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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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大学受験であーだこーだと言われるようになる高校二年夏。柚葉も例外ではなく、親に夏期講習を受けるよう薦められて多少の面倒を感じながらも受講することを決めた。

体験をするのは某有名予備校だ。実績もあるし、実際に通っている友人の評価もなかなか上々である。



体験を始めて三日目。授業の雰囲気にも慣れてきたころにそれは唐突にやってきた。


体験の間は自習室等設備を自由に使うことができるので、柚葉もそれを頻繁に利用していた。家よりも自習室の方が圧倒的に集中できると知ってしまったのだ。学校の宿題は主にここで捌いていた。


午前中から勉強を始めて昼を過ぎ、午後。

微かな目の疲れを感じた柚葉は休憩を取るために自習室を出た。自販機の前に立ち、甘いものを目で探す。コーヒーの微糖でもいいけど、ミルクティーもいいなあ。アイスココアとかもおいしそう。

アイスココアのボタンを押し、缶を取り出す。

不意に横から声がかかった。



「あ、れ、加藤さん?」

聞き覚えがありすぎるこの声。私の苗字をさん付けで呼ぶ人。

手から缶が滑り床に落ちた。重い音がする。


「会っちゃったね」

そう言って笑う顔は確かに遊馬のものだった。




「体験で来てるのか」

うん、と頷いて缶の中身を飲む。落としたアイスココアは凹んでたけど無事だった。

彼はここの予備校生だった。それも一番上のクラスの。家で勉強してるだけじゃないのか。


「ここ、いいよ。チューターもしっかりしてるし、教え方も分かりやすい」

そう言いながらアップルジュースを飲み干した。

今日の遊馬は私服。外見をよく見せたいと似合わない服を身につけている男子とはまるで違う。元々外見いいからかな。眼鏡をかけていて普段との差を感じる。

「そうなんだ」

「入るの?」

目をのぞき込まれるとなんだか落ち着かなくて、柚葉はそわそわとした。

「まだ、分からない。今はとりあえず体験だけって感じかな」

「加藤さんが入ってくれたらもっとここに来たいって思えるのにね」

思わず柚葉は遊馬の顔を注視してしまった。遊馬は何事もない顔をして手元のジュースを見つめている。

今の、どういう意味。彼にしてみたらやはりこんな言葉はいつものことなのだろうか。

そうしてこんな自分に戸惑いを覚える。なんで気になる。余計に不思議だったのは戸惑い以上に喜びを感じていることだった。



「あのさ、」


お茶でも飲みに行かない?講習期間終わったあと、とかさ。



「…へ?」


裏返った声が自分のものだと気づくまでに数秒かかった。遊馬が愉快そうに笑った。


「行こう?お茶」 

「えっ、いや、ででも、かのじ…」

いいとこ知ってるんだ。 


軽く聞こえるのに有無を言わさないような口調で遊馬は席を立つ。


連絡するから、と言い残して彼は休憩室を出て行った。


「一方的に、話進めないでよ…」


仮に遊馬からちゃんと返事を求められたとしても、柚葉は断れるかどうか自信がなかったのだが。




そして講習が終わった次の土曜日。


(なんでこんなことに…)

隣を歩いているのは遊馬。

待ち合わせの時も周りの女子からの視線がものすごく痛かった。違うのに。彼女なんて、そんな特別な存在じゃないのに。決して。

柚葉がこの誘いにあまり乗り気でないのはその彼女が理由だったりする。



「あの、さ。遊馬君」

「何?」

「私、遊馬君と出かけていいのかな?彼女、いるよね?」

疑問系というか、完全に断定口調である。

「え?いないけど」

さらりと放たれた言葉に柚葉は耳を疑った。

この人に彼女がいない?明日、ひょうでも降ったりして…!?

「俺に彼女がいるのが当たり前みたいに思わないように」

柚葉の心が顔に出ていたのか、遊馬が言った。いやだっていつもいたじゃん!そんなツッコミを心の中でしつつ、ホッとしていた。こんな街中で彼女とばったり遭遇でもしたら最悪だ。

でも逆にこれうちの高校の生徒が見たら私彼女に見えるよね!?いや、まあそっちのほうがまだいいか、いやよくないなんて葛藤を続けるうちに、店についた。


「ここだよ」

「あ、ここ美味しいよね!」

がくりと遊馬が肩を落とす。

「来たこと、ないかと思って連れてきたのに…」

「前に由理と何回か」

「ここでまたあいつか…」

「え?」

「いや、なんでもない」


高校の最寄り駅を少し移動した、駅前。

看板メニューのパンケーキがとろけるほど美味しいという噂を聞きつけて由理とやってきた。駅前といっても人気がない裏道にあるからなかなか穴場なのだ。遊馬もそれを知ってのことだろう。


外が暑かったので盛られたアイスにストロベリーソースがかかったものに決める。

遊馬は看板メニューのオーソドックスなパンケーキ。



「お、お、おいしい~…」

ひんやりとしたバニラアイスに果肉感のある甘酸っぱいストロベリーソース、ふわふわとしたパンケーキとの相性がたまらない。

遊馬も嬉しそうな顔をしながら食べている。

男子がパンケーキを頬張る姿は珍しいので、まじまじと見つめてしまう。遊馬が目を上げた。視線が合う。

そのままくすりと笑って遊馬が手をこちらに伸ばす。なんだろうと見つめていると、彼の親指で口の端が拭われた。


指についたストロベリーソースを舐めて呟く。

「これも美味しいね」


顔が発火でもしたかのように熱くなった。

き、急に何なの!?絶対今顔赤くなってる。

気づかれたくない一心で俯いて食べる。こんなことで心臓がばくばくするとは。早く収まれ、早く。


夢中でパンケーキを口に運んでいると目の前に差し出されたフォーク。刺さっているのは彼のパンケーキだ。

不思議に思い顔を上げる。


「ほら、これ。食べてみてよ。美味しいよ」

「えっ、いいの?」

「その代わり加藤さんのも一口欲しいな」

「分かった」


そこでフォークを見て思考が止まる。

コレハナンダ。どうやって食べればいいんですか。

何と問いかければいいのか分からずに逡巡する。


「あーっと、その、えっと…」

「あ、そのままどうぞ?」

とさらにフォークを近づけられる。いや待て。どうぞってどうぞじゃない。これは完全に間接キスと呼ばれるものだ。いや、無理。そんなの、啓之としかしたことない。ってか啓之としかしたくない!



仕方ないので、ナイフを使って遊馬のフォークからパンケーキを外す。自分のフォークで刺して食べた。なんかこれだけでも、啓之に罪悪感。


「あ、そっか。直接フォークとか、嫌だよね」

「嫌ってわけじゃないけど…ちょっと抵抗があるだけで」


自分のパンケーキも一口大に切って遊馬に分けてやる。遊馬がそれを食べる。


「おいしい。アイスと絡まってるのがいいね」

「だよね」



「遊馬君ってさ、彼女じゃなくても間接キスみたいなこと、できるの?」


気になって聞いてしまった。


「いや。…なんでだろ、加藤さんにはそういう抵抗がなくて」

「やっぱ私、女子認定されてないよね」

「違うよ!加藤さんはちゃんと女子だと思う。可愛いし」

だからそこだよ!彼女じゃなくてもしれっと可愛いって言うんだものこの人!

ダメだ、埒が開かないと話題を変える。

これ、聞いてもいいのかな。でも恋愛話とかしたことないし、急に話を振るのも。聞くだけ、聞いてみようかな…。



「遊馬君って、なんでそんな彼女作るの?」






なんか間接キス好きですいません…

前の話でも出したよな、これ。

九条が聞いたことを今回柚葉が遊馬に質問してるっていう。

本当に代わり映えなくて、すいません…


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