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二話目です。投稿をきちんと続けていけたらと思いますので、よろしくお願いします。
高校の階段を三階まで登った柚葉は、息が多少上がっていた。自分の運動不足を悔やみながら、廊下を歩く。
高校二年生になって、まだほんの数日。すれ違う顔が同じクラスなのかそうでないのかはっきりとしない。しかし一年生時の友達とすれ違っては、笑顔で挨拶するのを続けていた。後輩が入学し、より高校生らしくなり初々しさが抜ける二年生達は、以前よりもきらきらしているような気がした。
自分だけ、過去の人間のまま、この廊下を歩いている。ふとそんな考えが過ぎった。外では桜が春の使者のような顔をして咲き誇っている。彼が亡くなってから半年後、初めての春だった。
これからずっと、彼の隣で桜を眺めることはないのだ。そう、冬の雪だって、秋の紅葉だって、夏の太陽だって。
気がつけば、柚葉は窓の前で足を止めたまま、微動だにしていなかった。自らそれに気づき、再び歩き始める。考えすぎると行動が止まるのは昔からの癖だった。彼にだって注意されたのに、いっこうに直らなくて。“また止まってるぞ”そう言って肩を二度小突かれるのが好きで、直す努力すらしなかったのだ。今更、そんなものも虚しいだけだけれど。
そう思ったとき、後ろから肩を叩かれた。彼のこと考えていただけに、ぎくりとする。振り向けば、親友の由理が不審そうな目で柚葉を見ている。
「おはよう」
そう挨拶すれば、おはよう、と返ってきた。由理が柚葉の目を覗き込みながら言った。
「何、立ち止まってるの?」
「え?」
そこで初めて、再び足が止まってしまっていたことに気づき呆れる。窓のところから、一教室分しか距離が開いていない。つまりはそれしか歩けなかったのだ。
「窓から外見てるかと思えば、また止まるし。どうしたのよ?」
「そこから見てたの!?声かけてよ」
思わず憤慨すると、由理は肩をすくめた。
「だって、真面目そうな顔してたじゃない」
そう言って彼女は続けた。
「ひろ君のこと、考えてたの?」
「うん…」
歯切れ悪く答えると、由理は二度頷いた。
「ひろ君が亡くなってから、半年くらい?」
「来週で半年だよ」
そっか、と由理は呟く。
由理とは同じ中学出身の親友と言っていいほどの仲だ。チアリーディング部に所属している、大人っぽい高校生。チア部やダンス部といえば派手な女子が多かったりするが、彼女はそんなことなかった。というよりも、彼女はそんな女子たちを苦手としているようで、クラスのチア部の輪にも加わっていない。しかし、由理は人付き合い(要は人間観察)がうまいため、彼女たちにも不愉快な思いはさせることなく日々を過ごしている。
そんな彼女が自分のどこを長所と感じ、仲良くなれたのかは分からないが、彼女曰く、
「素直で可愛いから」
らしい。自分では気づきも感じることもないが、そう考えてくれていたのなら、嬉しい柚葉である。
最愛の彼が死んで茫然自失となったときも、由理はずっとそばにいた。少し日にちが空いて、彼女が泣きたくても泣けない状況に陥ったとき、彼女を優しく抱きしめてあやしたのも由理だった。
由理がいなければ、今の柚葉はもっと感情を無くした人形に近かったかもしれない。
柚葉自身もそう感じることがあるから、由理には伝えきれないほど感謝していた。
「ありがと、由理」
不意に呟いた柚葉に、由理は首を傾げる。
「どしたの、急に」
「…なんか、言いたくなった」
「何よそれ。でもありがと。…今年もいい年にしよう」
彼女は多分、言葉の意味を分かってるだろうが、口にはしない。そういう人間だった。
「うん」
まだ学習内容が軽い授業を受けて、放課後になった。由理は部活があるというので、クラスのチア部の女子とともに教室を出て行く。
「じゃあね、柚葉」
「うん、部活頑張ってー!」
由理と帰れないのは寂しいけれど、いつものことではなかったから耐えられた。柚葉にも部活はあるし、そのときはその友達と帰る。
今日は部活が無い日だったので、柚葉は彼の墓参りをすることにした。本来、部活や委員会がない日はそうしている。
彼のお墓は柚葉の家の近所の寺院のところにある。
学校からは、自転車で二十分ほどだ。近からず、遠からずといったところか。
「ひろ…、会いにきたよ?」
柚葉はぽつりと呟いた。この言葉を何度この墓の前で出したことか。半年経った今でも、彼がこの下に眠っていることが信じられなくなる時がある。
それほど、彼の死は突発的なことで、ありえないことだった。
柚葉は手に持っていた線香を香炉へ入れた。火をあらかじめ付けておいたので、勝手に燃えつきるだろう。
それから、そばで汲んできた水を墓石等にかけてあげる。それは、驚くほど穏やかで優しげな手つきだった。しかし、彼女の表情は冴えず、見るものによれば痛々しいと感じたかもしれない。
手を静かに合わせた。目を閉じる。
“ひろがいなくなってから、半年が経ったよ。私だけ二年生になっちゃって、何だか寂しい。これから、私たちの年の差って、どんどん広がってくばかりなんだね。でも…”
そこまで心で呟いて、薄目を開ける。塔婆が風に揺れてばらばらと音がした。また目を閉じて、語りかけた。
“でも、どんなに時間が経っても、私はひろのこと忘れないよ。絶対に。”
そう、絶対に。この先、どんなことがあるにしても、一番大好きだったのはひろ。彼一人。
祈るのを止めて、柚葉はまた来るね、と言い残して自転車置き場へと帰った。
地面に落ちていた桜の花びらが風に煽られてふわりと舞い上がる。柚葉が先程立っていた部分に渦巻きを作った。
まるで、“心配するな”と言うように。
まだまだシリアス、というか、これシリアス路線だったっけか…汗
まだヒーローは登場しませんね。
いったいどうなることやら…(泣)
泣き言はこれくらいにして。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回もお楽しみに。また会いましょう。