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「じゃあこれでホームルームは終了ー。男子はちゃんと制服に着替えてから帰れよ」
担任のたっちゃんはそう言い残して教室を出た。
橘祭初日を終え、クラスの面々は予想以上の人気に早くも疲れていた。ずっと調理を続けていた女子も立ち続けていた男子も疲労が窺える足取りで帰って行く。
トイレから帰る途中で柚葉は遊馬に出くわした。周りはまだ生徒たちで賑わっている。
「また、明日ね。遊馬君」
彼はまだ白シャツとジーンズのままだった。これから着替えに行くのだろう。そう言い残してすれ違おうとすると、腕を掴まれた。
柚葉が振り返るものの、彼の頭はこちらを向かないままだ。不思議に思っていると、彼の声が聞こえた。向かい合って会話しないのは何だか変な感じだ。
「あの、さ」
「うん」
「…もし、良かったらなんだけど、明日花火一緒に見ない?」
柚葉はその言葉に硬直した。彼はジンクスを知っている上で言っているのだろうか。それはいつものからかいなの?今の彼の表情が分からない。でも耳に心地よい笑い声は聞こえてこない。
じゃあこれって冗談じゃなくて───?
柚葉の頭は混乱した。気づけば脳が考えるのを拒否して、代わりに口が勝手に動く。
「遊馬君ったら。きっと他の子からも誘われてるんでしょ。その子と見に行ったら?」
これで、合ってた?
彼の後頭部を窺いながら笑いを含みながら答えると、返ってきたのは沈黙だった。
柚葉はどきり、とした。はぐらかすべきじゃなかった?でも、だって今までそうだったじゃない。急に真剣そうに言われたって、どうすればいいか分からない。
「だよねー。急にごめんね。困らせちゃった」
次の瞬間耳に届いたのは、彼のいつもの声だ。でも相変わらず、こちらを振り返ることはない。
「じゃあまた明日も頑張ろうね。ばいばい」
一方的に早口で会話が打ち切られた。そのまま腕が離されて、彼は遠ざかっていく。
他の友達と挨拶を交わす横顔は普段通りに見えたが、柚葉にはぎごちなく映った。
「返事、間違えたかな」
学校からの帰路、柚葉は由理に先程のことを相談していた。
「どうだろうね。でも遊馬はもう遊ばないって言ったんでしょ?」
「うん」
「それなら、本気だったかもね」
由理の答えに、柚葉は思わず目を伏せた。
彼を傷つけてしまっただろうか。でもなんで私なんだろう。
他に選ぶべき子なんてたくさんいるはずなのに。
「なんではぐらかしたの?」
由理にそう問われる。それに対して、柚葉はまだ明確な答えが見つけられていない。
確かに誘われたあの時、嬉しかった。もしかしたら彼が私を、とも考えた。でも万が一そのような関係になってしまったら、柚葉には過去と折り合いをつけながら彼と付き合うのは難しいだろう。
そうなればやはり2人の「ひろゆき」に申し訳ないことになってしまう。それだけは避けたかった。
第一、橘西高イケメンナンバーワンの遊馬と付き合うなんて可能性は無に等しいが。
思ったままを由理に伝えると、由理は立ち止まって柚葉の肩に手を置いた。
「寛之君のこと考えてるの分かるけど、それで根詰めちゃダメよ。私じゃ柚葉の悲しみ全部は分からないけど、いつまでもそれに囚われてちゃ前に進めないよ。私は柚葉に幸せになってほしいんだから」
「由理…」
「自分の気持ちに素直になるのが大切よ。最も、柚葉が寛之君との記憶を整理したいって思うならそうすべきだし」
私も由理みたいな強さが欲しい。自分がこうであるのが正しいと信じて真っ直ぐ進める強さが。
私は、いつも周りに影響されるばかりだ。
「由理は…強い。羨ましい」
夕日に照らされた彼女の瞳には、強い意志が内包されている気がした。九条君も、こういう一面に惹かれたのだろうか。
「前も言ったけど、私は強くないよ。…私も柚葉が羨ましい。その優しさがね。周りの人のことすごくよく考えていつも動いてくれてる。でもそれは仇になることもある。自分の欲求に従って行動するのも、同じくらい大事なの」
「うん…由理、ありがとう…」
泣く理由なんてないはずなのに、涙が一粒、頬を滑る。
心から彼女がいてくれて良かったと感じた。
作者的には九条は強さ2割、ツンデレ8割で由理を好きになったんじゃないかなって思ってます。