと投げられた爆弾に取り乱し思わず由理はそう口走った。
「何だよそれ。俺のこと褒めてくれてるの?」
「・・・!!・・・むしろ、貶してるように聞こえたわけ?」
どうしてこうも可愛くない返事しかできない自分を呪いたくなった。素直にかっこいい、と口に出してしまえたら楽なのに。でも、あいつに素直になったら負けてしまう気がする。何にとは言わないけれど。
内心大慌ての由理の心境を見透かしたような口ぶりで九条は言った。
「葛城がそう言ってくれるなら自信が持てそうだ。頑張れるわ」
「何のこと」
「分かってるくせに」
と疑問の目を向けた由理に九条は寄りかかっていた体を起こし、彼女に正面から向き合った。
彼女も自然と彼の方を向く。
「葛城由理さん。俺は君が好きです。よかったら、付き合ってください」
由理がその言葉を咀嚼して飲み込むのに数十秒かかった。周囲の音が急速に萎んだ。それでいて花火の光は二人を照らし続ける。飲み込む自体には時間はかからなかったが、まずそうするだけの頭の機能を呼び起こすのに時間を要した。じん、と痺れた頭がようやく言葉を理解する。
さらに数十秒。今度はえもしれない喜びが脳内を満たし、返事を考えるための時間だった。その間、九条はずっと辛抱強く彼女の返事を待っていた。
「・・・・・ほんとに?」
「前にも告白したし、ここで嘘ついて何になるの。俺は葛城の大人っぽいところも、友達思いなところも、押しに弱かったりたまに無防備なところも全部好きだよ。知りたいなら、俺が葛城の好きなところ全部言おうか?」
矢継ぎ早にそう言われて、由理の頭はすでにキャパを超しそうになっている。
「いいっ、いいから!その・・・・・わたし、も・・・・・九条のこと、すき」
なんとか返事をしなくてはと心が急くが、まともな言葉が思いつかなくて尻すぼみではあるが、なんとか言葉を返した。恥ずかしすぎてまともに相手の顔が見られない。今度は九条がフリーズする番である。
まさか彼女が弱弱しくもまっすぐに返事を返してくるとは考えず、愛しさやらなんやらでまともな対応が浮かばない。
「俺と・・・・・付き合って、くれる?」
やっとの思いで恐る恐る彼女の顔をうかがって確認すると、顔を両手で隠した彼女がこくん、と頷いた。九条は安堵と歓喜のため息を漏らし、由理の体をふわりと抱きしめた。
「今なら、葛城の顔見えないから、両手は外していいと思うけど?」
「・・・・・あんた、直球すぎんのよ!!あんな風に言われたら、その、なんて返したらいいかなんて分からなくなるじゃない!!」
由理の両腕が九条の背中に回り、きつく抱きしめた。それがあまりにも愛おしくて九条も抱きしめ返し、彼女の頭を撫でた。こりゃ理性が吹っ飛ぶのも時間の問題だな、と九条は思う。
「なんでそんなお前かわいいわけ。ってか、俺のどこを好きになってくれたの?」
「あんたといるとすごい楽しいから。楽しいし、自分を着飾らなくて済むし、そういう人って案外いないものだから、気づいたら・・・その、好きになってた」
九条に頭を撫でられるとだんだんこわばっていた自分の体がほぐれていくようで、素直になれた。
「私、見ての通り、素直になることが苦手で・・・その、可愛くないって自分でも分かってるけど性格だから直らないの。それでも・・・あの・・・」
「それなら好都合だな。他の奴はお前を可愛く思わないかもしれないけど、俺だけはお前がそういう性格なんだって知ってる。嫌いになんてなったりしない。素直な葛城はあまりにかわいいから他人には絶対見せない。素直になるなら、俺の前だけにしとけよ」
「・・・・・・・はい」
この時ばかりは皮肉を言えるような余裕もなくて、ただ彼の胸にもたれて完全に負けた、と心中で呟いた。それとは対照的に彼女の唇は嬉しそうに緩やかな弧を描いていた。